それもいいかも 

こんばんは。
少しずつ日暮れが早くなっていますが、暑さは遅くまで残っています。
キトリのお散歩も、すっかり暮れて涼しくなってからです。

私は、今日、帰りの電車の中で、星野道夫『長い旅の途上』を少しだけ読みました。
短いエッセーを集めた文庫本です。
読んだのは、「ぼくたちのヒーロー」という題で、ショーンという人のことを書いた文章でした。

ショーンは、今、アラスカの自然を守ろうとしている若者達の、活動の中心にいるという人物です。
星野道夫さんに言わせると、ショーンのことは、誰にもうまく説明できなくて、会ってみるしかないのだそう。

ショーンは子どもの頃から、とても風変わりな子どもだったようです。
ショーンのお母さんの言葉。

精神科に一度診てもらったらどうかと先生に言われたほど、ボーッとしていて、ショーンは他の生徒と違っていたの。
でもね、私は、ショーンがいつも何かを考えているような気がしていた。

この部分を読んだ時、私はハッとしました。
私はそっと本を閉じました。

昨夜の、娘とのこと。

娘は、数学の応用問題に口をとがらせて文句を言っていました。

…池の周りを回り続けるなんて、そんなことありえない。

聞いてみると、どうやら娘は、応用問題に描かれた情景を、いちいち具体的に思い浮かべているらしいのです。
計算すればいいだけなのに。
これじゃあ、問題が解けないはずです。

私は、トポロジーの話をして聞かせました。
数学の話です。
実は、最近読んだばかりの『ホルモー六景』の受け売りなんですけどね。

トポロジーってね、なんでも抽象化して考えるらしいよ。
それも数学なんだって。
ここにりんごとコーヒーカップがあるでしょ。
とりあえず、これはただの点だと考えるわけ。
そうやってずっと考え続けている数学者の人って、いつのまにか、りんごとコーヒーカップの区別がつかなくなって、コーヒーカップを食べちゃったりするんだって…。
面白いね。

私は、もっとこだわりなく抽象化が楽しめるようになると、娘の数学も楽になるだろうと考えたのでした。


窓から見える景色には、次第に緑が増えてきました。
冷房の効いた車内は、いつのまにか人が少なくなっています。

ぼんやりもののショーン。
でもお母さんだけは、気がついていたのです。
ショーンがいつも何かを考えているってこと。
それから、ショーンがショーンでいられるようにっていう大事なことにも。

娘の頭の中で、池の周りを回り続けていた少年。
どんな子だったのかしらん。

電車に揺られながら、私は、それもいいかも、と思いました。

コーヒーカップにかじりつく数学者。

私はそれも、なかなかいいかも、と思いました。

遠くアラスカに住むショーンという人と、娘と、コーヒーカップをかじる数学者。
それぞれ、なかなかいいぞ、と思いました。

その文章によると、ショーンは今、人の助けを借りながら、オオカミの物語を書いているそうです。
星野道夫さんは、もうこの世にはいません。

私を乗せた電車が、間もなく駅に着きます。


娘が娘でいるということ。

母親であるということ。




[2010/08/03 00:17] 日記 | トラックバック(-) | CM(4)

ここさん おはようさんどす。

私もショーンみたいでしたから、母親は心配していたんだと思います。
今でもぼーっとしています。

[2010/08/03 06:48] 塾長 [ 編集 ]

塾長さん、おはようございます。

今では、いろいろな活動の中心となっておられるところも、ショーンと一緒ですね。
[2010/08/03 09:54] ここ [ 編集 ]

池の周りを回り続けることなんてあり得ない・・さくらさんのその言葉、とってもいいですね。
私もやはり、さくらさんと同じようなところがありましたから、とてもよく解ります。

ここさんも、さくらさんもどうぞそのままでいらして頂きたいです。
とっても好きですから。

私の母も私を私のままでいさせてくれたような気がします。
で、そういう自分が結構好きです(^^)


[2010/08/03 10:39] Hulaさん [ 編集 ]

Hulaさん、こんばんは。

コメント、ありがとうございます。
=私の母も私を私のままでいさせてくれたような気がします。
お母さま、素敵な方ですね。きっとHulaさんみたいな方だったのでしょうね。
娘も、自分を好きって思ってくれてるといいなと思います。


[2010/08/03 20:48] ここ [ 編集 ]

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