サウイフモノニ 

こんばんは。
台風が近づいているとかで、風が吹いています。

土曜日、広島大手町の長遠寺というところで、宮沢賢治の弟の清六さんのお孫さんという方が来られての講演会がありました。
お世話になっている方がお誘い下さったということもあって、出不精の私が、なぜか出かけたのでした。

行ってみるとそこは鈴木三重吉の菩提寺でした。
(全然存じませんでした。)
その上、なんとその会は、鈴木三重吉さんの76回目の法要を兼ねた会でした。

私は鈴木三重吉の綴方について、小さな論文を書いたことがあります。
三重吉さんとのご縁を感じました。
不思議で、嬉しく思いました。

この日私は、遺族の方々とご一緒に、お墓参りまでいたしました。

鈴木三重吉さんは、大正時代、子どもたちのために『赤い鳥』という雑誌を作った方です。
三重吉さんが、あの時代の子どもたちに与えようとなさったものを、
私も、せめて私が出会える子どもたちに贈りたいなと思っています。

この世には、目に見えないご縁というものがあって、私たちはいつも、知らず導かれているのだと、時々そう思います。
年を取ったせいなのかも知れません。

その日の、賢治さんについてのお話も、よいお話でした。
「雨ニモマケズ」を書き留めた手帳を復刻した小さな手帳を、2500円で買いました。




雨ニモマケズ   
 宮 澤 賢 治


雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジヨウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病氣ノコドモアレバ
行ツテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ツテソノ稻ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハ
ナリタイ








[2011/06/26 23:53] 教育 | トラックバック(-) | CM(6)

デクノボーの微笑み

ここ様、こんばんは。
先日の函館で本棚に鈴木三重吉と宮沢賢治の文庫本を見つけ、懐かしく手にとっていました。
持ち帰ろうかともおもったのですが、今ではお二人とも青空文庫でよ読むことが出来ます。

中学生の頃、なぜだか雨ニモマケズを手帳に書き写していて、それを授業時間に読んだ事がありました。
デクノボー。お釈迦様の弟子で、ひたすら草履整理をしてついに悟りを開いた方がいます(今、名前が思い出せないのですが)。偉大なるデクノボー。
私はデクノボーの足元にも及ばず、日々オロオロ過ごしています。

ここ様のご縁を垣間見て、思わず嬉しくなり、
つまらないことを書きました。
ごめんなさい。


[2011/06/27 23:06] 杣人 [ 編集 ]

私は、

子供のころから、天の邪鬼でした。
いい話には「ケッ!」と横向く子でした。
今でもまだそんなところがあります。
この「雨ニモマケズ」もあるホームページに、
東ニケイバアレバ
行ッテ金ヲツギコミ
西ニケイリンアレバ
行ッテソノ券ヲ買ウ
南ニチンチロリント聞ケバ
借金シテモ駆ケツケ
北二・・・
というパロディーを投稿したところ、
見事に黙殺されました(笑!)

私は人によって、無性にそんなおふざけをしたくなるのです。こどものころ禅寺に仮住まいしていたせいでしょうね。僧職の裏表を見過ぎたのでしょうね。
でも、ご安心を。
ここさんのお話しは、すーっと入ってくるのです。
不良少年とよき先生のごとく(^0^)。
[2011/06/28 14:11] NANTEI [ 編集 ]

杣人さん、こんばんは。

今も杣人少年の本棚にある三重吉と賢治の文庫は何でしたのでしょう。
中学生でいらしたころ、書き写された手帳、今もお持ちなのでしょうか。それもまた本物の雨ニモマケズ手帳に劣らない値打ちものですね。
[2011/06/28 21:01] ここ [ 編集 ]

NANTEIさん、こんばんは。

NANTEIさんは、今もいたずら少年でいらっしゃるのですね。チンチロリンのところで、つい笑い出してしまいました。
僧職も教職も同じようなものかなと思います。裏表があるということは、表のところでがんばっているということだと思いました。私などは教師としてはかなり弱い方ですので、ダメなところを承知してもらってつきあっていただくしかない、ちょっとずるい教師だと思います。人間関係ですので、無理は続きませんし、情けなくも仕方の無いところでした。
不良少年はたいてい、心優しいものですね。
[2011/06/28 21:57] ここ [ 編集 ]

手帳

ここ様、白ヤギ通信でございます。
むかしむかし、傷心の杣人は狂おしい胸を抱えて夜行列車に乗り雪の中の宮澤賢治記念館を目指したことがありました。頭の中には「永訣の朝」が反響し、雪に覆われた川と繋留された櫓漕ぎ船を見つけてはイギリス海岸を夢想します。懐かしい記憶の一こま。

筑摩の校訂本、賢治全集に付録していた「手帳」はここ様がお求めになった手帳と同じでしょうね。黒い手帳。
賢治を読み解く作業はもう出来ませんが、復刻版「手帳」を手にしたくすぐったい嬉しさは、今も覚えています。
[2011/06/28 22:06] 杣人 [ 編集 ]

杣人さん。
そう、その黒い手帳です。
筑摩のを定価で買うと、手帳がついてたんですね。存じませんでした。

私も何年か前、懐かしい友人に案内してもらって、花巻の賢治のいろいろを巡りました。イギリス海岸をお散歩しました。賢治をめぐる旅はきっと、人それぞれにいろいろな思い出が残るのですね。私の場合、久しぶりに会えた友人が、とても素敵な大人になっていて、その友人の様子が賢治の旅と一緒になって、とても印象に残っています。
[2011/06/28 22:48] ここ [ 編集 ]

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