旅日記・臼杵石仏 

こんばんは。
家の前の大きな桜が五分咲きです。
この頃は日が永いので、今日はカーテンをみんな開けて、花を見ながらお夕食をいただきました。

旅日記の続きです。
その後私たち3人は、臼杵に参りました。

ところで、臼杵のお話に入ります前に、ここでちょっとお断りしておかなければならないことがあります。
前回、ねたのさんがコインロッカーの鍵を無くされたお話など申し上げましたが、実は私は私で、上着を家に忘れてきてしまっていたのでした。
気がついたときには、もう取りに帰る時間もなくて、そのまま出かけたのです。
まあ、ちょっとした大失敗です。
人の失敗をあげつらい、自分の失敗は隠そうとする卑怯な輩だと思われてはいけませんから、ここで白状しておきます、はい。

ただ、言い訳いたしますと、私は、その失敗を隠そうとしたのではなく、すっかり忘れていたのです。

昼の大分は暖かく、日なたにいれば大丈夫、かな、というくらいの気温。
春の風は少々冷たかったかもしれません。

それなのになぜ忘れていたかって?
私は、初対面のまき衛門さんに、なかなか素敵な上着をお借りし、上機嫌で、まるで我が物の如く、一日中着ていたからですよん。

そういうわけで、結局全然困らなくて、のど元過ぎれば(使い方違う?)。
電話で、家人が、上着がないことを心配してくれた時も、一瞬、なんのことか分からなかったくらいです。
いやあ、自分の失敗だけ都合良く忘れられる、何と便利な頭の構造。
もう、構造そのものが卑怯だとも言えますね。
ははははは。
ついでに申し上げると、私は、ついに翌日それを着たまま家に帰ったのでした。


というわけで、臼杵です。

臼杵は私の希望で参りました。
特に下調べをしていたわけではありません。
たまたま、母がどなたかから臼杵のことをうかがったという話を聞かせてくれたのがその理由でした。

着いてみると、そこはぐるり山に囲まれた小さなお里で、そのぐるりには、普通の農家らしき家々が点在しています。
お寺もあるようでした。
観光客はちらほら、とても静かなところでした。
そして石仏は、その手前の山に添った岩肌におられるのでした。

大きな仏さまと、そのそばにおられる小さな仏さまと。

近づいてみると、どなたも、少しずつお顔や身体のどこかが欠けていました。
まき衛門さんのお話によると、以前、一番大きな仏さまのお首は下に落ちていて、それを元に戻すかどうかで議論があったのだそうです。

私は、仏さまのお首が下に落ちてしまっているところを想像しました。
それは少し、痛々しい感じがする想像でした。

議論があったということは、お首を元に戻すのに反対した方が、少なからずあったということ。
その議論の時、私ならどういう意見を持っただろうかと、ふっとそんなことを考えました。
議論の結果、今では、目の前の大きな仏さまの首は、元の位置に戻されてありました。

この地の石仏群は、平安時代末期から鎌倉時代のものだそうです。
石仏は、一箇所ではなく、数カ所に分かれて、その小さな里に点在しています。

手が欠けた仏さま、頬がそげてしまった仏さま。

それらの仏さまの、何を元に戻し、何をそのままにするのか。
私たちが何の疑いもなく抱いている「あるべき姿」って、結構ご都合主義なのかもしれません。

手を加えることに躊躇した人々があったこと、そして、それを真面目に議論したこの地の人々。
私は、ここにきてよかったなあと思いました。

実際にはおしゃべりの絶えない私たち、30円のお線香の束を買っては、いちいち風よけの着いたライターという発明に感心しつつ火を灯して、石仏群を廻りました。

石仏を巡る小さな坂道に、山桜が満開に咲いて枝を伸ばしておりました。

愉快なご一行という体の私たちは、この先に五輪の塔があるという小さな立て札を見つけました。
行ってみようよ。
行ってみよう。

その道は、日本中どこにでもあるような、今ではどこにもなくなってしまったような、懐かしい気のする山の道でした。
10分ほど歩いたでしょうか、諸葛菜や菜の花、つくしんぼまでお供えされて、その五輪の塔はありました。
愉快で幸せな私たち。
いつ誰が、誰の供養のためにたてたのか、理由も何も分からないその塔に手を合わせて、また山道を引き返しました。

さて、最後の仏さまの前には、なんと、お願い事を備え付けの紙に書いて入れておけば、ご祈祷下さるという木箱が置いてありました。
もちろん、現世御利益希望の私たち、真面目にお願い事を書いて投入です。
すぐにも満願成就間違いなしと大喜び。
ところがよく見ると、ご祈祷は1月・5月・9月とあります。
お願いごとがかなうのは、少し先になりそうだけど、それでもオッケー。
やっぱり大喜びの私たちなのでした。

少し休みたいなとか、ちょっとお腹がすいたなと思いましたが、おみやげ屋さんも喫茶店も一軒とて無い、静かな石仏の里、
菜の花だけがいっぱいに咲いておりました。


<旅はまだまだ続きます>



傾きて空輪風輪火輪かな水輪地輪土に埋れて   ここ



[2010/03/26 22:46] 旅日記 | トラックバック(-) | CM(2)

忘却とは・・・

旅のお話は忘れ物のお話?
石仏の傷んだんお話は日本人が何かを忘れたお話?
安曇野で道祖神めぐりをしたことがありますが、
石仏。お会いしたいですね。

臼杵の記事を拝読しながら、臼杵には子守唄があったんじゃなかったかな?
と頭に浮かんで来ているのですが、定かかどうか…忘却のかなたです。

続きのお話待ってますね。
[2010/03/27 22:15] 杣人 [ 編集 ]

杣人さん、おはようございます。

忘れもののお話は、単なるちょっと寄り道でした。石仏の話も理屈っぽくなってしまいました。うまく言えなくてすみません。

ところで安曇野の道祖神めぐりというのは初めてうかがいました。杣人さんが思いつかれたのですか?とても素敵そうな旅ですね。春には特に。
杣人さんは、いろんなところにいらっしゃっているのですね。臼杵の石仏、初めて参りましたが、おすすめです。

いつも応援ありがとうございます!

[2010/03/28 07:54] ここ [ 編集 ]

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