旅日記 博多3 導かれるという不思議 

こんばんは。
今日は一日暖かでした。

普段の生活の中にも、小さい不思議っていっぱいありますね。
例えば今日。
10月末の、ねたのさんとまき右衛門さんとの博多の旅に関わるお話が、なぜか今日になって、全然関係のないお二た方から。
ね、不思議でしょ。

あの日も、本当に不思議がたくさんでした。

博多織の職人さんのところを辞した私たち。
雨も上がって、さてどこへ行きましょう。
ちょいと見渡しますと…
あらまあ、すぐそばに立派なお寺。

御門には「写経はいつでもできます」。
状況を生きるタイプの私たち。
やりますとも、写経。

広々とした境内に、立派な山門、お池。
写経するところを探して、年を経た木々の間を、おしゃべりしながら歩きます。
しかし奥の御門には、「無用の方の拝観お断り」。
それらしいところは全然ありません。

仕方なく、長く続く土塀に添って探しながら歩いていくと…。
どこから来たのか、突然痩せた男の人が目の前に。

ねたのさん「あなた、どこからいらしたんですか?」
単刀直入です。
男の人、やや気圧されつつ「仙厓さんのお墓にお参りに…」

「センガイさん?」
「仙厓さん、知らないんですか?」男の人、かなり意外そうです。
「申し訳ありませんが、私たち知らないんです。センガイさんて、どういう方なんでしょう。」
ねたのさんはいつも単刀直入です。
男の人、私たちを一瞥、「画家ですよ。出光のカレンダーとか。」

もちろん、さっそく仙厓さんのお墓に参ります。
だってあの男の人、私たちをそう導くために現れたとしか思えない怪しさでしたから。

「仙厓さんのお墓こちら」と札のある木戸には「犬の入場お断り」。
読める犬なんているのかしらん。
内田百間のお宅みたいで、ちょっと愉快。

お参りの後、木戸を出ると、さっき通ったはずの門に小さく「写経できます」。
何だあ、ここだったの。
さっきは気付きませんでした。

さあて、いよいよ写経初体験です。

案内されたお部屋には、机に、硯と筆と毛氈の下敷きがいくつも並んでいます。
ねたのさんと私は正座。
まき衛門さんは、椅子の席に。

上等の和紙に薄く書かれた般若心経の文字をたどってゆくのです。
お部屋には、私たち三人だけ。
お経の意味なんて全然わかりません。
しんとした部屋で、ただただ漢字を書いてゆきます。
時々手を止めておしゃべりもいたしました。

人の字をたどるのは、案外と難しくて、なぜかだんだん素直な気持ちになってくるものですね。
書いていると、忘れていたようないろんなことが、頭に浮かんでは消えてゆきます。
気が散っているのではありません。
私は、コンサートで、すばらしい演奏を聴いている時にも、こういう風になります。

気がつけば、ゆうに一時間以上が経っていました。
出来上がったのは、ねたのさんが早くて、私が一番最後でした。

最後に、自分の名前とお願いを書きました。
三人の書いたお経は、とても立派に見えました。
仏さまの後ろに納めてくださるそうです。

何一つ計画の無かったこの日。
私たちは、次々に何かに導かれるようにして、いろいろな体験が出来たのでした。

常々この時のことだけ書いていなかったのを気にかけておりましたところ、
なんと二ヶ月も経った今日になって、急にご縁がありましたので、今になって続きをここに記しました次第です。

それにしても、写経しながら居眠りしちゃうねたのさんって(笑)



*翌々日、美容室で髪を切っていただきながら、この日のお話をいたしました。
 すると、その若い美容師さん、写経をしてみたかったのだそうです。
 どうやら私は、この人を、そちらに導くお遣いになったようです。

来年は、脱皮しては大きくなるという巳年ですね。
皆さまが、よいお年をお迎えになられますよう、心より。

今年中は、本当にいろいろとありがとうございました。



数え日や大煙突は空の色   ここ





[2012/12/29 21:54] 旅日記 | トラックバック(-) | CM(2)

石に寄せて 

こんばんは。
クリスマス・イヴの夜です。
先ほどまで雪が舞っていました。

クリスマスは、誰でも、いろんな方に、贈り物をさし上げてよい日です。
だから、私も。

ささやかですけれど、心からの感謝をこめて、クリスマスプレゼントをお贈りいたします。

彫刻家の舟越保武さんの随筆です。
何だか、クリスマスっぽい気がして。




    石の影                       舟越保武

 大理石をローソクの灯りで見ると、妖しい美しさがある。
 完成したばかりの大理石の頭像を、電灯を消してローソクの灯りだけで見ると、顔の部分のかげが、かすかにゆれて表情が動いて見える。
 そのとき私は、夜ふけのアトリエで、妻と二人で彫刻の完成祝いをしていて、ローソクの灯りで彫像を見ることを思いついた。手に持ったローソクを動かすと、それにしたがって、彫像の影が妖しくゆれて、石の顔が生きて動くようにみえるのだった。
 自分で作って、自分でほれぼれと眺めるのもおかしなことだが、この際しかたがない。
「ホラ、こうして、鼻の向う側に灯りを持っていって、こっちから見ると、鼻のところが明るく半透明に透けて見えるだろう。光が大理石の中に入るのだ。大理石にあてる光は、ローソクが一番いいね」と妻に言った。多分におしつけがましい自賛の気持ちがあった。
「ホントにすてきだわ。こんなに美しいとは思わなかったわ」と妻は素直に感心してくれた。
 これは四十年も前のこと、若い彫刻家夫婦の、水いらずの貧しい祝宴であった。祝宴といっても、その頃すでに戦争に入っていたので、ろくに食料もなく、酒はもちろん、菓子さえなく、お茶だけの祝宴であった。
 いくら貧乏しても、彫刻一すじでがんばりましょうよ、と妻は私を励ましてくれるのだが、明日の食料さえ覚束ない暮らしでは、芸術一すじといっても、それは無謀に近いものだった。
 だが若かったせいだろうが、苦しい暮らしの中にも、ローソクの灯りにも似た、ほのかな明るさがあった。仕事が終わったので、今夜はもう徹夜しなくてもいいぞ、と妻と眼を見合わせた。
 近頃はもうそんな甘さがなくなって、ローソクの灯りで楽しむなど、くすぐったいようなことはしなくなった。
 最近読んだ中原悌二郎夫人の手記に、私は胸のいたむような共鳴を覚えた。
 ――中原は独り言のように「二ヶ月もかかって作ったのだが、今度も、誰もこんなもの顧みるものもなかろう」と憮然として申しました。
 私は彫刻のことなど、ほんとうのところわかっていないのですけれど、小品ながら豊かに深みのあるような美しいこの全身像を、ほんとうに見てくれる人もいないとしたら、ずいぶん気の毒だと思いまして、「こんなにいいのに、こんなにいいのに」とつぶやいて居りました。――

 谷中の下宿の小さな部屋の暗い電灯の下の、若い中原夫妻の姿が、私たちの姿にそのままに重なって見えてくる。
 中原悌二郎の時代も、私の時代も、ほとんど変わりはなかったと思われる。美術家が、とくに彫刻家が、その道だけで暮らせるはずがない時代であった。ただ若さにまかせて、しゃにむに彫刻にしがみついていた。今ふりかえっても不思議なほど、どうして暮してこれたのかわからない。借金をしたり、兄の脛をかじったりして、夢中で生きていたのだろう。
 この頃は、時代のせいなのか、前よりはいくらか暮しが落ち着いて来たようだ。そのとたんに私は、本性を現して怠け者になった。私はなるべくなら仕事をしたくない。私の仕事に対する妻の関心も、当然のことながら、薄らいで来ている。
 この頃は、私の仕事が出来上がっても、「あら、出来たのね」とそれだけ。あるいは、「まだ出来ないのね」とそれだけ。
「あら、すてきだわ、美しいわ」といった頃とは四十年の距たりがある。
 数年前から、私は大理石はやめて、砂岩を彫っている。大理石は、この頃の明るい光線には合わない。材質が繊細すぎるように思う。
 いま彫っている砂岩は、大理石と同じくらいの固さで、素朴な肌合いが美しい。
 この砂岩で彫った「聖クララ」を、私は気に入って身近に置いている。

                                             
             舟越保武『石の音 石の影』(筑摩書房 1985年)より   
                                                」


今年、あなたがいろいろに私を支えてくださったことを、私は、いつまでも深く心に覚えていると思います。

感謝をこめて。




[2012/12/24 20:52] 日記 | トラックバック(-) | CM(10)

討入りの日に 

こんばんは。
夕方から急に冷えてきました。

お友だちの冬子さんからお手紙が届きました。
冬子さんらしい愉快なお手紙でしたので、少しだけ。




……

今日は極月十四日。義士討入りの日です。
テレビはドラマで討ち入りの映画を放映しています。

もう一五年位前に、十四日に赤穂へ行ったことがあります。
大変な人出で、大石神社の賽銭箱の大きな樽には、こぼれるばかりの賽銭が投げられていて、討ち入り蕎麦の店には長い行列、義士の墓には家事の煙ほどの香煙。
人にもまれ、くたくたになって戻りました。

それから二、三年経って、今度はやはり義士の日に、吉良に行きました。
名古屋から南回りの線に乗り、吉良の駅に降りてみると、小さな貧相な無人駅で、駅前にはうどん屋が一軒あるだけで、タクシーなぞ一台もいません。

短い日は暮れそうになっていて、途方に暮れていると、ふと駅に小さな紙に「タクシーご用の方は電話して下さい」の貼紙がありましたので、電話しました。

待って待って待ちくたびれた頃にタクシーがやってきました。
運転手に吉良の墓のある寺へまず行ってくれと言いますと、最初に案内したのが大きな寺で、「吉良の仁吉」の墓なのです。
何でこんなところに来るのかと言いますと、この墓は、清水の次郎長親分の建てた墓で、自慢のものだと言います。
一緒に行った夫は喜んだのですが、私はヤクザなぞ厭だからと早く吉良の墓へ行こうとせかしました。

吉良の墓はとても小さく、本堂には灯が一つともっているだけ。
誰もいません。
墓はどこにあるのか、もう暗くなっているのでわかりません。
境内に小さな碑があって、「憎まれつゞけて三百年」と彫ってありました。
吉良の町は物音もなく、灯も暗く静まっていました。

翌日、昨日のタクシーが来てくれて駅まで行ったのですが、タクシーを降りたとき、運転手も降りてきて、「吉良へ来て下さってありがとうございました」と深々とおじぎをしました。
何だか悲しくなりました。

又、吉良の町には、A級戦犯の墓があるそうです。
どこも建てさせてくれぬので、吉良に持ってきたとのこと。

……

いよいよ年もつまりました。
今年はまったくいろんな凶事がつづきました。
来年は巳の歳、蛇が脱皮して新しく元気になるように、いい年になるといいですね。

今日は少し暖かいけれど、これからは寒い日がつゞくと思います。
どうか御体を大切になさって、いゝお年をお迎えくださいませ。

                          かしこ


 十二月十四日                      冬子 
                                     」




外つ国の湖の色日記買ふ
隣席に動物学者忘年会      ここ




 

[2012/12/19 00:40] お友達 | トラックバック(-) | CM(2)

冬ごもり 

こんにちは。
今朝は雪。
山のあたりは、今も白くけぶって見えます。

いよいよ、冬籠もりの季節がやってきました。

おみかん、よし。
雑誌、よし。
おいしい紅茶、よし。
クッキー、よし。

冷蔵庫には、もう終わってしまった絵画展のご案内。



[2012/12/10 14:31] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

十二月 

こんばんは。
夕方、雪が降っていました。
初雪です。


母へ。

「 
 今日はお稽古日でしたでしょうか?
私は、久しぶりにゆっくりした週末でした。
世間は、12月になったと忙しがっているみたいですが、私は11月が毎週末忙しかったので、12月になって、ホッとしています。

今日は今、街に向かっています。
快気祝いを買って、大学に送ってしまおうと思っています。
スリッパも買いたいと思っています。
                         」


母より。


 朝はとても寒く感じましたのに、お稽古を始める頃には縁側はお日様がいっぱい差し込んで、とても温かく、
 暖房もいっさい要らず、御稽古をすることが出来ました。

 今日は蓬餅入りのおしるこをお出しして、美味しかったようでした。 

 最近、年配の人は皆お着物でお稽古です。
 御嫁入りの時の等のお着物でなさるので、中々華やかです。
 少々派手ですが、お着物は着られるものですね。
 若がえられてうれしいようです。

 今月は17日が御終い釜です。
 何方かが巻きずしを巻いてこられるとのことです。
 之もまた良いことでご座いましょう。

 貴女もゆっくりなさいませ。

                        」 




[2012/12/07 00:54] 家族 | トラックバック(-) | CM(6)