冷蔵庫は、時間の貯蔵庫 

こんにちは。
梅雨が明けたそうです。
今年は暇にしていますから、雨雲が去って、身体が少し軽くなったのが私にも分かりました。

ちょっと面白い本を読みましたのでご紹介です。
稲垣えみ子さん『寂しい生活』(東洋経済新報社 2017.6)。

朝日新聞の記者であった筆者の稲垣さん、
原発事故をきっかけに、節電を始められました。
そのうち次第に家電を手放し、小さな家に引っ越して、ついには職を辞めることに。

この本は、そんな稲垣さんご自身の体験記です。
私たちを面倒な家事から解放してくれる家電の数々。
掃除機、冷暖房、洗濯機と、次々にそれらを手放すに至る稲垣さんの様子が面白く綴られています。

ところが稲垣さん、そのうちに以前より家事時間が減っていることに気がつきます。
冷蔵庫を手放したことが、稲垣さんの大きな変わり目でした。

保存できないということは、その日に食べるものしか買えないということだ。にんじんと厚揚げを買ったらもう十分なのである。

冷蔵庫があれば、明日や、明後日や、はたまた1週間後のことまで視野に入れて買い物をすることができる。さらに冷凍すれば1ヶ月後まで見渡すことだってできる。
 なるほど冷蔵庫とは、時間を調整する装置だったのだ。我々は冷蔵庫を手に入れることで、時間という本来人の力ではどうしようもないものを「ためておく」という神のごとき力を手に入れたのである。

 私が生きていくのに必要なものなんて、たいして多くはなかったのだ。
 これまでカゴいっぱいの何を買っていたんだろう。


稲垣さんは、その都度いろんなことを考えています。
例えば、
珍しい香辛料や調味料を取り揃え、「世界の料理」を作っていた」という稲垣さん、
見向きもしてこなかった「ケの食事」のこれほどまでの美味しさ、偉大さ」に気がついたり。

この本全体に、こんなふうな、
ああなるほど。それ必要ないかも、
っていうご自身の驚きが充ち満ちていて、楽しめます。

あと、軽妙な文章も愉快です。
格闘の末、ついにブレーカーを落とした後の電気温水器について、

見合い結婚したものの、どうしてもウマが合わずさんざんもめた挙げ句についに離婚した夫が、家賃は全額私に負担させたまま、なぜだかいつまでも家の中に居残って個室を確保し陣取っているようなものではないか!

今や電気もガスもなく、仕事も辞めた稲垣さんの生活は、さっぱりして、それでもとても豊かで楽しそうです。
本の題名の『寂しい生活』、いったい誰の暮らしのことなのでしょう。

え、私の生活?
そうは言っても、私には冷蔵庫も洗濯機も必要だし、
と我に返れば、この本は、実現不可能なおもしろ冒険生活本として読了です。
いえいえやっぱり、今の生活を改めて見直すヒントにと思う私。
今、仕事を休んで、家事や生活に向き合う余裕があるからかもしれません。

自分にとって「本当に必要なこと」はどんどんわからなくなり、人はぼんやりとした欲望に支配される。ただただ失うことだけをやみくもに恐れるようになるのである。
 それが、今の世の中における「不安」の正体なのではないか。


こんな風に指摘される稲垣さんの言葉が、ケチケチ者の私には、まるで自分のことを言われたようです。
私も含めて日本中、昔話に出てくる隣の欲深い婆さんみたいな人ばっかりになっているのかもしれません。

稲垣さん、きっと小さなつづらをお選びになったのですね。





[2017/07/20 14:07] | トラックバック(-) | CM(0)

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