旅日記・臼杵城下 

こんにちは。
リビングの前の桜、七分咲きで文字通り凍結中です。
それでも、今日の夕方になる頃には、春らしい夕暮れの陽射しが戻っていました。

旅日記の続きです。

石仏の里を後にした私たちは、続いて臼杵の城下町に参りました。
もう4時は回っていたと思います。
九州の春は、本当に日が永くて、あたりはやけに明るいのでした。

町外れの信用金庫の駐車場に車を止めて、私たちは商店街を歩き始めました。

商店街には、古い木造の風情あるお店構えが並んでいます。

歩きながら、呉服屋さんが多いなあと思いました。
それほど歩いたわけではないのに、今までに確か3軒はあったと思います。
子供の七五三の着物を飾ったお店。
淡い色の訪問着を飾るお店。
どの着物も、私の町の小さな呉服店にあるものよりも、上等で素敵でした。

仏具屋さんの前に来ました。
そこでまき衛門さんのガイドが入ります。
「ここは、ご主人以外はみんなクリスチャンという仏具屋さんです。」
・・・・・・
何とかガイド役を務めようとして下さっているまき衛門さんのガイドは、実はとてもディープなのでした。

天井が低くて、奥行きのあるお店の中の、きらびやかな仏具たち。
そういえば以前、古い形の神事を継承している天皇家に、クリスチャンの美智子妃というのは、実は「祈る」ということをご存じだという点でふさわしかったのだという話を誰かに聞いたのを思い出しました。
この仏具屋さんのご家族も、教義はちがっても、きっとみなさん「祈る人々」なのでしょう。
私は脳裏に「祈る家族」をイメージしつつ、その仏具屋さんの前を通り過ぎました。

私たちは、商店街の途中を右に折れて、小さな路地に入りました。
その小路には誰もいなくて、しんとしています。
両側には、古い家の白壁が迫っていました。
そこで再びまき衛門さんのガイドです。
「実は臼杵は妖怪の町でもあって、ぬりかべ(だったかな?)の発祥の地なんです。」

へえ~。
なるほどです。

私は今度は、自分が知っている妖怪の町、三次市のことを思い出しました。
それから、駅前の妖怪に深い関係のある神社のこととかを思い出しました。
あの神社、京極夏彦さん寄進の幟もあったよなあ。
私が心の中で、負けじと妖怪の話を出すべきかどうか迷っているうちに、その短い小路は終わりました。

妖怪小路を抜けたそこはもう、本当に江戸時代そのものの町並み。
わあっと驚きの声をあげた私たち。
ゆるい坂道を登ります。

途中の立派な家には、今も人が住んでおられるようです。
観光用の紹介を読んでみます。
そこには、その家の修理の歴史が綿々と。
そういうわけで、この家は元々はどういう家なのかはよく分かりませんでした。

しばらく歩いて、私たちは、「無料休憩所」と書かれたところに入りました。
そこもとても立派な建物でした。
ここは、入ったところに、「旧真光寺」と小さく書かれていました。

時刻はちょうど5時。
もうおしまいの時刻です。

それでも入口におられた上品な女性が、どうぞと言って入れてくださいました。
私たちは、いろいろとお言葉に甘えて、2階にも上がりました。
すでに閉めてあった障子を、また開けてくださって、ほの暗い家の、立派な木組みに光がさしました。

床の間にも、家のあちらこちらにも、椿やレンギョウが活けてあります。
お花の先生が、ボランティアで活けてくださっているんですよ。
その上品な女性のかたが、嬉しそうに教えてくださいました。

私たちは、2階の窓から、今登ってきた夕暮れの坂道を見下ろしました。
坂の途中にあった、ひときわ立派な門へ続く高い階段が見えました。
聞いてみると、今ではその家には、子孫ではない別の人が、買って住んでおられるのだそう。

あ、これと同じ話、ずっと昔、子どもの頃聞いたことがある。
それは、少し小声で話される、家移りにまつわる噂話なのでした。

休憩所の黒い木戸を出ると、さすがに少し夕暮れが来ていました。

入口に、墨で書かれた「無料休憩所」の文字。
そういえば、京都のお寺が拝観料を取ることが話題になったた昔もあったなあと思い出したりしました。
そういえばこの町は、観光地だというのに、おみやげ物やさんも全然ありません。

昨日まで自分が身を置いていた、些細なことにお金を取って憚らないところ。
もしかしたら、私は、遠いところに来てるのかもしれません。

ともあれ愉快な3人の私たちご一行は、おしゃべりしながらまた商店街の方へ歩いて行きました。

そういえば、この町に来てから、あんまり人を見かけないねー。

だけど、街のあちこちに、誰かがいるような気配はしていました。
どの道も、少しずつ曲がっていて、遠くまでは見えないのです。

美しい着物を着て、立派な家を買い、悪気のない噂話をする、そんな人々の、結構楽しそうな気配。
もしかするとそれは、ずうっとずうっと昔からこの町で暮らしている人々の気配だったのかもしれません。

石畳の坂道を、車が一台通っていきました。



〈旅はもう少しだけ続きます〉




[2010/03/31 00:03] 旅日記 | トラックバック(-) | CM(0)

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