旅日記 府立中之島図書館 


こんばんは
夕方、油蝉が庭の木にとまっていました。
今日も暑い一日でした。

昨日の続きです。
北浜を歩き回ったあと、中之島公会堂のそばを外から見て通ると、その隣は府立中之島図書館でした。

ギリシャ神殿のようなその建物の正面扉は、石の階段の上に高くそびえ立って、畳4枚分くらいありそうです。
その階段の上には低い柵があって、今ではその扉は開きません。
明治37年築だということでした。

よく見ると、階段横の小さな入り口があって、ここからちょうど正面階段の裏側へと入るようになっていました。
もちろんですが、人の後ろについて入って行きました。

入ってすぐに、ちょっとお風呂屋さんの番台めいたところがあって、年配の女性が二人。

閲覧ですか、座席指定ですか。

目の前にピンクのプラスチックの鍵札がきれいに並べられていました。

閲覧です

渡されたロッカーの鍵は3番。
ロッカーは、すぐ脇の天井の低いところに並んでいました。

建物全体は、左右対称に手を広げたような細長い作り。
目の前の広い階段は、その中央にあって、手すりは自然な流線を描いて途中から左右に分かれています。
2階は、細長い形を廊下が貫いていて、部屋毎に新聞・官報などの閲覧室になっているようでした。
天井が高いせいでしょうか、狭いのですが、圧迫感はありません。
それどころか、何だかゆっくりしたい気持ちになってきました。

何かお手伝いしましょうか。

カウンターの方に声をかけられました。

いえ、見せていただきに来ました。
そうですか。ごゆっくりどうぞ。

その向こうの、少し広い部屋では、立派な建物にそぐわない長机とパイプ椅子。
巨大な旧式のクーラーが控え目に音を立てています。
たくさんの人が黙って資料を見ていました。

普通の機能を備えた図書館になっているのに、会話も、閲覧さえも、この中にいるとドラマみたいな気がしてきます。

3階のコンピューター室で、インターネットをちょっと見ました。
座席番号は18番。

突然私の携帯電話が鳴って、飛び上がらんばかりに驚いて出てみると、大阪に来てから知り合った人からの、夕食のお誘いでした。

図書館を出ると、少し日が暮れ始めていました。
電話には、すぐに行くって答えたけれど、さっき見つけた目の前の橋の方へ行きました。
水晶橋という橋でした。

階段で上がるようになっているせいで、この橋だけは車が通らないまま長い時間がたったようです。
欄干に昔はガス灯だったらしい外灯がぼんやり灯っていました。

私はゆっくり橋の真ん中あたりまで行って、少し川面を見て引き返しました。

一人は気楽で、少しさびしい気がいたしました。





[2008/08/04 22:16] 旅日記 | トラックバック(-) | CM(2)

旅日記 大阪北浜レトロビル 

おはようございます。
さっきまで涼しい風が吹いていたのに、いつの間にか暑くなってきています。
蝉が鳴いています。

大阪に行きました。
夕方、つかの間ですが、北浜界隈を歩いてみました。

印象に残っているのは、丸福珈琲店のある青山ビル(大正10年築)です。
http://www.aoyama-bld-osaka.co.jp/2.html

正面に案内の看板が出てたので、3階のギャラリーをのぞいてみました。
階段の装飾つきの太い木の手すり。
ステンドグラス。
弁護士事務所の木の看板とか、真鍮のドアノブなど。
一気に現代を離れて、どこかで見たテレビドラマの中にいるみたいでした。

ギャラリーの奥さんとしばらくお話しいたしました。
その方のお話によると、これはビル全体で一軒の家だったのだそうです。
1階の丸福珈琲店があったところがお台所。
そういわれてみると、フランクフルトのクララの家みたいな感じです。
階段を上がって来る途中、二階にトイレもありました。
今は、一つ一つのテナントが入っているのは、いろいろなお部屋だったのでしょう。
私は行きませんでしたが、丸福珈琲店の珈琲はかなり苦いそうです。
好きな方は癖になるとか。
この辺りは、戦災で焼けなかったので、いくつもこうした古い建物が残っているのだそうです。

ビルのある通りの、一筋向こうの通りが、道修(どしょう)町の通りです。
日本の主な製薬会社の本社がほとんど集まっていて、
それはそこにある「神農さん」という薬の神様にあやかってのことなのだそうです。

勧められて、身体に良さそうなので、お参りに行きました。
行ってみると、本当に名前を聞いたことのある製薬会社の建物が集まっていました。
何とか製薬もあるし、英語やカタカナ名の会社も並んでいました。
「神農さん」は、それらのビルの谷間の中に沈むようにある小さなお宮でした。

手を清めてお参りをして、おみくじを引いたら、大吉。
「大空に箭をいるごとくさわりなく とつくにまでもひびくその名は」
(その心は福禄身にそなわりその身の才芸世に聞こえてかくれなしとなり)
という、ものすごい内容。
お薬の神様に、思わず才芸の保証をいただいて、これは研究の励みになりそうです。
すっかり気をよくしてしまいました。

ギャラリーの奥さんが、11月にはお宮のお祭りが賑やかにあるんですよって楽しそうに話されていたけど、こんなに小さなお宮だったんですね。
でもきっと、大きな力をお持ちの神様なのでしょう。
ここにある製薬会社の人たちは、そのことに気付いていて、このお宮を大事にしておられるのでしょう。
新しい瀟洒なビルの並びに、祈りのようなものを感じました。

ちょっと古風なおみくじを、大事に持って帰りました。




[2008/08/04 09:03] 旅日記 | TB(0) | CM(0)

旅日記 水戸弘道館 

こんにちは
カエルの声がとぎれると、ホトトギスが聞こえます。
夜中も朝も鳴いています。

水戸、弘道館に行きました。
弘道館は、幕末に近い頃の藩主、水戸斉昭の建てた藩校です。
実は、歴史好きの谷口君と、事前に調べた私しか、「弘道館」を知りませんでした。
その日は小雨が降っていましたが、若い学生さんたちと5人で行ってみることにしました。

それは水戸駅からほど近いあたりにあるようでした。
代表的な史跡なので、もっと案内してもいい筈なのですが、
案内はかなり控えめで、坂道を上りながら、たいしたことない場所だろうという予感がいたしました。

立派な門。
ここじゃない?などと言いながら、その門を入って、青梅の実る庭を通って、入り口へ向かいます。
入場料金190円。
行ってみると、かなり大きくて、風格の有る建物でした。

靴を脱いで上がって、5人ぞろぞろと建物の中を見てゆきます。
目に触れる一本一本の柱が太くて、全体にがっしりした木造建築です。
天井が高いせいか、廊下も大広間も小さい部屋も、全部が広くて、堂々としています。

右手の展示室になっている部屋の入り口に、小さな犬のような黒っぽい人形が一対置いてありましたので、気持ちが引かれてじっと見ていましたら、向こうで他の4人が「だあれ、順路守らない人~」って私のことを笑っています。
よく見ると、向こう側から先に見て、最後にこの黒い犬の前に来るようになっていました。
「え~、気付かなかったー。ちゃんと順路守ろうという気持ちはあるんだよー。」
などと騒ぎながら、5人ぞろぞろ次へと移っていきました。

ある程度すすんだとき今来たのと逆向きに「順路」という札があるのに気がつきました。
「あれ、みんな間違ってたみたいよ~。」
「自分たちは正しいって思いこんでるのが怖いねー。」
笑いながらも反省する謙虚な学生さんたち。

雨のせいか、他に訪れる人も少なくて、弘道館は、広々として、静かでした。
当時の学生さんたちが使ったらしい風呂場やトイレもありました。
以前に行った足利学校では、学校の厳しさを感じましたが、時代が違うせいでしょうか。
ここでは、厳しさよりも、きっと勉強好きも、やんちゃも、いろいろいただろうなっていう、違う意味で学校らしい雰囲気を感じました。

大広間に出ました。
かなり広い部屋でした。
その広い床の間の中央には巨大な掛け軸が下がっています。
そこには、一文字1メートル四方もありそうな大きな文字で二文字、

「尊攘」

びっくりです。

思わずじっと見てしまいました。
やっぱりびっくりです。

「尊皇攘夷」。
日本国中、今では誰もが、それは現実的な案じゃないって思っています。
未だに本気でそんなこと言ってるの。
分かってなさ過ぎだよ。

力強くて明るいたくましさのあるいい文字です。
微塵も迷いがありません。

驚きながらそこを離れ、しばらくすすむと、廊下の長押に、これまた大きな額に

「淤於藝」(芸に遊ぶ)

論語からの一節だそうです。
「子曰く、道に志し、徳に拠り、仁に依り、藝に遊ぶ」
学問と人格を鍛え、そして芸に遊ぶことも必要というわけです。

ふう。

帰りに鄙びた売店をのぞきましたら、30年前からずっと置いてありそうなおみやげ物の中に、これを刻んだ青銅の文鎮が売られていました。
ちょっと食指が動きましたが、さすがに文鎮は重いのであきらめて、三つ葉葵の印籠ストラップだけ買いました。
田舎っぽい売店のおばさんが、その印籠ストラップを、彼女に似合わぬ風雅な包装紙の袋に入れてくれました。

こうした方がいいかどうか、そうすればうまくいくかどうかでなくて、

そうあるべきかどうか。

「時代錯誤」っていうと悪口になりますから違います。
「古いものを大切にする」っていうとアンティーク趣味になるので、これも違います。

うまく言えませんが、「尊攘」の似合う、「弘道館」、そして水戸の街なのでした。



[2008/06/09 21:17] 旅日記 | TB(0) | CM(4)

旅日記 偕楽園その2 

こんばんは
今日もカエルの大合唱が始まっています。
昨日と同じカエルたちが鳴いておりますやら、どうですやら。

お話は昨日の続きです。

どのくらい歩いたか、もうすっかり分からなくなった頃、私はようやく好文亭に着きました。
入場料は190円。
待合いがあって、お茶のための建物としては大きな家です。
靴を脱いで、薄暗い室内へと入ります。
ぐるりと、たくさんの部屋がいろいろな小庭に面しています。
部屋毎に、萩の間とかつつじの間とか、花の名がついて、ふすま絵がそれぞれの花の絵になっておりました。
日曜日でしたから、観光客も多くて、私もそれについてぞろぞろと見て回って、また外へ出ました。

もう帰ろうと思いました。
入場料を払った入り口で、帰り道を尋ねました。
初めのバス停は、主要なバス停ではないと思ったので、メインの出口とバス停を聞きたかったからです。
しかし、聞いてみると、一番バスが来るのはあのバス停だということでした。

内心驚きながらもお礼を言って、ふと見ると、右手に園内の地図が置いてあります。
こんなところに…。
ここまできた人には地図は要らないではありませんか。
私だってもう地図は要らないけれど、さんざん歩いたので、なんだか欲しくなって一枚いただきました。
その地図を手に持ったまま、入ったくぐり門とは違う右手の門から出ました。
すれ違う人が、「ほら、あの人地図持ってるよ」言っているのが聞こえました。

名残に門をふり返りました。
ん?
「茶の湯 無料ボランティア  担当 遠州流」
お茶席、お抹茶、無料!
そんなのあったっけ?

考えるより先にスタスタと引き返して、再び好文亭入り口に。
「門のところで見たんですけど、そういうの、ありました?」
「さっき見てきたところですけど、やってましたよ。」

おかしいなあ。
ちょっと笑われたような気もしましたが、「もう一度どうぞ」と言われて、また亭内を歩きます。
あ、さっき狭くなってて、入っちゃいけないのかと思って行かなかったところに人が入ってる。
もう、書いといてくれればいいのに。

その狭い廊下を進んでゆくと、ぱっとお庭が開けて、広い板間がお茶席になっていました。

しばし茫然としていたような気がいたします。
後ろから、「お一人でしたらまだ入れますよ」って、ふり返ると袴姿の男の方。

言われるままに入れていただいて、端っこの席に着きました。
すでにお手前は始まっていました。
半頭さんも若い男性で、朗々と響くお声で、お茶のいただき方など、解説が始まりました。
お客さんは、みなさんじっと聞いています。
お手前は、これもきりりとした男の方のお手前なのでした。

そういえば、今まで行った観光地は、こういう機会はあっても、ただお茶を出してくださるだけ。
それはおそらく、知った風に説明するのも恥ずかしい気がいたしますし、来られた方も聞きたいかどうかわかりませんし、知らない人にこの場だけでちょっと説明しても、なんというか、仕方がないのです。
だからよく見かけるのは、お客さんがお手前中でもどんどん入ってきて座ったり、お茶をいただいたらさっと立ち上がって帰ってゆく光景。

袴姿の半頭さんの解説が続いています。
「お楽に」と言われても、足を崩す人は誰もいません。
「足がしびれた方は、こうしてつま立てて。」などという説明も入ります。

そのうち、お茶碗の拝見の仕方についての説明になりました。
こんなところで、拝見まで?

やがてお茶がたちました。
気がついてみると、私の席はなんとお正客。
目の前で点てていただいたお茶が運ばれて参りました。
そして、そのお茶は、本当においしいお茶でした。

見知らぬ観光客相手に、こんなにおいしいお茶。
私は心を込めて一礼しました。
お茶碗も、素人目にもよいお茶碗でした。

通りすがりの者に、心づくしのもてなし。
それに価する人間かどうかとか、見返りがあるかとかとは関係なく、もてなしとはそうするものだという信念みたいなもの。
もし、相手が茶の湯を知らなかったら教えればいい。

上等なお茶碗を拝見しながら、私はなんだか偕楽園も水戸も、大好きになってきました。

そう、偕楽園は、入場無料。
誰がいつ来ても開け放たれています。
実は境界線も不明です。
狭い意味での偕楽園は今私の手の中にある地図の範囲。
でも広い意味ではこの辺りに庭らしき緑地帯はどこまでも広がっていて、だからその中を道路や鉄道が走っています。

案内板も順路表示も、無いわけではないけどかなり控え目。
もっと観光客の目線で考えて欲しいなあ、なんて、歩き疲れるに従って不機嫌になっていた私。
でも、人を受け入れないかと言えば、そうではない。
いつのまにかその中へ招き入れてくれていたのです。

広間には、軸と花、拝見物が残っていました。
私は心の中で一礼して、好文亭の薄暗い入り口に戻りました。

ちょっとだけ痺れた足に、靴の感触が新鮮で、足も心もすっかり元気になっていました。



[2008/06/08 21:32] 旅日記 | TB(0) | CM(4)

旅日記 偕楽園その1 

こんばんは
カエルの声が、一瞬止んで、また鳴き始めました。
何だか愉快です。

水戸の偕楽園に行きました。

駅前でバスに乗り、「偕楽園入り口」という停留所でバスを降りました。
しかし、どこにも「偕楽園こちら」という看板が出ていません。
周囲に、観光客目当てのお店のようなところも全く見られません。
間違えて降りたのかと思いましたが、そうでもなさそうです。

人に聞こうと思うのですが、車は通るのに、人は誰も通りません。
仕方なく交差点で待って、どこからともなく現れたおじさんに聞きました。
「偕楽園?それならここまっすぐ」
あたりまえのことを聞く、という顔です。

果たして住宅地の間の細い道を200メートルも行かないところに入り口はありました。
門といっても誰もいなくて、入場料とか、チケットとか地図を渡してくれる場所もありません。
昨秋行った後楽園が、外にも地図があり、厳重に囲われて、中にはいると一分の隙もない“庭園”という感じであったのと、随分違います。

「御成門」というその門を入ると、園内の地図がありました。
目の前は一面の梅林。
梅林は下草が伸びて、青梅がぽとぽと落ちています。
庭園というより、ほんとうの梅林です。

とにかく地図に示された順路を行くことにしました。

梅園を5分も歩くと孟宗竹の竹林、その向こうに鬱蒼とした杉林。
よくある庭園だと、竹の植え込みを見て竹林に来た気分、杉なら杉林に来た気分になれる、そういうものだと思っていましたが、
ここは本当に風の抜ける竹林、そして薄暗く涼しい杉林です。
とにかくスケールが違います。

で、ここまできて、はたと困りました。
矢印が3つ出ていて「好文亭」「好文亭表門」「吐玉泉」と3方をさしています。
そのどれがどんな所だかわかりません。
「好文亭」には、「好文亭表門」から入ることになっているのだろうと思うのですが、ちょうど反対方向を指しているのです。
正しい入り口から「好文亭」に入りたいと考えた私は「好文亭表門」から「好文亭」を目指すことに。

しかし、ここは偕楽園。何といっても広いのです。
それから結局20分くらいもさまよい歩いて、ようやく「好文亭表門」に着いたのですが、着いてみて初めて、それが偕楽園の入り口の一つであることがわかりました。
その頃すでに私は、砂利道や急坂道の上り下りで、結構へとへと。
庭内は高低差がかなりあるのです。
彷徨ううちに「吐玉泉」にも行き当たりました。
それは泉の沸き口に白い大理石をしつらえたものでした。
森のようになった中にあって、本当に旅で泉に出会った人のように、私は泉の水を手で掬って何度も飲みました。

そしてそこからまた引き返し、「好文亭」に向かったのでした。

「偕楽園」恐るべし。

続きはまた今度。




[2008/06/07 21:14] 旅日記 | TB(0) | CM(0)

働く女たち 

こんばんは
今日初めて蜩の声を聞きました。

このたびの韓国旅行では、何より働く女性達が印象的でした。
ガイドをしてくれたヨンジャさん。
何となく遠慮がちな人でした。
私たちの会話をいつも静かに聞いていて、興味のありそうなことをさりげなく話してくれます。
小銭がなくて立て替えてくれた200ウォンを受け取りません。
でも、しっかり仕事もしていて、私たちの希望を聞きつつ、自分の知っているお店に、ちゃっかり連れて行きました。

買い物してても、働く女達はみんな一生懸命。
私たちの気持ちになって勧めてきます。

エステの受付係の小柄な女性。
来るつもりでなかったのに、何となく行くことになってしまった私たちが、決めかねてグズグズしていると、上手に値段の高いコースを勧めようとします。
「ちょっと贅沢して、また帰ったらしっかり働けばいいよ。」って、
すごく達者な日本語。
細い眉と細い目。
もう夜も更けていて、聞きながら、こんな時間にも仕事してるって思っていました。

私の髪を洗ってくれた女性。
蒸しタオルをかけられた私は、じっと目を閉じています。

自分の娘ほどの年の、日本人のお客。
今日最後のお客の髪を、力を入れて、精一杯ごしごし洗います。
身体に触れる仕事だから、いい加減な仕事をすると、指を通してみんな伝わってしまう。
幸せそうな人だこと。
タオルの中でも笑っているような気がするよ。

ああ、いい気持ち。
タオルがあったかい。
乱暴みたいだけど、大事に洗ってくれてる。
こんな夜遅くまで、働いて。

だんだんどっちが洗っているのか、洗ってもらっているのか、分からなくなってゆく倒錯。
その中で、ふたりともが癒されてゆくのがわかるような気がいたしました。

女性達は、みんなみんな一生懸命で、わずかの関わりであっても、離れるとき、一瞬、力の抜けた顔になります。
驚いたような、泣き出しそうな。
気のせいだったかもしれません。

空港で、私たちは、そんな顔のヨンジャさんに、ちょっと手を振って別れました。







[2007/08/11 00:47] 旅日記 | TB(0) | CM(4)

国を守る 

こんばんは
立秋を過ぎましたが、夜になっても暑いですね。

二泊三日で、韓国に行ってきました。
印象に残ったことをひとつだけ。

ソウル市街に行く途中、国会議事堂が見えました。
青銅の丸屋根が印象的な建物です。
韓国に何かあると、あの丸屋根がパッと割れて、中からロボットが出てきて、韓国を守ってくれるのだそうです。

次の朝、昌徳宮という王宮に行きました。
見学した時には、夜明け前からの雨もやんでいました。
軒下の木組みの極彩色や、大きな木々からの滴、池の睡蓮の花。
広々とした敷地。
静かで、豊かな気持ちになれる場所でした。
その宮殿の主な建物の屋根の両側に、三蔵法師を先頭に、お供の者たちが並んでいました。
大きくてなだらかな瓦屋根の先に、一列になって、彼等は、王宮を守っているのだそうです。

「韓国の人って、いろんなものに守ってもらってるんだね。」と娘。
架空のロボットや、「西遊記」の奇妙な一行に守られた国。
おとぎ話の悲しみを、少し感じました。

でもね、短い旅行の間じゅう、いろいろな人のエネルギーに圧倒されっぱなし。
本当は、そんな人々の仕事や願いが、何よりもこの国を守っています。







[2007/08/09 22:57] 旅日記 | TB(0) | CM(0)