春の宴 

こんばんは。
一昨日、雪が降りました。
もう積もることはない春の雪が、あとからあとから。

先日、非常勤講師の先生の慰労会というのに参加してきました。
楽しそう美味しそうなお誘いは、大抵お受けすることにしております。
半期出かけただけの大学で、さして親しい方もないというのに、喜んで参加しました。

私のお隣の席は、年輩の女性で、このたびお招き下さった大学の先生でした。
来年でご退官という彼女は、先ほどまで朗らかに、他の先生と大きな声で冗談などかわされていました。
うかがえば、彼女がその大学の教員として勤めを始めたのは、ちょうど今の私と同じ年齢だそう。

あ、私と同じ。

退官する頃の自分の姿を見るような気がして、改めて先生をまじまじと見ました。
白髪まじりの髪を後ろに一つにまとめて、あまりお化粧気もない様子の方です。
先生は、琉球方言の研究者なのだそうです。

若気の至りよねえ、その当時、○○先生の『△△』っていう本を読んで(書名うかがったのに失念)、それなら私がやろうって思ったのよね。
でも当時は沖縄っていうと遠くてねえ。
兄も沖縄の生物(だったかな)の研究してましたけど、ちょっと病気になったりしても大変で。
だから両親が心配して。
ただね、私が学生の間に母が亡くなって、その2年後に父も亡くなりましたから、もう誰も私の心配する者がいなくなったんですよ。

それが、琉球方言をやりたいと言ったら、その時の先生に引き受けられないと言われちゃって。
その時になってようやく、私はそれだけの者だったって分かりましたね。
今思えば、先生はきまじめな方でしたから、知らないことを教えられないと思われたんだと思いますよ。
私は、仲宗根先生に出会えて幸せでした。

彼女が学生の頃といえば、女性の研究者なんてほとんどいない頃だったのではないかと思います。

はい。何でも私が第一号でしたよ。

当時の琉球と言えば、行くだけでも随分大変でした。
飛行機なんて贅沢は考えられませんから、鹿児島まで泊まりながら行って、そこからまた船です。
留学を決めた時も、許可がなかなか下りなくて、大阪まで留学試験を受けに行きました。

旅行なんてとんでもない。
昔のことですからねえ。
特に結婚してからが大変ですよ。
おしゅうとさんが一緒でしたから。

学会は発表するために行くもんだと夫に言われて、そういうものかと思って行きませんでした。
でも実はね、沖縄には毎年行ってたんですよ。
先生が、いたずらそうに笑います。
法事なんかの時に、ほら、昔はみんな家でやりましたから、お料理なんかすごく頑張って、点数を稼ぐんですよ。
そしたら義姉が味方になってくれて、子どもたちの面倒もみてくれてね。
一日10分でも、研究に向かうときだけが私の時間で。

人が、ひと年を経て自分の一生をふり返った時、我ながらまあよくやったなあと思える。
そういう方のお話は、自然に武勇伝になるのだと思います。
しかし、彼女の話は、決してそうしたいわゆる武勇伝ではありませんでした。
それに、お話の中心は彼女自身というより、主に仲宗根先生のことでした。

仲宗根先生は、優先順位がはっきり決まっていました。
ひめゆりのことが一番。思いが残っておられたのだと思います。
次は教え子のこと。
その次が研究でした。
それでも先生は大学者ですからね。
私なんかは学者ではなくて、教育が中心ですよ。

先生のグラスは、2杯目の焼酎です。

若い頃はお酒もいくらでも大丈夫だったんだけど、もういけません。
あなたもそろそろ気をつけなさいよ。

来年から仕事を始めるという私に、親しく話しかけてくださいます。
先生のお話は、淡々としたものでしたけれど、私はいつのまにか、息を呑んで聞き入っていました。
彼女の直面した、時代とか、境遇とか、人々の考え方とか。
武勇伝にならない、彼女自身のこれまでの話は、本当の意味での武勇伝でした。

会が果てて、明るいホテルのロビーになんとなく残っている人々が、そこここで挨拶を交わしていました。
先生は、ひとしきり私を励ましてくださってから、一人で帰って行かれました。

ガラスの外はすっかり夜。

私が、先生のように定年まで働いたとして…。
きっとなにもかも彼女の足元にも及ばない、未来の自分が見えます。

それでもまあ、少しずつ頑張るしかないよね。

それはたぶん、少しもつらくも哀しくもなくて、淡々とした道をゆくことだと思えます。
ちょうど先生のお話のように。

今宵、先生に会えてよかったと、心から思います。
先生、ありがとうございました。

世間的には優秀とは言えない学生の多いこの大学で、先生は来春、定年を迎えられます。








[2011/03/07 01:04] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

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