父母の家 

こんにちは
今朝は雨でしたが、今はすっかり晴れています。

娘を連れて、帰省しています。
借景の山の緑に、花の白が見えています。
近いあたりには、椿や馬酔木の花の色、柿の若葉の芽の明るい緑色が見えています。
静かで、いい気持ちです。
ずっと遠くの工場の煙突の煙が、絵のように真横にたなびいています。

縁側の文机に、母のめがねが置かれていました。
父が以前入院した時に、娘がお見舞いに贈った、小さな赤いタコのメモばさみもあります。

廊下の途中には、私たち家族が長く暮らした城下町を描いた水彩画が、かかっています。

書院の明かり障子。壺。置時計。
小さな陶の立雛は、孫である娘のために、母が飾ってくれました。

いつまでも変わらない、絵の中にいるような里の昼です。

しんとした座敷に、次第に夕暮が訪れてきました。





[2007/04/03 18:30] 家族 | TB(0) | CM(2)

こんばんは。
ここさんのルーツはこんな素敵なお郷だったのですね。ブログに綴られる言の葉の豊かさの理由がわかる気がしました。
そして俳句という短詩型にたどりついたことも。
でも俳句はあまりにもそぎ落とした世界で、それが苦しくなることもおありなのではと勝手に想像したりしています。短歌でさえ私には窮屈でならないから。
このブログに築いていおられる言葉の世界でのここさんは、とても自由に泳いでいるように見えます。
新しい絵もここさんらしくて素敵です。
[2007/04/03 23:54] まき衛門 [ 編集 ]

まき衛門さん、こんばんは。
さっき、実家から戻ってきたところです。
 少し前に、いろいろな意味で、すっかり自立できたなあと思ったことがありましたが、この頃本当に、自分が両親の存在に支えられているのを感じます。両親のいるところが、私のふるさとです。
何の変哲もない私の里の情景を、素敵と言ってくださって、とても嬉しいです。

実は、ご指摘の通り、最近俳句が、本当に全く出来なくなってしまい、自分でも驚いています。理由はよく分かりません。
このブログは、あまり苦もなく書いています。
短歌は素敵だなあと興味を持ちつつ、自分には三十一文字を満たすほどの思いが無いように感じています。歌を詠むとは、どういうものなのでしょう。
時折読ませていただく、まき衛門さんの御歌とても好きです。 
いつもありがとうございます。 
[2007/04/04 21:40] ここ [ 編集 ]

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