不治の病 

こんばんは
星がとてもきれいな夜です。

急に思い立って、家族で温泉一泊旅行に出かけてきました。
道後温泉です。
まずはバスで石手寺に行きました。

着いてから、お遍路の団体さんと一緒になりました。
「南無大師遍照金剛」と背中に書かれた白衣を着ています。
その人達に混じったり離れたりしながら、鐘をついたり、写真を撮ったりしながら、境内を見て回りました。

洞窟巡りで、ちょっと不思議なことがありました。
暗い洞窟の奥で、見知らぬ人に声を掛けられたのです。

「奥さん、どこかお悪いところがおありのようですね。
そこに立って拝みなさい。私が拝んであげましょう。」

ええっ。
私は、毎日のらくらと楽な生活をして、自分ではぴんぴんしているつもりです。
でも何となく「ハイそうなんです、ケホケホ。」と言わなければいけないような雰囲気。

まあ、せっかくなので、私は言われたとおり、仏さまがたくさんおられる洞窟の奥に向かって手を合わせました。
するとその男の方が、私の肩と背中に軽く触れて、それから何かを唱えて下さいました。
急に、本当にお願いするような気持ちになりました。

すぐに終わったので、ふり返って御礼を言うと、にっこりされました。
改めて見ると、短い白髪の坊主頭に黒いウインドブレーカーの、明るい感じの初老の方でした。
その人は、私たちが引き返したあとも、残ってお経を唱えておられました。

私、本当はどこか悪いのかも。
そういえば最近やたら腰が痛い。
昔見た映画で、死んでいった小泉今日子ちゃんの最初の症状は腰痛だった。
さては、不治の病か。

そういえば、先頭を歩く夫がすごい速さで歩くので、私たちはあっという間に洞窟の一番奥まで着いてしまいました。
あんなに速く歩いていたのに、あのおじいさん、いつの間に追いついたのでしょう。

ここに来たのも軽い気持ちだったはずなのに、前に来たときお賽銭を持ってくればよかったと思ったことを思いだして、忘れっぽい私が、ちゃんと小さい紙袋に小銭を入れてきていました。

そういえば、どうして急に道後温泉に行こうなんて思ったのでしょう。
それも石手寺に行こうなんて。
石手寺までは、フェリーに始まって、連絡バス、郊外電車、市内電車と乗り継ぎ、宿からまたバスに乗ってようやく着きました。
そんなにまでして。

大体、夫が、松山に近い内子に行ったことがないというから、道後温泉にしたのです。
石手寺に行くことにしたのは、夫も初めてでしたし、私は前に行って、洞窟めぐりがあるのを知っていたので、娘が喜びそうだと思ったからです。

思えば、出かけることを決めたのも急でした。
木曜日に娘が軽い捻挫をしました。
捻挫はもう何ともないらしいけど、予定のお稽古はお休みしてもいいような気がしました。
夫は仕事のストレスが溜まって気の毒そうに見えました。
一方私は、やらないといけないこともあったし、体調も今ひとつで、あまり出かけたい気分ではありませんでした。
でも何となく、今しかないって思いましたので、大急ぎで宿を予約しました。
娘のためとか、夫のために来たような気がしていたけど、もしかしたら、私が、あのおじいさんに呼ばれていたのかも。

洞窟を出てから、名前の書かれたたくさんの小石のあるところを見つけました。
そういえば、前に来た時、ここで私も子どもが授かりますようにというお願いをしたのでした。
急にその時のことを思い出して、そこを拝みました。
その先の小さいお社の前で、人が耳の遠いのが治ると説明されていましたので、母のことをお願いしました。

次に八十八カ所の霊場の砂を袋に入れて順に並べてあるところがありました。
お遍路の人たちが列になって、その砂袋の上に順に手を置いて進んでいました。
これで八十八カ所巡ったことにするというインチキ。
いつもなら笑ってしまうところです。
しかし、不治の病を抱えた私は、その列の後ろについて、丁寧に一つずつさわっていきました。
同じ気分になっていた夫と娘も並びました。

私たちの前や後ろの、白衣のお遍路さんたち。
この人達には、それぞれに何か言えない悩みがあるのだろうと思いました。

最後にお線香を買って、煙を浴びました。
ふり返るとあのおじいさんがおられて、目があいました。
私は自然とにっこりして会釈しました。

そうそう、前に来たとき、このお寺のどこかの門に大きな「遍照金剛」という額を見たなあ。
子どもの頃の私は、小理屈や言い訳を言っては、母からよく「へんじょうこんごうばっかり言って」と叱られていました。
あれってそういう意味だったんだあって、心の中で大笑いしたのを思い出して、
何となくその額を探しましたが、見つかりませんでした。

悩みを癒すには、寺の入り口のお店で焼いている素朴なやきもちがよさそうでした。
よもぎの方を買って、3人で腰掛けて食べました。

ああ、そういえば「遍照金剛」、この度もたくさん見ました。
お遍路さんたちの背中。

あれ、私の不治の病って、もしかして。





[2008/01/15 09:25] 日記 | TB(0) | CM(2)

へんじょうこんごうばかり・・・

不治の病ってもしかして・・・
南無遍照金剛・・・・
 この子ったらまだ冶ってないんだからってお母様が笑ってらっしゃるのではありませんか^。^・ ワタクシもよく「口答えをしないの!」なんて小さい頃いわれました。こどもの特権ですものね、口答えって。
なにわともあれ摩訶不思議な出会いでしたね。
[2008/01/15 13:52] ろしなんて [ 編集 ]

ろしなんてさん、こんにちは

そうかあ、子どもの特権だったんですね。まあ、このブログもへんじょうこんごうの続きです。
帰ってから考えてみると、もともと道後に決めた大きな理由は内子に行くことだったはずなのに、結局面倒になって行かなかったんです。ますます石手寺に行くための旅だったのかと、不気味!ケホケホ。
ところで、顔文字のホクロ、創作顔文字でしょうか。すごい。
[2008/01/15 14:26] ここ [ 編集 ]

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