一隅を照らす 

こんばんは。
暦は雨水。
その日に合わせたように、雨になりましたね。

日曜日、親しくしていただいていた音楽の先生の、退官記念コンサートに出かけました。
昨春のご定年を機会に、彼がこれまで勤めた3校の吹奏楽部の教え子たちが集まって、コンサートを開くことになったのです。
退官記念コンサート。
世の中に、高校の音楽の先生はたくさんいらっしゃいますが、そんなコンサートを開くことが出来る方は、数少ないのではないでしょうか。
とても嬉しくて、何とかお祝いの気持ちを伝えたくて、出張から帰ったそのまま駆けつけました。

会場に着いて見ると、ステージには、思いのほかたくさんの椅子が用意されていました。
人がたくさん集まったことに、ちょっぴりホッといたします。

先生は、指揮を勉強なさった方です。
朗らかで、愉快で、折り目正しくて、気むずかしい、
音楽のことしか頭にない、子供のような先生。
私は退職前の2年間、吹奏楽部の顧問をご一緒しました。
その高校現場を離れて7年。
今ではもう、その頃のことも遠い記憶めいてきています。

席に着いてからも、私の頭の中は、仕事のことや、留守がちな家のあれこれでいっぱい。
演奏を聞くというよりも、ただお祝いをという思いばかり。
これから始まるのは、私にとって、知らない人がほとんどの、にわか結成の、素人のバンドの演奏でした。

まもなく開演です。
集まった演奏者は75人。
受付にも、見覚えある教え子たちの顔が見えていました。

いよいよ指揮者の彼の登場。
しばらく見ぬ間の白髪が、とても音楽家らしくて似合っています。

一曲目、「ナブッコ」序曲。
吹奏楽の定番です。
大事な金管楽器の第一音が、少しゆがんで始まりました。

その音を聞いた瞬間、私の中に、先生の、教師としての長い時間の扉が開きました。

楽器を始めて間もない生徒たち。
この子たちと一緒に、自分の音楽を作ること。
少し出来るようになると卒業してゆく。
それは、先生にとって、“賽の河原”だったのでは。

演奏は、すぐに厚みのある和音になってゆきました。
ああ、これ。
懐かしい先生の音です。

二曲目、喜歌劇「こうもり」序曲。

私の中に、当時の風景が大きな波のように押し寄せてきました。
音楽室の木の床。
隅っこの打楽器群。
グランドピアノ。
それから、赴任後まもなく、足りない楽器を買い集め、練習時間を増やそうとなさった先生の周りの不協和音とか。

それも聞こえなくなった頃からでしょうか。
いつのまにか、先生の音楽室には、市内の至る所から、音楽をやるいろんな方たちが訪れるようになっていました。
楽器の修理屋さん、昔の教え子、調律の方。
たいていは、一家言ある、ちょっと変わり者な感じの方々でした。
中には教え子でもなんでもない、一流の演奏者の方もありました。
生徒たちに教えるために、ただ話をするために。

商業高校というところは、その頃もすでに、お金第一の風土があるところでした。
生徒たちの多くは、家族から、高校卒業後の稼ぎを大いに期待されていて、
以前いた普通科の生徒たちとは、背負っているものが随分違っていました。

この先もたぶん、楽器なんて到底買えない子供たち。
先生、先生と私らは住んでる世界が違うんよ。

でもあの頃、私たちは、本当に一生懸命になって、放課後の時間を過ごしましたよね。
自分に向かって確実に届いてくる先生の指揮。
一度でも演奏者として席に着いた者なら、誰だって忘れられません。
先生が演奏者に求めるものは、とても高くて。
ただ、いつも言われていた、「自分の音楽」の表現がしたくて。

先生の楽団にいる限り、私たちは一人一人が立派な音楽家でした。

そう忘れていました。
先生にとって、自分に与えられた演奏者が一流かどうかは問題ではないのでした。

たとえそれがウイーンフィルであっても、高校生の吹奏楽部であっても、先生はきっと少しも変わらないという確信のようなもの。
先生が見せてくれる、そしてみんなで一緒に作り上げる、広くて深い音楽の世界。

そんな音楽の日々があることが、
この先の、歯を食いしばるようにして生きなければならない生徒たちの、
これからの人生をどれほど支えてゆくでしょう。

3曲目は、バッハ無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータより パルティータ第二番ニ短調「シャコンヌ」。
吹奏楽版があったのですね。
先生が、学生時代からぜひ演奏したいと思っておられた曲なのだそうです。

音楽の無限を見せてくれるといわれるこの曲。
教え子たちが、先生の長い間の願いを叶えているコンサートの時間。

それにしても、にわか結成の、素人のバンドの演奏なのに、どうしてこんなにも感動するのでしょう。
会場全体が、大きな音楽の海となって、全ての人を包んでいました。

そして愉快な第二部。
最後の曲は、思い出の「アルメニアンダンス PARTⅠ」。
私にとっても思い出の曲です。
司会の女の子が、怖かったという先生の思い出話など。
どの曲も、元気なのに格調高い、先生の音楽です。

アンコール。
終わりは行進曲で。

愉快で、朗らかで、折り目正しくて、気むずかしい。

先生の音楽の、コンサートが終わりました。




[2013/02/18 21:52] 教育 | トラックバック(-) | CM(2)

一隅

ここさん、広島駅から直接会場に駆けつけていただいて感激です。さくらちゃんも大きくなられましたね。頂いた生花は区民文化センター受付に飾らせていただきました。来館者の目を和ませてくれています。
こんなに真剣に聞いていただけるとは、嬉しい限りです。当時の生徒たちと再び合奏することができました。こんな嬉しいことはありません。音楽の不思議なところは、一人ひとり異なる世界観があっても、そのどこか一端で軌道の重なりがあれば、そこを起点に共振が起きることだと思います。当時、私も生徒たちもそれぞれ何か探しものをしていたのですね。単に無我夢中で音楽のことばかり考えていた私自身は、生徒たちに照らされていたのですね。nabucco overture は合唱:”行けわが想いよ、黄金の翼に乗って”の一節が気に入って、そこを演奏したいと思っただけなのです。私自身の憧憬です。ステージで言えば照れるのでいま白状します。
本当にありがとうございました。
[2013/02/20 17:33] tsukamoto shuichi [ 編集 ]

先生、こんにちは。
ご本人からのコメント!ビックリいたしました。
何だか照れます(笑)
ありがとうございました。
コンサートの演奏とてもよかったです。ありがとうございました。あの頃の生徒たちにも会えて、とてもうれしいことでした。

その後いかがお過ごしでしょうか?
おつかれさまでした。

*また例の4人で、いろんなお話したいです。





[2013/02/21 15:29] ここ [ 編集 ]

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