本を読む楽しみ 

こんにちは
今朝からみぞれ。
あたり一面、白いけれど透明のみぞれに覆われて、木は木の形に、草は草の形に、白くて透明です。

最近読んだ雑誌『婦人之友』2月号の記事より、感想です。
読んだのは、長谷川宏さんという方の「私の本棚」というちいさなコラムです。

長谷川さんは、解体修理にかかる以前は、毎年春、唐招提寺を訪ねておられたのだそう。
ここでとりあげられていたのは、東野治之『鑑真』という新書です。
受戒の役割を担う僧として日本にやってきた鑑真について述べた本だそうです。

受戒を、通過すべき儀式としてでなく、儀式ののちそれがどう受けとめられ、どう実行されるかを、生き方の根幹にかかわる重大な事柄と考えた鑑真は、それをみずから実行し、人々に伝えようとした。その行動のありさまが、史実に即して丁寧に追われている本であると、紹介されています。
そして、その紹介部分のあとには、こう付け加えられています。

「鑑真の戒の思想は日本には定着しなかった、とするのが著者の結論だが、奈良の大寺のなかでは珍しく求道のしめやかな雰囲気をもつ唐招提寺が、この本を読んだあとにどう見えてくるのか。そんなことを考える。」

長谷川さんは、昨年11月に解体修理を終えた唐招提寺を、きっとこの春また見に行かれるのでしょう。

この本の中では、その思想は結局定着しなかったとされている鑑真の、唐招提寺。
苦労して海を越えてきた鑑真の、しかし根付かなかった思想の形としての、唐招提寺です。

鑑真の思想は、今やすっかり言葉を失って、ただ唐招提寺の「しめやかな雰囲気」となってそこにあると言えるのかもしれません。

「本を読んだあとにどう見えてくるのか。」

長谷川さんの文章を読みながら私達は、きっと今年の唐招提寺は、長谷川さんにとって、今まで毎年見てきたのとは違って見えるだろうと想像いたします。
そしておそらく、もう元のようには見えることはないだろうということも、わかります。

それが、本を読む楽しみ。
長谷川さんのコラムから、そんな声を聞いたように思いました。

考えてみたら、本の中の「物語」は、いつもモノ語りです。
私達を取り囲む、本当にいろいろなモノたちがそれぞれに持っている、見えない世界のお話。
そしてもしも、その面白い、優しい、楽しい話を一度聞いてしまったら、もうけっして、そのモノが元のように見えることはありません。

本を読むことの、なんと危ない楽しみ。
けっして後戻りできない一歩通行の道行きを、まるでゲームの駒のように、私自身の全部が進んでゆきます。




[2010/03/09 13:34] 日記 | トラックバック(-) | CM(4)

難しいね

ここさん おはようございます。

失明しながらでも日本に仏教を伝えた鑑真和尚のお話でしょうか。
彼は日本に仏教と仏法を持ち込んだ方だと伝えられています。教えと形。教科書はあるのですが作法などがどこに伝えられたのか不明だとか。
[2010/03/10 07:02] 塾長 [ 編集 ]

塾長さん、こんにちは

そう、その鑑真さんです。これは、井上靖『天平の甍』などで知られている波瀾万丈の渡航話でない部分に焦点をあてた本だそうです。
そこまでして、鑑真がやろうとしたことは何だったのか、を史実から探ろうということなのだと思います。

人を動かすものって何か、誰しも興味の尽きないところですよね。
[2010/03/10 11:43] ここ [ 編集 ]

ここさんこんばんは。

唐招提寺の金堂は、好きな建物の一つです。
軽やかさと雄大さ、繊細さが共存していて、その塩梅もほんとに絶妙だなあと感じます。
「共存」というよりも、本来の仏教や大陸文化と同じように、元々その地に存在していたものとの、せめぎ合いの姿なのかもしれません・・・。

そのプリミティブな部分が魅力的なのでしょうか。

中国、朝鮮、日本では同じお寺でも屋根の反りや建物のシルエット、ディテールが微妙に違っています。

遠い昔になりますが、大学の研究室で、中国・朝鮮・日本の人たちが、それぞれお互いの建物を心理的にどう感じるかというような研究していた先輩もいました。
楽しそうな研究だと思いません?(理系っぽくなくて・・・)

数年前に上野で鑑真和上座像を拝観しましたが、またいつか唐招提寺でお会いしたいと思います。
[2010/03/14 00:26] akihito [ 編集 ]

akihitoさん、こんにちは。

文化的な意味での「共存」は、唐招提寺そのものの中にではなく、きっと、その場に対して唐招提寺が放つものと、その場との間にあるのだろうと、何となく考えていました。
 しかし、実際に建築に携わったのは日本の職人たちであった事を考えると、その建築の時点でもきっとせめぎ合い=共存があったことでしょう。
 唐招提寺。そう考えると作られる時から、今に至るまでずっと「共存」を探る営みとしても有り続けているとも言えますね。
先輩のご研究、楽しそうです。

無の中に形を立ち上げる建築というお仕事、すごくエネルギーが必要に違いない、とつねづね想像しています。
[2010/03/14 15:05] ここ [ 編集 ]

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