似るを求むる 

こんばんは
大学に行ってみたら、まだ雪が残っていました。
きっと、今朝降ったんだな。

センター入試の国語、今年は漢文の文章が好きでした。

画家の鄭法士は、自分が楊に及ばないと知っていました。
そこで画本を楊に求めたところ、楊は、自分の画本として、宮殿・衣冠・人馬・車を指しました。
「似るを以て似るを求むる者は、則ち益々遠し。」
それが似ているからといって、それを真似して似ようとする者は、
もとの物からはますます遠ざかる。

鄭法士は、楊のように上手になりたいと願ったのだと思います。

自分が熱心に取り組んでいることが、その人より劣っていると自分で認めること。
その人に教えを請うこと。
それは案外難しいことだと思うと、それが出来たところに、鄭の願いの切なることを感じます。

私たちは、知らないものを望むことは出来ないので、いつも自分の知っている何かのようでありたいと夢見るものだと思います。
それなのに

楊のようであるためには、楊のようであってはならない。
楊が楊であるように、鄭が鄭であること。
楊の目を通して見るのでなく、鄭の目で見ること。

何かを切に願えば願うほど、知らず知らず似るを求めてしまう、私たちの哀れさ。
きっと似るを求めていることさえ気づきません。

求めないで、ただ向かい合うこと。
願わないで、ただ目を開けていること。




[2008/01/23 23:41] 未分類 | TB(0) | CM(4)

ちょっと的外れコメントおゆるしくださいな

おはようございます
遠山に雪が残っています。お日さまも真っ白です。
「求めないで、ただ向かい合うこと。
願わないで、ただ目を開けていること。」
・・・・・・・・
人からなにか教えてもらうのでなく、その人がいるだけで自分の発想が変わってくる・・と何かの対談集で読んだことがあります・・・
[2008/01/24 10:38] ろしなんて [ 編集 ]

こちらは、雪が舞っています。時折はげしくなります。
「その人がいるだけで自分の発想が変わってくる」
言われてみると、良くも悪くもその人の持ってる雰囲気ってありますね。言葉じゃなくて伝わってくる。考えてみると、不思議。
ってことは、無理に勉強しなくても無意識に、いっぱい吸収してる!という都合のいいオチで。
[2008/01/24 14:03] ここ [ 編集 ]

仕事前なので取り急ぎ

以前、「勉強」や「知ること」について内田先生がお書きになっていたのを思い出します。そう、やっぱり「似せる」ことへのひとつの警告だったと。学ぶことにもですか? この記事、ここさんにしては、いつになく「哲学」的ですね(笑)。笑っちゃ怒るかも(笑)。
センターといえば、第二問の漱石も面白かったです。身につまされるところがありました。男性と女性で読みが違ってくる可能性が?
[2008/01/24 18:21] wordblow@mail.goo.ne.jp わど [ 編集 ]

いつになく「哲学」的

理屈っぽくなって、だめだなあと思っておりました。もうちょっと自分の中でこなれてくるのを待てばよかったのですが、急いでしまいました。
[2008/01/24 20:59] ここ [ 編集 ]

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