人は初めから弱い 

こんにちは。
七月も終わりますね。

芙蓉の葉がいっぱいに広がって、
今私がいるリビング、明るい緑の木陰の中にいる感じです。

昨日は、
湊晶子先生「聖書を読む会」(@広島女学院大学)に行ってきました。

私は、湊先生のファンです。
ずっと以前、先生が母校の大学同窓会にいらした時に、
こんな素敵な女性がいらっしゃるのだなあって、すっかりファンになりました。

先生に魅了されるのは、どの方も同じとみえて、何と、追っかけ?の方もあるらしいです。
わかります、その気持ち。
人の魅力って本当にあるんですね。
1932年生まれだそうですから、今はたぶん85歳。
朗らかで、温かいエネルギーの溢れる、とっても素敵な女性です。

というわけで、私はクリスチャンではありませんが、
今回、公開の会と知って、喜んで出かけました。

副題は、「聖書は「生きる希望」について、何と語っているでしょう」
第2回の昨日、お話の中心は、
「失楽園」。
旧約聖書、アダムとイヴがエデンの園を追われるところ。
「創世記」です。

神は人を、神と対話の出来る‘人格’として作られた、というお話など。
主体、とかに関心のある私にとって、興味深いお話でした。

蛇にそそのかされ、禁断の果実を食べてしまう二人。
神に糺されて、責任転嫁しながら答える二人。
人の弱さの歴史は長いですね~。
だって創世記の初めからですもの。

お話の中で、一番印象に残ったのは、雑談部分でした。
(雑談が印象に残るあたり、私も学生さんたちと同じです。)
湊先生が一番好きなところとしてご紹介下さった聖書の一節です。

「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛する。」(イザヤ書四三章四節)

ここは、神が、エデンの園を追われた二人に呼びかけ続けていたことを示している部分だそうです。

いろいろなお仕事をなさってこられた湊先生、
自分がどうしてこんなにダメなのだろうとうちひしがれるようなことがある度、
神さまだけは、分かって下さっているって、
この言葉が支えになってきたのだそうです。

ええっ。
湊先生のような方でも、自分のダメさに哀しくなるようなことがあるのでしょうか。
実在の先生を前にすると、先生のダメさなんて無い気がするのですけれど。
(こうして書いてみると、なんと子どもっぽい感想でしょう。)
こんなに朗らかな先生が、数々の試練や嘆きを克服してこられたのだということにも、ただ驚いてしまいます。

今日も、90分間、板書なさりながらの充実のご講義。

日野原先生の105歳まで、私はまだあと30年。
頑張りますよ-。

そうだそうだ。
私も頑張りましょう。
私が直面する問題は、きっと私に合わせた大きさ(小ささ)だし。

影響されやすい私です。

でも、神さまに評価していただけるには、やはりそれなりには頑張ってないと・・・。
ううむ。

居心地の良い広島女学院大学のキャンパス。
久々に、母校の同窓の先輩方にもお目にかかり、
すっかり元気をいただいて、帰路につきました。


駐車位置叱られている夏祭     ここ





[2017/07/30 14:57] 日記 | トラックバック(-) | CM(4)

冷蔵庫は、時間の貯蔵庫 

こんにちは。
梅雨が明けたそうです。
今年は暇にしていますから、雨雲が去って、身体が少し軽くなったのが私にも分かりました。

ちょっと面白い本を読みましたのでご紹介です。
稲垣えみ子さん『寂しい生活』(東洋経済新報社 2017.6)。

朝日新聞の記者であった筆者の稲垣さん、
原発事故をきっかけに、節電を始められました。
そのうち次第に家電を手放し、小さな家に引っ越して、ついには職を辞めることに。

この本は、そんな稲垣さんご自身の体験記です。
私たちを面倒な家事から解放してくれる家電の数々。
掃除機、冷暖房、洗濯機と、次々にそれらを手放すに至る稲垣さんの様子が面白く綴られています。

ところが稲垣さん、そのうちに以前より家事時間が減っていることに気がつきます。
冷蔵庫を手放したことが、稲垣さんの大きな変わり目でした。

保存できないということは、その日に食べるものしか買えないということだ。にんじんと厚揚げを買ったらもう十分なのである。

冷蔵庫があれば、明日や、明後日や、はたまた1週間後のことまで視野に入れて買い物をすることができる。さらに冷凍すれば1ヶ月後まで見渡すことだってできる。
 なるほど冷蔵庫とは、時間を調整する装置だったのだ。我々は冷蔵庫を手に入れることで、時間という本来人の力ではどうしようもないものを「ためておく」という神のごとき力を手に入れたのである。

 私が生きていくのに必要なものなんて、たいして多くはなかったのだ。
 これまでカゴいっぱいの何を買っていたんだろう。


稲垣さんは、その都度いろんなことを考えています。
例えば、
珍しい香辛料や調味料を取り揃え、「世界の料理」を作っていた」という稲垣さん、
見向きもしてこなかった「ケの食事」のこれほどまでの美味しさ、偉大さ」に気がついたり。

この本全体に、こんなふうな、
ああなるほど。それ必要ないかも、
っていうご自身の驚きが充ち満ちていて、楽しめます。

あと、軽妙な文章も愉快です。
格闘の末、ついにブレーカーを落とした後の電気温水器について、

見合い結婚したものの、どうしてもウマが合わずさんざんもめた挙げ句についに離婚した夫が、家賃は全額私に負担させたまま、なぜだかいつまでも家の中に居残って個室を確保し陣取っているようなものではないか!

今や電気もガスもなく、仕事も辞めた稲垣さんの生活は、さっぱりして、それでもとても豊かで楽しそうです。
本の題名の『寂しい生活』、いったい誰の暮らしのことなのでしょう。

え、私の生活?
そうは言っても、私には冷蔵庫も洗濯機も必要だし、
と我に返れば、この本は、実現不可能なおもしろ冒険生活本として読了です。
いえいえやっぱり、今の生活を改めて見直すヒントにと思う私。
今、仕事を休んで、家事や生活に向き合う余裕があるからかもしれません。

自分にとって「本当に必要なこと」はどんどんわからなくなり、人はぼんやりとした欲望に支配される。ただただ失うことだけをやみくもに恐れるようになるのである。
 それが、今の世の中における「不安」の正体なのではないか。


こんな風に指摘される稲垣さんの言葉が、ケチケチ者の私には、まるで自分のことを言われたようです。
私も含めて日本中、昔話に出てくる隣の欲深い婆さんみたいな人ばっかりになっているのかもしれません。

稲垣さん、きっと小さなつづらをお選びになったのですね。





[2017/07/20 14:07] | トラックバック(-) | CM(0)

旅日記 京都大原2 

こんばんは。
いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
夕方の涼しい風に、ほっと我に返る毎日です。

大原3人旅の続きです。
雨は激しくて、さすがのかしまし元娘3名も黙って歩きました。
三千院は広いです。
お宿は、三千院の門前ですのに、びっしょりと濡れて到着いたしました。

古い建物のお宿です。
立派な広い玄関はしいんとして、人気がないのに、スリッパだけがずらりと並べられていました。
音楽もかかっていないし、お宿の方と私たちがいるのに、それでもしんとしていました。
しんとしているって、単に音がしないということではなくて、雰囲気なんですね。

旅館中がとても静かでした。
旅館選び、失敗しちゃったなあ。
うう、せっかくの母と叔母との旅行なのに…。
せめてお料理に期待することにしましょうと、気持ちを励まします。

お料理は、大原女の支度をした女性が一人で運んでみえました。
お食事も、静かな雰囲気で始まりました。
さすがの私も、旅館の静かさに圧されてしまって、
うわあとか、ステキとか言ってはしゃぐことができません。

次々運ばれてくるお料理は、どれもとても美味しいものでした。
京懐石といいながら、どこか鄙びた雰囲気があるのですが、それでもとても上品で、丁寧に作られていました。

鮎、炊き合わせ、湯葉、はも、
驚くほど美味しい茶碗蒸し。
ちょっと意外な盛りつけ。

いただきながら、私たちは次第に幸せにな気持ちになっていきました。
大原女の彼女に、地元の柴漬けのお話などをうかがったり。
最後のご飯の美味しさときたら。

私たちは、お腹も気持ちもすっかり満足いたしました。
はしゃいだりする感じでなく、落ち着いた良い気持ちでした。
全体に全く愛想の無いお宿ですのに、本当に丁寧にもてなしていただいた感じがいたしました。

翌朝、精算の担当の方が、思わずのイケメン♪
タクシーを待つ間、広い玄関で写真を撮っていただいたり。
おかみさんが、朝食の万願寺シシトウのお漬け物は自分が漬けたのだと話して下さいました。

そういえば、このお宿の方々、このイケメンの方も、大原女の方も、どこか浮き上がった感じがいたします。
ささやかな違和感があるのです。
この沈んだ古い建物のせいでしょうか。

ああそういえば、大原では、少し浮き上がって見えるほど真面目そうな方々によって、
何もかもが、丁寧に、静かに行われていました。

あのお豆腐料理のお店の母娘もそうでした。
寂光院の説明をして下さった方も、
三千院でお茶を運んで下さった方も。

母が、大原の土地柄というものだろうと申しました。
なるほどでした。
大原は佳いところです。

京都市街に向かうタクシーの中で、母が、三千院を出た後の雨は、いろいろを洗い流してくれる雨だったねと言っていました。
その時は、ぶつぶつ文句を言っていましたのにね。
母が、旅を喜んでくれている様子なのが分かって嬉しくなりました。

2日目は、京都お買いものツアーです。
雨も上がって、それほど暑くもなくて、上々です。
三条通のレトロビルの中のボタンのお店「idola本店」、
叔母の趣味は洋裁です。
とても腕が良いのです。
このたびの旅行の支度も、バッグも、全部お手製。
ちょっと北欧風のモダンなデザインでした。

立派な建物の「宮脇賣扇庵」で気取った感じの根付け。
それから「崇山堂はし本」はとても楽しくて、
夏の絵はがきやら何やらをたくさん。
次に京都の手芸店と言えばここ「ノムラテーラー」。
我を忘れて布地選び。

大急ぎで京都駅。
大あわてでお土産のお買いもの。
帰りの新幹線で、柿の葉寿司にまたまた大満足。
一泊二日は短いね、って話しながら、広島駅で別れました。
次は二泊でも大丈夫かもしれません。

ママ、おばさま、ありがとう。
私は、旅行中、ずーっと幸せでした。

ところで、おとなびパスは3日間有効。
明日もグリーン車乗り放題できるって思いましたけれど、翌日はやっぱり家でゆっくりいたしました。

先日、父が、データで送った写真を、現像して郵送してくれました。
私が、娘のような表情で写っていました。


参道は海より壇ノ浦春景     ここ




[2017/07/18 22:53] 旅日記 | トラックバック(-) | CM(0)

旅日記 京都大原1 

こんんちは。
草刈り機の音が聞こえています。
リビングから合歓の花が見えます。
暑くなってまいりましたね。

今月の初め、母と叔母との三人で、一泊旅行をいたしました。
今まで、言うて楽しむばかりでした旅行の話を、私のお休みの間に実行したのです。

行き先は京都大原。
偉大なる祖母の血を引く猪突猛進型3人。
おかげさまで楽しい旅行になりました。

これと言って何が起こったわけでもありませんが、あれこれを書き残しておこうと思います。
よろしければおつきあい下さいませ。

まず、切符の手配係は私。
お安いトクトク切符、張り切って探しましたとも。
JR西日本おとなびパスを利用することに決定。(おすすめでございますよ)
グリーン車乗り放題の方に、これも独り決めです。(高齢者(母)がいるからというのが免罪符です)
二人に無理矢理おとなびインターネット登録を頼んでやや混乱。
大町駅の駅員さん、その節は大変お世話になりました。

いよいよ当日。
新幹線にそれぞれの駅から乗り込む形で無事集合。
グリーン席もなんのその、かしまし昔娘三人、ごめんあそばせでございます。
あっという間に京都到着。
いざ大原へ。

それにしても、大原って、本当に山の中ですねえ。

初めに寂光院にまいりました。
関門海峡に眠っておられる安徳帝のご母堂、建礼門院さまがその最後を過ごされたところです。
そこは、本当に山の中でした。

ここまで来られるのもさぞ大変だったことでしょう。
そんなことを話しながら、門をくぐります。
寂しいところだと思いました。

入水した壇ノ浦で一人引き上げられて、ここにいらしたのは29才の時。
ここでお過ごしになられたのは34才までだったそう。
気むずかしそうな年輩の女性が、とてもきちんと説明をして下さいました。

お住まいの跡はそのすぐ近く。
石碑が立てられておりました。
つくばいに流れ入る山水を、一口すくって飲みました。

墓前にも参りました。
建礼門院さま、私は春に、阿弥陀寺のお兄様方のお墓にお参りしてきたばかりなんですよ。
私の中の壇之浦の春の景色、見えますか。
良いお天気でしたよ。

心の中で、ちょっと親しくおしゃべりしたり。
はははです。

雨もよいの空の下、次は三千院へと移動です。
道々には赤い紫蘇畑。
大原名物、柴漬けのための畑です。
母は、旅行の直前まで、今年の梅干しのための紫蘇をもんでいたそうで、
畑の赤紫蘇が、みな古い種類のものだと言っては、ずいぶん感心していました。

三千院門前に到着。
まずは遅めのお昼です。
お豆腐料理のお店で、くみ上げ湯葉などをいただきました。
母娘らしい上品な方々の、家族経営らしいお店で、
素朴なお料理が、とても美味しゅうございました。

三千院はとても広くて、大きなお寺でした。
私たちは、仏様を丁寧に拝みました。

そのせいか、おみくじを引きましたら、三人とも大吉です!
全部大吉なのかしらと、ちょっと頭をかすめましたけれど、それでもとても嬉しい。
表紙のついた、ちゃんとしたおみくじ。
読み合って、それぞれ喜びました。
父に大きな薬師如来のお守りを買いました。
同じお守りを、母が私に買って渡してくれました。

私たちは、お庭が見える縁先の赤い毛氈に並んで座りました。
気分も乗って、お抹茶をいただくことにしたのです。
さっきお昼をいただいたばかりですのにね。
小雨に濡れたお庭が、しっとりとして風情があって、ただただ感心するばかり。

上等で美味しいお茶。
お羊羹もとても上等で美味しかったそうです。
台風のおかげで、少しも暑くなくて。ありがたいね、などなど、おしゃべりは続いて。
お庭の向こうには、半夏生の白い葉が翻ってみえておりました。

お寺の中に、写経のお部屋がありました。
ほほほ。これはチャンスです。
写経は、簡単に、“写経ハイ”ともいうべき真空的集中体験が味わえるのですよ。

それほど乗り気でない母と叔母を強引に誘って、
いざ写経です。

ちょっと強引だったかなあ。
書き始めてしばらくして、急に、母が時間がかかってしまうかもと心配になりました。
(写経ハイどころか、かなり気が散っています。)
後ろの母を振り返って、そっと手元をのぞき見ました。

何と!
母は私より2行くらい先を書いているではありませんか!
早っ。

これは遅れてはならじ、です。
急に集中。
一気に終わりまで書き終えました。
最後に、名前と住所と病気平癒と書いて、できあがりです。

顔を上げると、三人ほぼ同時に終了でした。
ぐったり。

仏様の掛け軸の前に、書き上がった紙を重ねて置きながら、さりげなく出来映えを比べます。
母のも叔母のも、整った雰囲気にきれいに書けていました。
老人侮るべからず。

外は驚くほど激しい雨になっていました。
ゆっくり歩いてお寺を出ました。
傘をさしてもびしょ濡れになるほどの雨でした。

写経をしたから、こんなに濡れることになった、と母がひと言文句を言いました。
お腹がすくと文句を言うのは、偉大な祖母の血筋です。
(その血は私にも娘にも脈々と受け継がれています。)
祖母が私の大学の卒業式に出席したいと言って東京に来てくれた時に、
お腹がすいて、あれこれさんざ文句を言った話は、今でもみんなの思い出の笑い話です。
あの時の祖母は今の母よりずっと若かったんですねえ。

私たちは濡れながら、苔のお庭の中を進みました。
地面がすべて、美しい緑の苔に覆われていて、
私たちはその苔と一緒に雨に包まれていました。

このきれいな緑色の世界にいる、小さな私。
その私が、今、ただここにいることにも、意味があるような、ふとそんな気がいたしました。

極楽は、晴れた空の下のお花畑ばかりではなくて、こんな苔庭のあるところなのかもしれません。
(キトちゃん、元気にしていますか?)

あちこちに紫陽花が咲いておりました。



父母に長年の友萩橙      ここ



[2017/07/17 13:04] 旅日記 | トラックバック(-) | CM(0)