ピアノレッスン 

こんばんは
夜になって、また雪になりました。

今日は、娘のピアノレッスンでした。
少々遠いので、いつも私が車で連れて行きます。

娘が今の先生のレッスンを受け始めたのは、小学校2年生の頃。
先生は、声楽家で大学の先生。
ちょうど私の父と同じくらい、娘にとってはおじいさんほどの年齢の方です。

先生は立派な先生ですから、立派なお弟子さんもたくさんおられます。
だけどもったいないことに、娘の音楽の才能は、親の欲目で見ても、今一つ。
ピアノへの興味も今一つ。

それでもずっとレッスンに通っています。
練習はちょっとつらいけど、ピアノは「けっこう楽しい」のだそうです。

先生は、娘のことを、一度も叱ったりなさったことはありません。
いつも穏やかなレッスン風景です。

だけど、妥協もなさいません。
小さい娘に、小さいなりの音楽を求められます。
楽譜通り弾けるようになったらいいというのでなくて、そう、なんと言いますか、「表現」というところまで。
ゆっくりゆっくり練習曲を仕上げてゆく娘に、ゆっくり、そして真面目に付き合ってくださるのです。

娘が大体弾けるようになると、先生はいつも、ちょっと苦しそうに、両手でTの字をだされます。
ちょうどスポーツの試合のタイムみたいに。

出た、タイムアウト。
私たちはこっそり目をあわせて、心の中でクスッと笑います。

ただし、その右手の指先は、水平に出された左のてのひらからちょっとだけ離れています。
そして必ずこうおっしゃるのです。

ここまで出来てるんだけどね。
あと少し。
これからが大変だ。
もう一回がんばろう。

時には、あの子すごく難しい曲が弾けるんだってというお友達の噂を耳にいたします。
それに比べて、いつも同じ曲を弾いている我が娘。
レッスンに向かう車の中では、練習不足をイメージトレーニングで何とかしようと、同じ曲のCDを必死で聴くというていたらく。

聴きながら、
ここのところ、エッシェンバッハよりさくらちゃんの方がうまいよね、
なんて自画自賛。
結局二人ともご機嫌です。

ピアニストになるためでなく、
ピアノが上手に弾けるようになるためでもない、
穏やかに何かを求め続ける、不思議なピアノレッスン。

娘も、そして母親の私も、
毎週火曜日、いつも少しだけ上等な人になっている帰り道です。



[2010/01/12 22:19] 日記 | トラックバック(-) | CM(4)

いいですねぇ~

うんうん
そうそうそうなんです。

親子の距離がどんどん縮まっているっちうか。なんだかほんわかした雰囲気を感じます。私にはピアノはだしのような気がしてなりませんが。

車で遠出するのがまたいいですねぇ。
[2010/01/13 18:04] 塾長 [ 編集 ]

塾長さん、こんばんは
レッスンのいろんな場面で、先生が音楽の力を深く信じておられることを感じます。
レッスンでのピアノだけでないさまざまな学びは、やっぱり音楽を通して感じていることなのだと思っています。
そして、学びの内容も結果も、目に見えないものなのだと思っています。
[2010/01/13 21:43] ここ [ 編集 ]

CD耳コピでがんばれ

お嬢さんはピアノレッスンをずっと続けておられるのですね。それは、ここさんと音楽の先生の支えと今は未だそれが何かはわかりませんが,お嬢さん自身に内在する才能があってのことでしょう。ピアノレッスンを、音大受験等の手段にするのではなくて、先生のお宅で、ピアノをおさらいすること自体が目的になっているのがよかったのではないでしょうか。お嬢さんの先生は、音楽を通じて人を育てるということを大切にされる、きっと大先生なのです。その先生に育てられた音楽家やそれ以外の専門家もきっとたくさんいるんじゃないかな。
[2010/01/14 10:14] どるちぇpapa [ 編集 ]

どるちぇpapaさん、ありがとうございます。
人には感化という作用があることを思いますと、毎週1回先生にお目にかかることのできる私たち母娘は、ピアノの先生から、限りない恩恵を受けていると思います。
「美味しいものを食べるのに」そうですね。人生の美味しいものを味わうためには、いつも少しだけお行儀良くする必要があるのかも知れません。ピアノのレッスンに関わっては、初めから、本当にたくさんのことに感謝しています。
拍手ページのコメント、皆さんに見ていただけるといいなと思っていたのでよかったです。私も同じ内容でここに。
[2010/01/14 15:26] ここ [ 編集 ]

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