天上の波紋 

おはようございます。
昨日は夫の里のお祭りでした。
今でも、曜日に関係なく、毎年11月7日に行われます。
この日は初雪が降ると言われていますが、昨日はよいお天気でした。

雪は、どのくらい高いところから降ってくるのでしょうか。
ご存じでしたら教えてください。

昨日は、山下さんのお宅にうかがいました。
山下さんはいつものように、ほがらかで、お元気そうです。
お目にかかるだけで、ほっと気持ちが温かくなります。

お部屋の小さなこたつにあたりながら、また零戦搭乗員時代のお話をうかがいました。
こたつの炭は、山下さんが焼かれたものだそうです。
部屋の隅には、まだ使われていない火鉢が置かれていました。

空の上の方は、寒いのではないですか?

私の唐突な質問。

そりゃ寒いですよ。
1000メートル毎に6度下がりますからね。
私が一番高く上がったのは、11000メートルです。

ちょうど今時分でしたか、比島のあたりは30度くらいです。
ランニングシャツの上に一枚着て、その上に飛行服ですから3枚ですよ。

しばらく上がると、ブルブルっとして、お、寒いなという感じがするです。
そのうち、なんか肌がピリピリしてきて。
だんだんそれも感じんようになるです。

艦砲射撃も7000メートルくらいまでしか届きませんから、上から見とるです。
弾が直接あたるというのではなくて、上で炸裂して、その破片を当てて飛行機を落とそうというわけですから、
その、炸裂するのを見とるです。

破片が飛んだところに、空気の波が、ほら、ちょうど池に石を投げた時みたいに、ずうっと広がって行くのがね、見えるんですよ。
空気が見えるです。

山下さんの眼下に、今、その空気の波が広がっているのがわかります。
その様子を見ながら私は、それはきっと、美しい眺めだったに違いないと思います。

そんなに空気が薄いところにいて、苦しくないんですか?

酸素ボンベが座席の後ろに付いておって、それを吸うです。
出発前に、鼻のところに管がくるようにしておいて、上に上がったら、バルブを弛めるわけです。

そう言って山下さんは、左肩後ろに手をやって、バルブを弛める仕草をなさいます。

4500メートルくらいで吸う者もおりましたが、私は6000と決めておりました。
全然吸わんと帰ってくるものもおったです。

大丈夫なんですか?

全然苦しくはないんですよ。
自分では、酸素が薄くなったと言う自覚はないんです。
ただ、吸わんとおると、帰ってから、ああ、今日はえらいくたびれたなあと思うわけです。
だから、気をつけておいて吸うわけです。

高山病とかにはならないんですか?

まあ、身体が丈夫な者が飛んどるわけですから。

そう言って、山下さんが笑います。

私の質問はいつもこんな具合。
いつも思うことですが、飛行機の知識も、戦争の知識も乏しい私は、山下さんのインタビュアーとしては不適格です。

それでまあ、離れたところから、皆ですうっと下に降りていくんです。
下にほとんど近くなってから、ふわっと暖ったかくなって、おお、寒かったんだなあと思うわけです。

その時山下さんの機が下りたのは、母艦だったのか、比島の基地だったのか。

私たちは、縁側のむこうの、これから冬に向かう村の景色に目をやりました。
そうしながら、しばらくの間、山下さんの眼の奥に広がる、南国の11月の海の景色を見ておりました。



[2010/11/08 09:59] 山下さん | トラックバック(-) | CM(2)

記憶の継承

ここ様、おはようございます。
山下さんのお話を伺う。ちょっと羨ましいです。
私の伯父も飛行機乗りで、伯父が撮った真珠湾の偵察写真などが家に伝わります。若い頃の写真は白いシャツにテニスラケットを持ったり、飛行服を着て練習機の前に立ったものがあるのですが、それはそれは目も覚めるような美男子で、家族の自慢でもあった伯父です。
残念なことに、終戦の年に海で亡くなるのですが、戦時中の映像や資料を見ると、伯父の姿や名前を探してしまいます。

色んな形で記憶をつなげてゆく作業。
ここ様の聞き取りが実を結ぶことを願います。
[2010/11/09 05:09] 杣人 [ 編集 ]

杣人さん、こんばんは。

伯父さまは、とてもすてきな方でいらしたのですね。
素晴らしい方々が、たくさん海に散った戦争。
戦争は、決して繰り返してはならないことですけれど、ひどい時代というだけで一括りにしてはならないなあと、山下さんのお話をうかがううちに考えるようになりました。
その中に、喜びも、優しさも、生活も、たくさんのいろんなことがあったのだということが、山下さんのお話をうかがうようになってから、遅ればせながら少しずつ分かってきたからです。人の話を聞くということって、その方の目を通して見えた世界全部、言葉以外のたくさんのものも聞くことなのだと思います。

杣人さんの素敵な伯父様の人生、きっといろんなところできらきらと輝いておられたのだ想像いたします。
そして、そのお話を、私もうかがいたかったと、切なく。
…ありがとうございました。


[2010/11/10 00:32] ここ [ 編集 ]

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