討入りの日に 

こんばんは。
夕方から急に冷えてきました。

お友だちの冬子さんからお手紙が届きました。
冬子さんらしい愉快なお手紙でしたので、少しだけ。




……

今日は極月十四日。義士討入りの日です。
テレビはドラマで討ち入りの映画を放映しています。

もう一五年位前に、十四日に赤穂へ行ったことがあります。
大変な人出で、大石神社の賽銭箱の大きな樽には、こぼれるばかりの賽銭が投げられていて、討ち入り蕎麦の店には長い行列、義士の墓には家事の煙ほどの香煙。
人にもまれ、くたくたになって戻りました。

それから二、三年経って、今度はやはり義士の日に、吉良に行きました。
名古屋から南回りの線に乗り、吉良の駅に降りてみると、小さな貧相な無人駅で、駅前にはうどん屋が一軒あるだけで、タクシーなぞ一台もいません。

短い日は暮れそうになっていて、途方に暮れていると、ふと駅に小さな紙に「タクシーご用の方は電話して下さい」の貼紙がありましたので、電話しました。

待って待って待ちくたびれた頃にタクシーがやってきました。
運転手に吉良の墓のある寺へまず行ってくれと言いますと、最初に案内したのが大きな寺で、「吉良の仁吉」の墓なのです。
何でこんなところに来るのかと言いますと、この墓は、清水の次郎長親分の建てた墓で、自慢のものだと言います。
一緒に行った夫は喜んだのですが、私はヤクザなぞ厭だからと早く吉良の墓へ行こうとせかしました。

吉良の墓はとても小さく、本堂には灯が一つともっているだけ。
誰もいません。
墓はどこにあるのか、もう暗くなっているのでわかりません。
境内に小さな碑があって、「憎まれつゞけて三百年」と彫ってありました。
吉良の町は物音もなく、灯も暗く静まっていました。

翌日、昨日のタクシーが来てくれて駅まで行ったのですが、タクシーを降りたとき、運転手も降りてきて、「吉良へ来て下さってありがとうございました」と深々とおじぎをしました。
何だか悲しくなりました。

又、吉良の町には、A級戦犯の墓があるそうです。
どこも建てさせてくれぬので、吉良に持ってきたとのこと。

……

いよいよ年もつまりました。
今年はまったくいろんな凶事がつづきました。
来年は巳の歳、蛇が脱皮して新しく元気になるように、いい年になるといいですね。

今日は少し暖かいけれど、これからは寒い日がつゞくと思います。
どうか御体を大切になさって、いゝお年をお迎えくださいませ。

                          かしこ


 十二月十四日                      冬子 
                                     」




外つ国の湖の色日記買ふ
隣席に動物学者忘年会      ここ




 

[2012/12/19 00:40] お友達 | トラックバック(-) | CM(2)

こんにちは。

今日も、佳句に巡り合いました。

特に一首目の取り合わせがいいですね^^。
うまく言えませんが俳句の神髄は、
このような二物のほど良い距離感にあるのだと、
改めて思いました。

いつも床しい文章と、短歌、俳句・・・

きっとそれは、ここさんそのものではないかと、
勝手に思っております。

赤穂事件、ゆかりのお寺を巡られたとか。
吉良上野介は、地元では善政を敷いた名君と敬われているそうで、一方内匠頭は大名火消に熱狂する、短慮な殿さまだったと評されています。
元凶は6代将軍綱吉。
人の好き嫌いが激しく、一旦憎むと死後の墓まで暴くという異常さを持っていました。
吉良も、浅野もそういう偏執狂に近い為政者の犠牲と言えるでしょうね。
すみません、歴史狂なのでつい余計なことを追記してしまいました(汗

[2012/12/19 10:41] NANTEI [ 編集 ]

NANTEIさん、こんばんは。

拙句をお褒め下さり、大変ありがとうございました。
何より嬉しい気がいたします。

歴史、お詳しいのですね。
私は歴史は特にさっぱりのすけのトンチンカンです。
こうしてエピソードで語っていただけると、そこだけは記憶に残るという具合ですので、おかげさまで楽しく勉強させていただきいたしました。
それにしても、NANTEIさんは、絵も、お料理も、音楽も、歴史もお詳しくていらして、ただただ驚くばかりです。
いろいろなお話、またどうぞお聞かせ下さい。
ありがとうございました。
[2012/12/19 22:42] ここ [ 編集 ]

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