ストーブにお鍋を 

こんばんは
少しあたたかい夜です。

ストーブの季節になりました。
ストーブをつけると、いつも「お鍋をかけよう」と思います。

もう5年も前になりますが、
娘が学童保育になじめなくて困ってるって、何かの時にちょっと話したのです。

私が行ってあげましょう

それまでそれほど親しかったわけでもないのに、
それから毎日、娘に「おかえり」って言ってくださるためだけに、
‘とくまささん’が、少し離れた私の家まで来てくださることになりました。

とくまささんは、もみじマークをつけた紺の軽自動車で、ほとんど毎日来てくれました。

おかえりなさい。
今日はね、お友達と遊んでおいででしたよ。

病院でボランティアをする人に聞いてみましたらね、
一時間500円だそうです。
私もそれと同じだけいただくことにしましょう。

それからは、毎月新聞に入ってくるカレンダーに、来られた日だけ小さな丸をつけてあるのでした。

家事をお願いしたわけではなかったので、散らかったリビングはそのままでしたけれど、よく見るといつも何か少しだけ変わっていました。
フライパンがぴかぴかになっていたり、
子どもの好きそうな絵が壁に貼ってあったり。

おかえり。
ほらこれ、面白いでしょ。
見るとモップのついたスリッパを履いてらしたり。
たぶん、掃除をしたくなるような部屋だったのだと思います。

おかえり。
今日は一緒にお米をとぎましたよ。

戦争が終わって、私らは満州から引き揚げたんですよ。

小さい頃、母から時々聞かされていた引き揚げの人たちの話が、とくまささんに重なりました。
生活は大変そうだったけど、田舎から出たことない私たちと違って何か素敵だったよ。

冬になると、日が短くて、仕事を終えて家に帰る頃には、もう外は真っ暗でした。
あの頃の、日暮れの時間の情けなさを思い出すと、今も泣きたいような気持ちになります。

ある日帰ってみると、ストーブにお鍋がかけてありました。
お鍋の中には皮のままのジャガイモがごろごろ入っていました。

いつのまにか娘も4年生になっていました。
犬のキトリが我が家にやってくることになりました。

もうそろそろ、私はいなくてもよくなりましたよ。

それからまもなく、ご病気になられたのを、私たちは少しも知らずにおりました。
亡くなられたという連絡もなくて、でも偶然に友人が気づいて知らせてくれて、最後にお別れができました。
娘にもう一度会いたいって思ってくださっていたから、そんな不思議なことがあったのだと思います。

とくまささんには、娘に「おかえり」って言っていただくためだけに来ていただいていました。
そう思っていたけど、毎日、あの楽しそうな声で「おかえり」って言ってもらっていたのは、私もおんなじでした。
そんなことにさえ気づかないような私だったのだと思います。

おかえり。
寒かったでしょ。
ほら、こうしてるだけでね、じゃがいもがすぐ食べられる。



[2007/12/26 01:05] 思い出 | TB(0) | CM(0)

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