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自分が誰であるかが分かるような  (子ども達に伝えたいこと) 

こんにちは。
新学期ですね。
何か新しいことをお始めでしょうか。


FaceBookでフォローしている雲井雅人さんというサキソホンの演奏家の方の記事に、こんな言葉を見つけました。

「一番大事なことは、音符をたくさん吹くとか指が速く動くとかそんなことではなく、自分が誰であるかが分かるような演奏をするということです。」(雲井雅人さんfb 師の言葉 より)

「自分が誰であるかが分かるような演奏」

私が、国語の先生として、子ども達に伝えたいこと、これです!
嬉しくて、手帳に書き留めました。

もちろん、音楽のお話ではありませんよ。
念のため音楽を、言葉に置き換えてみました。

「一番大事なことは、難しい言葉が分かるとか、知識があるとかそんなことでなく、自分が誰であるかが分かるような言葉を使うということ。」

言葉を通して、自分が誰であるかを、知ることも、伝えることも、大きな喜びです。
(これは音楽の喜びもきっと同じですね。)

この喜びを子ども達に伝えられたら・・・
教師としての本望です。
そして、その第一の方法は、もちろん、
教師自身の、その喜びを見せてゆくことですよね。

となると、
まずは、先生の私が、子どもたちから見ても、喜んだり悩んだりする生身の人間でなくては。
おほほ、お恥ずかしい。
先生だって、大事な家族がいますし、楽しいこといっぱいしたいし、もう大人ですけど、みんなとおんなじように勉強して成長したいのです。

それでね、この物語の中でね、先生の好きなところ言うとね、
ねえ、聞いて聞いて。

う~ん。先生としては、少々頼りないかも。

一人の人である私の言葉を、子ども達に届けたい。
一人の人として、子ども達の言葉を聴きたい。

どうやら、私が頑張ってきたと胸を張って言えるのは、ただこのことだけのようです。
それなのに、自分では、結構頑張ってきたような気がしています。
それはきっと、私は、にわか知識をかっこよく披露してケムに巻いたり、
格好いい先生の自分が嬉しくなってしまったり、というところがあるからです。
でもそうすると、とたんに、私たちの間には、言葉の行き来がなくなってしまうのです。

子どもたちは、思った以上にいろんなことを感じ、いつも理解しようとしています。

私自身の言葉の喜びを見せてゆくこと。

まあ、今までも、これからも、国語の先生として私が頑張りますと自信持って言えるとしたら、このくらいかなと思います。

「言葉を通して、自分が誰であるかを分かることや、それを伝えることの喜びを子どもたちに。」

国語の先生になるための勉強をしている学生さん達に、
私が目指してきたのは、ただこんな風なことなのだと、
これだけでも結構精いっぱいだったのだと。
私が話して差し上げられることと言えば、そのくらいだなあと思います。


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[2017/04/04 23:24] 教育 | トラックバック(-) | CM(0)
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