自転車に乗って 

こんばんは
降りそうで降らない一日でした。


親戚の家に海水浴に行ったときのことです。
花火大会があるというので、それぞれ自転車にのって行くことになりました。
その時はみな学生で、六人いました。
全員分の自転車を何とかそろえて出かけました。

走り出してまもなく、私の自転車がこわれてしまいました。
長い間使っていなかったものだったらしくて、どうしようもありません。
いとこのしんちゃんが、後ろに乗せてくれることになりました。
しんちゃんは、わたしより三歳年下です。

私を後ろに乗せて、しんちゃんは自転車をこいで行きました。
花火大会は、一山越えたところにある港であることになっていました。
坂道でした。
舗装された広い道だったけれど、街灯もなくて真っ暗でした。

気の毒で、何度も「重いでしょう」と言いましたが、
しんちゃんはそのたびに「何ともないよ」と答えて、本当になんでもなさそうに皆と同じスピードで進んでいました。

自転車をこぎながら、学校に行きたくなくて、自転車をこいでいたら、知らないうちに日本海の町まで抜けてしまったことがあるという話をしてくれました。
夜になって、真っ暗になって、困って交番に行ったそうです。
今日のように、真っ暗だったのだろうと思いました。

その夜、もう一人のいとこが怪我をして大騒ぎになりました。
医者が遠くて連れて行けない、そんな田舎の海の町でした。

そんな騒ぎがあったのに、今も鮮明に覚えているのは、話に聞いただけのはずの、暗い日本海の町の、ぽつんと明るい交番にいるしんちゃんの姿です。
記憶の中のしんちゃんは、無言で、じっと迎えを待っています。
自転車を漕ぎながら、面白そうに話してくれたのに、何かが悲しくて悲しくてなりませんでした。

しんちゃんはその後、競輪の選手になって、みんなをびっくりさせました。
それを聞いたとき、彼には自転車に乗ることが必要なのだと思ったのを覚えています。

今日、ふとしんちゃんのことを思い出しました。
しんちゃんは、数年前、沖縄の海で亡くなりました。

風と陽ざしを受けて光る、細い銀糸のような自転車の車輪。







[2007/06/18 23:41] 思い出 | TB(0) | CM(4)

銀輪

この世で意味のない行動なんてなにひとつないんですってね。はためにおかしく思えることすら・・・。学校に行きたくなくて自転車を漕いでいたら日本海の街まで出てしまったしんちゃん。迎えに来てもらうまでのしんちゃんの気持ち。
銀輪を漕いで沖縄の海に行ってしまったしんちゃん。
人はみななにかにはげみ初桜 けん二 の句がふtっと口をついてでました。
[2007/06/19 13:52] ろしなんて [ 編集 ]

ろしなんてさん、こんにちは
「この世で意味のない行動なんてなにひとつない」ということを伺って、とても慰められました。無駄で、勘違いで、変なことばかりしている自分が、身の置き所がなくなるような気がすることがよくあります。それでもいいんだよって言っていただいたような気がして。
深見けん二さんの句集、買ってみようかな。
[2007/06/19 16:19] ここ [ 編集 ]

うしなわれた日々へ

タイトルから、ゆずがデビューしたころの作品――『夏色』(この長い長い下り坂を君を自転車のうしろに乗せて・・・)を思いだしていました。ここさんは聞いたことないかもしれませんね。あれから、もう10年以上になるんだなあ。

でも裏切られて、またまたショック。

風と陽光のなかを走る「細い銀糸のような自転車の車輪」を、こちらまで忘れられなくなってしまいました。失われた日々や人々に思いをはせることを「おセンチ」とか「うしろ向き」とかいう人もいますよね。そんな人にとっては、「いま」はすぐ「過去」になり、消去されてしまう時間です。それは何だか軽薄で、すごく嘘っぽい。

きょう買ったガンダムのフィギュアは、あしたになれば過去に入手したもの。それを大切にするなら、過去から受け継いだものを大切にしています。なにかを大切にするって、過ぎ去った時間から受け継いだものを大切にすることと同じじゃないのかな?

ここさんは、「しんちゃん」を大切にされているんですね。おセンチでも、うしろ向きでもなく。「記憶の中のしんちゃんは、無言で、じっと迎えを待っています」の部分では、しんちゃんに語りかけ対話する様子を描写されているはずです。大切な過去との、それはそれは、つらい対話でしょうか。

ここさんが、「しんちゃん」という過去から受け継いだものは何でしょう。男の子の強さ? ここさんへのいたわりとか愛とか? それもありですね。だけど、そういい切ってしまうと波動がカットされます。ですから、この文です。ろしなんてさんやおれという読者の胸を打った、この文が、受け継がれたものなのではないのでしょうか。その意味で、ここさんは、ずっとずっと記憶されるべき「しんちゃん」への追悼文をお書きになったのですね。これで彼もにっこり微笑んだようにみえるのですが、どうでしょうか。

ちょっと長くなってごめんなさい。じつは切実なテーマだったんです。ですがまだ、おれなりの追悼文は書けないんだ。
[2007/06/19 20:20] わど [ 編集 ]

わどさん、こんばんは。
いつもながら、丁寧にお読み下さりありがとうございます。書いた私よりも、深く読んで下さっていると思います。亡くなった人のことを書いたりしていいのかな、とおもいながらでしたので、とても感謝しています。
わどさんの追悼文、いつの日か、静かに風が吹き始めるときのように、すうっと生まれてくるといいですね。
[2007/06/19 22:56] ここ [ 編集 ]

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