研ぐ 

こんばんは。
紅梅は、雨の日もきれいですね。

今日の午後、街に行きました。
久しぶりです。
街はきれいで、とってもキラキラ。
素敵なものがたくさんで、自然にうきうきいたします。
おっと。
今日の私の用事は、包丁を研いでもらうことなのでした。
すっかり錆びてしまった包丁を、プロの方に何とかしていただくべく、布巾にくるんでカバンにしのばせてあるのです。
目指すは、街の商店街に古くからある刃物やさん「菊菅」。
「菊菅」といえば、知る人ぞ知る老舗。
本通りの中でもひときわ明るく輝くお店でした。

娘を授かる前だったから、ずいぶん前のこと、そこで裁ちばさみを購入しました。
2階の売り場で、買ったはさみに名前を入れてもらって、一人前になった気がして嬉しかったのを覚えています。

その本通り商店街も、この頃では若者向けの、ちょっと安っぽいお店が目立つようになりました。
「菊菅」も、今では確か1階が別のお店になって、2階だけになっていたと思います。

あれ?お店が見つかりません。
無くなっちゃったのかなあ。
交通整理の人に聞いたら商店街マップを渡されました。
あった、よかった。
マップに小さくお店の名前がありました。

歩いて引き返し、何とか看板を発見。
見ると、2階でなく3階です。
喜んで階段を上がります。

ところが、上りきったところには、「刃物研ぎはこちらへ」とマジックで書かれた張り紙。
そばに手書きの地図が置かれています。
どうやらお店はここではないようです。

仕方なく階段を下りて、またまたさっきの道を戻ります。
地図が指していたのは、裏通りのもう一つ向こうの通り。
行ってみると、小さなビルです。
老舗「菊菅」は、その2階にあるようでした。

ビルの狭い入口。
そこだけが、キラキラした街とは切り離された、全くの別世界に見えます。
せっかくここまで来たのだからと自分に言い聞かせて、なんの装飾もないコンクリートの階段をおそるおそるあがって行きました。
壁には、新聞記事や何やら標語を書いたらしいヘンなビラがたくさん貼られています。
2階まで来ると目の前に、昔のお店の正面にいた、着物に前掛け赤いたすき姿の等身大の人形が置かれていました。
あ、ここだ。

入口の戸は開いています。
そろっと中に入りました。

ごめんください。

狭くて細長い部屋に、いろいろな形のハサミや爪切り、色あせた紙の箱と包丁。
誰もいないみたいです。

ごめんください。

いらっしゃいませ。

後ろで小さい声。
ひえっ、びっくりしたあ。

ふり返ると、立っていたのは、年齢が分からない感じの斜視の女性でした。

私は、「かなり錆びているんですけど」と言いながら、カバンから包丁を取り出します。
女の人は、優しげな手つきで包丁を手に取られました。

名前と電話番号を書いて下さい。

メモを一枚ちぎってこちらに。
見るとそのメモは、一万円札。
中央に「玩具銀行」と書いてあるんですけどね。
お札に字を書くことに抵抗を覚えながら、言われたとおり名字と電話番号を書き、錆びた包丁を預けて、半信半疑な気分でそこを出ました。

約束の一時間後に取りに行くと、対応してくれたのは小柄な男の人でした。
少し古びた白衣の胸に、「金属研究所」と刺繍があります。

例の一万円札が貼り付けられた広告紙の包みが、硝子ケースの上にありました。
盗み見るように見ると、私の字で書かれた電話番号の横に小さく「1000円」って書かれています。

思ったより安いなあ。
すごく高かったらどうしようって思っちゃった。
ちょっとホッとしたします。

男の人が包みを解くと、包丁は見違えるようにきれいになっておりました。

わあ、すごい。
ありがとうございました。

錆びグセがついてるからね、一ヶ年、使う度に拭いて水気を取りなさい。
ほら、このくぼみに水がつくからね。
ご主人を連れてきなさい、研ぎ方を教えてあげるから。

硝子ケースの中には、たくさんの包丁。
お店を出る時に、壁一面に花鋏みたいな形のいろんなハサミが下がっているのが目に入りました。

殺風景な階段を下りながら、何となく壁のビラの一つに目をやると、「高価なものを手に入れるより、高い技術を手に入れなさい」ですって。
何だか可笑しくなってきました。

すっかりきれいになった包丁をカバンにしのばせて、さっき来た道を、ゆっくり歩いて戻ります。

金属研究所、かあ。
鉄の匂いがするような気がしたな。
さっき見た、たくさんのハサミやら包丁やらその他のいろいろな道具たち。

鉄って、いかにもごまかしが効かなさそう。
毎日鉄と付き合っていると、人間の方もいつのまにか打たれて、飾り気もなくなってくるのでしょう。

今度、他の包丁も持って来ようかな。

本通りは相変わらずたくさんの人が歩いています。
街に少し慣れたのか、キラキラがなんとなく安っぽく見えました。





[2011/03/02 00:14] 日記 | トラックバック(-) | CM(8)

ここ様、おはようございます。
菊管さん。全国的に有名なのですね。

私、子供の頃から刃物が大好きです。
道具には作り手と使い手の思いの通いがありますから、良い道具を使うと嬉しくなりますね。
包丁を砥ぐとき、す~っと息を落とし、足をしっかりと踏みながらも体の力を抜き、刃物の重さに任せながら砥石と水の音に耳をすます。自分が透き通る瞬間。
包丁を砥ぎたくなりました。
[2011/03/02 08:26] 杣人 [ 編集 ]

杣人さん、こんばんは。

刃物を研ぐことがお上手な方は、きっと何をやっても核心を掴むことができる方なのだろうと思います。
杣人さんのお料理、よく切れる包丁でなさっておられるのだろうと想像いたしました。
「菊菅」さん、そんなに有名だとは存じませんでした。ただ、あの雑然とした中に、なぜか優れた刃物のような研ぎ澄まされたものが感じられて、思いだしても気持ちがすっといたします。
私の祖父は鉄工所をやっておりました。鍛冶職人です。菊菅さんに感じたものは、子供心に祖父に感じていたものでもあったのだろうと思いを馳せたりいたしました。
コメント、ありがとうございました。

[2011/03/03 00:07] ここ [ 編集 ]

白ヤギ通信

ここ様、おはようございます。
私の母方の祖父は大工さんでした。
鋸の目立てやノミを砥ぐ情景が私の記憶にあります。
私の刃物好きの源です。

いつも素敵なお話に訪問が楽しくて何回も伺っては同じお話を
読んでしまいます。
[2011/03/03 07:12] 杣人 [ 編集 ]

杣人さん、こんにちは。

遠い日々にご家族と過ごした時間や、ご家族のちょっとした習慣が、こうして今の自分の中に残っていると思うと、自分自身もとても大切なものに思われますね。
何度も読んで下さっているなんて、とてもとても嬉しくなりました。少し照れます。
今後ともどうぞよろしくご指導下さいませ。
[2011/03/04 13:28] ここ [ 編集 ]

こんばんは。

なんとも、異次元の世界にさまよいこんだような(笑)。
職人の星に降り立ったのでしょう。
私も職人や、職人に近い方がたと何年も仕事をさせてもらいました。物を作らなくても、職人のような営業マンがいたり、方法を譲らない照明係や助手がいるので、嬉しくなってしまったことが何度もあります。小さなことに見える仕事でも、努力して工夫して揺るぎのないものを掴んだ人は素晴らしいです。
ここさんの、ふしぎな(笑)研ぎ師さんとの関わり合い、拝読してこちらも幸せになりました。
ただ、包丁を持ち歩いていたこと、大きな声でいわないでくださいよ(笑)。

少し早い句ですが、

春分や手を吸ひにくる鯉の口(宇佐美魚目)

春分の句の中で最も好きな作品です。
[2011/03/05 22:04] NANTEI [ 編集 ]

NANTEIさん、こんにちは。

私は、春から新しい仕事を始めます。「ものを作らなくても、職人のような」そういう仕事の仕方ができるようになるといいなと思います。

春分の句、いいですね。春分という季語の時空の不確かな感じと、そのあとのちょっとエロスを感じさせる表現との組み合わせに、えもいわれぬ春の感じが出ていて。
宇佐美魚目も存じませんでした。おかげさまで、少しずつ聞いたことのある俳人さんが増えていきます。
ありがとうございました。
[2011/03/06 17:12] ここ [ 編集 ]

こんにちは。

一篇の掌編小説を読むような、そんな気分で読ませていただきました。
きらきらする街の明かりから離れて、一歩路地裏に入ると、
今でもこうして昔と少しも変わらず御商売やお仕事を続ける職人さんたちが
いらっしゃる。なにかほっとします。
『鉄の匂い』!ああ、わかります。
そして、『鉄の味』も。
私たちの体をめぐる液体も、同じ匂いと同じ味。
だから、ひとはふと懐かしさを感じるのかな。
まして、お祖父さまが鍛冶職人さんという、そういった
素敵なお仕事をしていらしたのならば。

春に、鮮やかな旅立ちをなさるのですね。
なにか大きな美しい蝶が、翅をのばしきって、今にも飛び立とうとするのを
見たような、そんな眩しさを感じます。
[2011/03/11 12:09] 彼岸花 [ 編集 ]

彼岸花さん、こんばんは。

ようこそお越し下さいました。
コメントありがとうございました。

地震のニュースをずっと聞いています。
彼岸花さんは、どちらにお住まいでしょうか。
ご無事でお過ごしのこととお祈り申し上げております。
お近い方など、みなさまご無事でお過ごしでしょうか。
お見舞い申し上げます。

私たちの日常のささやかな営みがいっそうかけがえもなく思われます。
どうぞお気をつけてお過ごし下さいますよう。

[2011/03/11 23:46] ここ [ 編集 ]

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