海辺の家 

こんばんは
今日はほんとにぽかぽか陽気でしたね。
家にじっとしていられなくて、思わず外に出てしまいました。

今日は、ゆっくり気分なので、先日祖母から聞いた話をいたしましょう。

その家は、海の近くの高いところに建っていて、大きな家だったそうです。
それは、祖母の二番目の母親が、祖母たちを残して嫁いだ家です。
「すぐ下が海で」と祖母は何度も言いました。
「車に乗せてもらって、見に行った」のだそうです。
その地名から、私はいつか雑誌に、写真入りで紹介されていた家を思い浮かべました。

祖母は、実の母親を幼い頃亡くして、ばあさまに育てられました。
甘やかされて、使用人に「膝立てて食べなさる」って笑われたほど、お行儀がなってなかったそうです。
今の祖母があるのは、その二番目の母のおかげなのだとか。
「シンガーミシンを持ってきた。」「何でも出来る人だった。」

でも、その二番目の母親は、前妻の子である祖母と弟、実の子の下の弟を置いて、家を出てしまいました。
「お父さんが、仕事先で、浮気をして」などと、年寄った今でも、十分凛として美しい祖母の口が言います。
その母は、その後、その海辺の家へ嫁いだのでした。

その義母は、最初は、嫁いですぐ亡くなっってしまった姉の後に、豪勢な嫁入り道具や着物がもったいないからと言う理由で、嫁かされたそうです。でも嫌ですぐ実家に戻ってしまいました。
そして次に、祖母の父のところに後添いに入ったのだそうです。
「初めの旦那もいい人だったけどねえ。姉さんの後は嫌だったんだろう。」
祖母の話の中では、いろんなことが、すべて予定通りの出来事だったように聞こえてきます。

「初めの母の嫁入りはねえ、長持ちが、ずうっとあの線路の向こうまで続くような嫁入りだったそうなよ」
「残していった着物をちょっと自分で仕立て変えて着とったら、あんた、あれを切ったか、って呉服屋に言われたよ。永富呉服店って今もあるけどね。」
そういえば、祖母は要らないとなると、値うち物でも何でも、すぐに捨ててしまうようなところがあります。
その乾いた感じが、祖母の魅力と言えば魅力でもあります。

そのときふと、二度目の母が祖母のところへ来たときの支度は、どうだったろうか、と思いました。

「すぐ下が海でねえ。大きい家だったよ。」祖母はまた言いました。

二番目の母にとって、その家は、三度目の嫁ぎ先です。
ずいぶん昔の話です。
あの時代、姉の後に嫁ぐことも、夫が浮気をすることも、それ程珍しくなくて、我慢した女性も多かったかもしれません。
祖母のその母は、それを我慢しませんでした。
何でも出来る人。
それはきっと、時代なんて関係なくて、大事に育てられて、自分の力を信じて働いてきたということ。
そういう強さが、うらやましく思われます。

「私らは、死に別れだけど、下の弟は、生きて置いて行かれたけえ、さびしかろう、っていつも上の弟と話したよ。」
「でも、あの子はお父さんと残るって言って、自分で残ったんよ。」
そういえば、「父は、穏やかで、本当に優しい人だったよ。」と言った時だけ、思い出らしい話し方になっていました。

「もう関係ないから、見ただけで帰ってきた。」

海に近いその家は、今は、息子さんたちが、すぐそばに家を建てて住んでいて、その古い大きな家には誰も住んでいないのだとか。

ずっと前、私に娘が出来てまもない頃に、祖母が「母親がおらんようになっちゃいけんと思うばっかりで長く生きてきたよ」って、笑いながら話してくれました。
実の母親のこととばかり思って聞いていたけど、
置いて行かれた子の悲しみを、一番に感じていたのは、幼い弟ではなくて、二回目に、今度は生きて置いて行かれた一番年上の祖母だったのではないか。

海のそばに建つその家は、私の中で、祖母の義理の母が築いたお城のように、黙ってたっています。
祖母は来月で90歳になります。

[2007/02/06 11:25] 家族 | TB(0) | CM(0)

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