石に寄せて 

こんばんは。
クリスマス・イヴの夜です。
先ほどまで雪が舞っていました。

クリスマスは、誰でも、いろんな方に、贈り物をさし上げてよい日です。
だから、私も。

ささやかですけれど、心からの感謝をこめて、クリスマスプレゼントをお贈りいたします。

彫刻家の舟越保武さんの随筆です。
何だか、クリスマスっぽい気がして。




    石の影                       舟越保武

 大理石をローソクの灯りで見ると、妖しい美しさがある。
 完成したばかりの大理石の頭像を、電灯を消してローソクの灯りだけで見ると、顔の部分のかげが、かすかにゆれて表情が動いて見える。
 そのとき私は、夜ふけのアトリエで、妻と二人で彫刻の完成祝いをしていて、ローソクの灯りで彫像を見ることを思いついた。手に持ったローソクを動かすと、それにしたがって、彫像の影が妖しくゆれて、石の顔が生きて動くようにみえるのだった。
 自分で作って、自分でほれぼれと眺めるのもおかしなことだが、この際しかたがない。
「ホラ、こうして、鼻の向う側に灯りを持っていって、こっちから見ると、鼻のところが明るく半透明に透けて見えるだろう。光が大理石の中に入るのだ。大理石にあてる光は、ローソクが一番いいね」と妻に言った。多分におしつけがましい自賛の気持ちがあった。
「ホントにすてきだわ。こんなに美しいとは思わなかったわ」と妻は素直に感心してくれた。
 これは四十年も前のこと、若い彫刻家夫婦の、水いらずの貧しい祝宴であった。祝宴といっても、その頃すでに戦争に入っていたので、ろくに食料もなく、酒はもちろん、菓子さえなく、お茶だけの祝宴であった。
 いくら貧乏しても、彫刻一すじでがんばりましょうよ、と妻は私を励ましてくれるのだが、明日の食料さえ覚束ない暮らしでは、芸術一すじといっても、それは無謀に近いものだった。
 だが若かったせいだろうが、苦しい暮らしの中にも、ローソクの灯りにも似た、ほのかな明るさがあった。仕事が終わったので、今夜はもう徹夜しなくてもいいぞ、と妻と眼を見合わせた。
 近頃はもうそんな甘さがなくなって、ローソクの灯りで楽しむなど、くすぐったいようなことはしなくなった。
 最近読んだ中原悌二郎夫人の手記に、私は胸のいたむような共鳴を覚えた。
 ――中原は独り言のように「二ヶ月もかかって作ったのだが、今度も、誰もこんなもの顧みるものもなかろう」と憮然として申しました。
 私は彫刻のことなど、ほんとうのところわかっていないのですけれど、小品ながら豊かに深みのあるような美しいこの全身像を、ほんとうに見てくれる人もいないとしたら、ずいぶん気の毒だと思いまして、「こんなにいいのに、こんなにいいのに」とつぶやいて居りました。――

 谷中の下宿の小さな部屋の暗い電灯の下の、若い中原夫妻の姿が、私たちの姿にそのままに重なって見えてくる。
 中原悌二郎の時代も、私の時代も、ほとんど変わりはなかったと思われる。美術家が、とくに彫刻家が、その道だけで暮らせるはずがない時代であった。ただ若さにまかせて、しゃにむに彫刻にしがみついていた。今ふりかえっても不思議なほど、どうして暮してこれたのかわからない。借金をしたり、兄の脛をかじったりして、夢中で生きていたのだろう。
 この頃は、時代のせいなのか、前よりはいくらか暮しが落ち着いて来たようだ。そのとたんに私は、本性を現して怠け者になった。私はなるべくなら仕事をしたくない。私の仕事に対する妻の関心も、当然のことながら、薄らいで来ている。
 この頃は、私の仕事が出来上がっても、「あら、出来たのね」とそれだけ。あるいは、「まだ出来ないのね」とそれだけ。
「あら、すてきだわ、美しいわ」といった頃とは四十年の距たりがある。
 数年前から、私は大理石はやめて、砂岩を彫っている。大理石は、この頃の明るい光線には合わない。材質が繊細すぎるように思う。
 いま彫っている砂岩は、大理石と同じくらいの固さで、素朴な肌合いが美しい。
 この砂岩で彫った「聖クララ」を、私は気に入って身近に置いている。

                                             
             舟越保武『石の音 石の影』(筑摩書房 1985年)より   
                                                」


今年、あなたがいろいろに私を支えてくださったことを、私は、いつまでも深く心に覚えていると思います。

感謝をこめて。




[2012/12/24 20:52] 日記 | トラックバック(-) | CM(10)

ここさんこんにちは。

先日、日曜美術館で松本竣介さんあり、
岩手で同級生だった舟越保武さんのエッセイが
紹介されていました。

ほんとにやさしい文章だなぁ・・・と思います。

今、世田谷美術館で松本竣介さんの回顧展がやっているので
ぜひ見に行きたいなぁと思っています。
[2012/12/25 12:49] akithito [ 編集 ]

akihitoさん、こんにちは。

舟越保武さんの文章、とても好きです。
松本俊介さんについての素描のような文章は特に。
たくさんありますけど、全部。
私は、舟越さんの文章には、やさしいというより、厳しいという印象を持っています。
ただ、akihitoさんと私は、きっと同じものを指してそれぞれそう言っているのだと思います。

わたくしも、松本俊介さんの絵を見てみたいです。
きっとそれらの文章を思い出すのだろうと思っています。

世田谷美術館、いらっしゃいましたら、どうぞまたご感想などお寄せ下さいませね。

コメントありがとうございました。

[2012/12/25 13:45] ここ [ 編集 ]

こんばんは.クリスマスは楽しく過ごされましたか?
今年も疲れた時にここさんのサイトにやってきて,いつも癒されてました.ありがとうでした.
寒いので風邪などひかないようにしてくださいね.それでは今年もあと数日がんばりましょう.


[2012/12/25 17:52] まき [ 編集 ]

クリスマス寒波襲来

■ここさんメリークリスマス!
素晴らしい清貧の文章ありがとう。勇気が出ます。どうか良いお年をお迎えくださいませ。枚方はまだ雪に出会えません。冷え込みはやけに肌身に染み込みますが、

[2012/12/25 19:30] Shimoigallery [ 編集 ]

ここさん、こんばんは。
メリークリスマス♪

いつもここにはさわやかな風が吹いていて、
自ずから、こころ安らかな呼吸ができます。

この空気はどこから来るのかなあ。。。
ここに置かれた舟越保武さんの言葉や、
このページの持っている静かな白さや、
なにより、ここさんのおもてなし、
ゆるやかに時間を載せて私たちに届けていただく、
そのお姿(見えるようなんです)かな。

いつもありがとうございます。
これからもお訪ねいたします。

寒さ厳しい時節、ご自愛くださいますように♪


[2012/12/25 22:17] コスモスの夢 [ 編集 ]

Re: タイトルなし

まきさん、こんばんは。

クリスマスは、いつもの、ごちそうとケーキのクリスマスでした。

いただいたコメント、まきさんの口調で、お声が聞こえるような気がいたしました。
いつも、ほとんど休まずご研究に向かっておられるお姿、思い出すだけで、私もがんばろうと思えます。
こちらこそ、ありがとうございました。

そちらは随分お寒いことでしょう。
どうぞお気をつけてお過ごし下さいませね。
来年も、今年と同じように、大活躍なさいますように!

[2012/12/25 23:08] ここ [ 編集 ]

Re: クリスマス寒波襲来

メリークリスマスshimoigalleryさん!

shimoigalleryさんは、絵をお描きになるので、舟越さんや松本俊介さんのお気持ちが、一層深くお分かりになることと思います。

いつもご心配下さって、ありがとうございます。
広島は今日、うっすらと雪景色でした。
雪が降らないときの方が、かえって寒いということもありますね。
どうぞお風邪など召しませんよう、お気をつけてお過ごし下さいませ。

明日は、両親が広島に来てくれます。
一緒に劇団四季「キャッツ」を見に行くことにしております。


[2012/12/25 23:13] ここ [ 編集 ]

Re: タイトルなし

メリークリスマス コスモスの夢さん。

長崎には、舟越保武さんの作品 26殉教者像がありますね。
コスモスの夢さんは、それらの像を、どんな風に御覧になっておられますでしょう。
私も、次に長崎に参りました折には、是非見たいと思っております。

夜になって、一層冷えてまいりました。
どうぞお気をつけ下さいますよう。
 

[2012/12/25 23:18] ここ [ 編集 ]

こんばんは、ここさん。

二十六聖人記念像については、すぐに言葉になりません。
浦上住人にとっては、原爆とともに、痛みが先になってしまい...
あす、数十年ぶりに訪ねようと思っています。

素敵な新年をお迎えください ♪

[2012/12/30 03:17] コスモスの夢 [ 編集 ]

Re: タイトルなし

コスモスの夢さん、こんにちは。

二十六聖人記念像
長崎には、気持ちを移入できるような、よい像がいくつかあるように存じます。
悼みや哀しみの気持ちではありますけれど。
それはやはり、うらやましいことだと存じます。
広島の、深いところに澱のように溜まった哀しみを、私は本当に受け取っているのかどうか、あまり自信がないと思うこの頃です。


[2012/12/30 10:57] ここ [ 編集 ]

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