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芙蓉初花 

こんにちは
今日は雨になりました。
少し落ち着いた感じがします。

おととい、庭の酔芙蓉が初めての花を咲かせました。

上の方に並んで二輪咲いているのを、2階にお布団を干すときに見つけました。
真っ白な花です。
ほんとうの白ってこういうことかななんて思います。

芙蓉の木は、いっぱいに枝を広げて、狭い前庭の半分近くを覆っています。
毎年思い切って短くしたつもりでも、すぐに伸びてくるのです。
ウッドデッキにちょうどいい日陰を作ってくれています。
ただ、一枚一枚の葉が大きいので、下からは花がよく見えないのでした。

その少し前、夫とお散歩をしている時、よそのお宅に、ピンクの芙蓉が咲いているのを見つけました。
私は思わず

あ、芙蓉が咲いてる

って言いました。

うちの芙蓉はいつも少し遅れて咲き始めます。
だからいつも、花を待ち遠しく感じます。
我が家にも、ようやく芙蓉が咲きはじめました。

何にも言わなかったのに、その日夫がふと言いました。

芙蓉が咲いたね。

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[2009/08/28 10:57] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

サン・ティー 

こんばんは
暦が秋になって、夜はすっかり涼しくなりました。

毎年夏になると、毎日のように冷たい紅茶を作ります。
作り方は母に習いました。

水にパックに入れたお茶の葉を入れて、お日さまの中に出しておくのです。
するとゆっくり水が温まって、紅茶の色が少しずつ出てきます。
それで、気に入った色になったらできあがりです。

熱湯で作った紅茶を冷やすとすぐに白く濁ってしまうけれど、こうして作った紅茶はいつまでも透明です。
こうやって作った紅茶のことを、母はサンティーと呼んでいます。
お日さまのお茶です。

陽射しがすっかり秋めいてきた今日も、私はサンティーを作りました。
真夏の暑い頃より、少し長く時間がかかります。

ガラス瓶の中の紅茶が、秋の陽射しの中で、いっそう透明に見えます。



[2009/08/23 22:49] 家事 | トラックバック(-) | CM(0)

旅じたく 

こんにちは。
今日は曇りの日曜日。
季節の変わり目、いかがお過ごしでしょうか。

ところでとつぜんですが、旅行の準備、あなたはいつも何から始められますか。
荷造り、お得意ですか。
教えて欲しいなって思います。
私は最近、旅じたくにやけに手間がかかるようになってしまったものですから。

なんでこんなにグズグズするのか、自分でも不思議なくらいです。
その上どうも荷物が多くなりがちです。
いつまでも荷造りの終わらない私にあきれた家族が、やれやれという感じで言います。

2泊?だったら、パンツ2枚、シャツ2枚。

そうだなって思うんだけどね。

着いてみると、なぜか同じようなカーディガンが何枚も入っていたり、着替えが足りなかったり。
想像力の欠如か、覚悟の欠如か。

少女の頃、少ない荷物で旅をする家族に憧れていました。
大草原の小さな家のインガルス一家とか。
ちょっと貧しいけど、家族が深い愛情の絆で結ばれていて、試練や障害も工夫して乗り切るという、とても幸せな暮らしです。
そうそう、娘は「チャングム」で、彼女が娘と3人で送る逃亡生活の場面が好きなのだそうです。

そういえば、転勤族の子だった私自身も、少ない荷物で旅をする一家だったのだと思います。
幼い頃から、父の転勤が決まると、自分のものは、全部自分で荷造りしなければなりませんでした。
知らない町で暮らすことは、大きな試練でしたけど、楽しい冒険だったような気もします。

その頃の私は、今よりずっと旅じたくが得意でした。
ドラマのように、家族に守られていましたし、
きっと、いつも何かわからないものに立ち向かっていたのでしょう。

定住者となって久しいこの頃のわたくし、安穏とした生活を送っている自覚があります。
旅に出ることがとても億劫です。
たとえこれから行く旅が、行きたい旅行であっても、楽しいことが待っているって分かっていてもです。
だから旅の支度にやけに手間取るのだと思います。

そんな私が最近、旅じたくを始めています。
始めているといっても、まだ何もしてはいません。
正しくは、旅じたくをしよう!と思っています。

なぜかって?
ただ、潮の変わり目の中にいるような、ここにずっといるわけにはいかないんだなっていうそういう感じがしているのです。
だからなんとなく、そのための支度をしようって思っているのです。
感じがするだけなんですけどね。

ヘンでしょ。
そういう経験おありですか。
あったらお話下さいね。
私はこんなことは初めてです。

私には、私だけが感じているらしいこの潮目の変化が、いいことに向かっているのか悪いことなのかわかりません。
そんなことを感じる自分をちょっと気味悪くも思っています。
しかたないなあって思いながら、どうなるか分からないこの先のことに、ほんのちょっとだけ胸をときめかせて。
子どもの頃、父の転勤を聞いた時のようにね。

単に夏の終わりだからかも知れません。

すっかり荷造り下手になってしまった私ですが、
まずは、持っていくものとそうでないものを選んで決めないといけません。


[2009/08/21 08:10] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

管弦祭 2 

こんにちは
ピッカピカの暑い日に、夕方が来ました。
空にほんの少しだけある雲が、秋の雲なのが不思議なくらいの暑い日でした。

少し間が空きましたが、管弦祭続き、その夜のお話をいたしましょう。

厳島神社を出て行く管弦船を見送ってから、大急ぎで宿に戻りました。
夕方島を出た管弦船は、対岸の地御前に渡って、また島に戻って来ます。
それまでの間に、お夕食などをすませるのです。

私の御同室はUさんでした。
Uさんと同じお部屋になって、ちょっと嬉しくなりました。
Uさんは、いつも素敵なお洋服を着ていらして、時々はちょっとした工夫の手作り。
お話がいつも楽しくて、明るい方なのです。
その日も洒落た黄色いワンピースのアンサンブルでした。

宿に着いてみると、Uさんはもう先にお部屋に戻っていました。
私は大あわてでお風呂へ。
急いでお風呂から上がってきた私が、あんまり早かったというので、Uさんはびっくり。
見かけによらないのだそうです。
Uさんといるとね、なんだかとってものびのびしてきて、精神的体育会系の部分が出てきちゃうんですよ。
自分でも忘れてました。

対岸の地御前を出た管弦船は、夕闇の中、まず長浜神社に向かいます。
長浜神社では、皆が提灯行列になって、船を迎えるのだそうです。

お夕食をいただいているうち、少し遅くなってしまったので、長浜神社の提灯行列を見に行くのは諦めることに。
それから部屋で少しおしゃべりをしました。
聞いてみるとUさんは、母と同い年なのでした。
私は修学旅行の夜みたいに、ちょっとだけ秘密の話をしました。

私たちは、ゆっくり宿を出て、そのあとに来ることになっている大元神社に向かいました。
大元神社は、明かりが灯されていましたがまだ誰もいませんでした。
船が着く浜では、消防の人が篝火の準備をしていました。

紅白の提灯が配られました。
その時にそこにいたのは、10人足らずでした。

私たちは、それぞれおしゃべりをしながら、何となく待っていました。
人が少しだけ増えました。
海はまっ暗で、何も見えませんでした。
真上辺りに見える月が、光ってとてもきれいでした。

管弦船の船団が来ました。
華やかに飾った阿賀の船、14人の漕ぎ手が操る江波の漕伝馬船。
それぞれの船の、それぞれに飾り付けられた提灯の明かりが、暗い海の上をこちらにやって来たのでした。
近づくと、地御前の船には、高々と「厳島御用」と書いた提灯が掲げられていました。

不覚にも、その時の管弦がいつ始まっていたのか、江波の漕ぎ船の木遣り歌がどんなだったか、少しも覚えてなくて、
ただその船々の灯りと、
自分が手に持った提灯の明かりだけが、今も記憶の中でゆらゆらと揺れています。

他の社殿の前でしたのと同じように、御座船は、大元神社の社の明かりと、岸にいた私たちの少ない提灯の明かりとの前で、ゆっくり大きく3回まわっていました。

暗い夜の中で、千年近くもの間行われてきた祭が、今年も行われていました。
それは、見に来ている人のためでもなく、誰のためでもなく、ただお祭りとして行われていました。
役に立つとか、残さなくてはならないとか、そういう次元でなく、誰かが行わなければならないお祭りでした。

それから船は、厳島神社の本殿の方へと岸を離れて行きました。
私達は、船を追いかけて、急いで本殿に向かいました。
本殿はもう人でいっぱいでした。

クライマックスは船が狭い社殿に入ってくるところと、枡形で伝馬船がまわるところです。
阿賀の水主衆は、そろいの黄色い腹巻きに、派手なはっぴや、茶髪金髪、見ただけで威勢がいい漁師らしいさんたち。
江波の衆は紅白のはっぴ。
行き来する神官の数も相当です。

本殿前での管弦やら、江波の漕伝馬の櫂さばきやら、見ている人々の拍手、鳳簾から取り外された金の鳳を持って歩く阿賀の水主の赤ら顔とか。
これに触ると縁起がいいというので、その辺りにいた人は大騒ぎ、こっちこっちと呼ぶ大声。

海に浮かぶ広い社殿とその海は、それぞれの人の、てんでの思いや声や動きを雑多に乗せたまま、祭はずっと祭として行われているのでした。

鳳簾が元に納められ、もう一度拝礼があって、管弦祭は終わりました。

ほとんどの人が引きあげていく中、端の方には寝転がっている人がいたり、酒盛りをしているところもあったり、浴衣を着た外国人が盛んに写真を撮ったりしていました。

Uさんが、帰るよって声をかけてくれました。
昔こういうふうに帰るよって言われるまで遊んでいたことがあると思いました。

今ではすっかりわがままに慣れた私は、そのあと一人、後片付けを見てから帰りました。

ふりかえると、たくさんの灯籠に照らされて、神社が海に浮かんでいました。


十七夜月中天に還御の笛     U

夏惜しむ還御の潮へ灯を零し   U

阿賀衆を束ね紋付きサングラス  ここ

堤灯の灯のほかは闇祭舟     ここ




[2009/08/19 17:01] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

幸せのたね 

おはようございます。
雨上がりの涼しい朝です。

先日、いつものお散歩道の途中で、種の袋を拾いました。
それは、黄緑色の、よくある紙の種袋で、
「四つ葉のクローバー  オキザリス・アイアンクロス」と書いてあります。

四つ葉のクローバーのたね!

竹取の翁「われ朝ごと夕ごとに見る、竹の中におはするにて知りぬ、子になり給ふべき人なめり。」の論理からすると、
これは、朝ごと夕ごとここに散歩にやって来る私のものとなるはずのものに違いありません。

中を開けて見ると、もじゃもじゃの枯れ草の固まりのようなものが一つ入っていました。

これを植えたら、四つ葉のクローバーがいっぱいに。
うふふふふ。
うふふふふ。

もうすっかり幸せです。


[2009/08/15 07:49] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

無人島に持っていくなら 

こんにちは
今日は、朝から30度を超す暑さです。
たまらずとうとう冷房を入れて、ガラス窓の向こうに目をやると、
見えるのは、赤とんぼや稲の穂が見える秋景色です。

無人島に一つだけ持っていくならっていう話、よくありますよね。
娘と話していて、この話題に。

ママ、布団でしょ。ふとんって言いそう。

ええっ、そんなあ。

私はね、人持ってくー。
野生でも生きていけそうなエリとか、一緒にいて飽きなさそうなミナとか。
だって一人じゃ何にも出来んもん。

それって無人島じゃないのでは。


あなたは何を持っていきますか。

夏休みもいよいよ後半。

[2009/08/14 11:54] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

管弦祭 1 

おはようございます。
曇っては小雨の涼しい朝になりました。

先週のことですが、宮島の管弦祭に行ってきました。
夜中まで続くお祭りですので、宮島に一泊しての見学です。

このたびは俳句会のお仲間と一緒です。
一行は25人ほど。
遠くから見えた方もいらっしゃいました。
俳句はずっとやめていたので、こういう会に参加するのはとても久しぶりのことでした。

まずは夕方、何人かで、管絃船が厳島神社を出発するのを見にでかけました。
御鳳簾と管弦の神官さんを乗せた御座船が大鳥居を通って海に出て行きました。

私は初め皆と一緒でしたが、干潮の浜を出て行く御座船を追って海に立つ大鳥居の近くまで行ったりしているうち、
いつのまにか横浜から来られたMさんと二人になっていました。
Mさんは初対面の人で、私より一回りくらい年上に見えました。

私たちは少しぎこちなく話しました。
私も、きっとMさんも、初めての人とうまく話すのは苦手なのでした。

Mさんが、『管弦祭』という小説を昔読んだことがあると言われました。
私は読んだことはありませんでしたが、その小説があることは知っていました。
作家の名を言おうと思ったけれど、思い出しませんでした。
そうしたら、Mさんも作家の名前がどうしても思い出せないと言われました。
二人でしばらく考えましたが、思い出せませんでした。

西日の中、飾りをいっぱいつけた漕ぎ船が、御座船に近寄っては遠ざかるのを繰り返していました。
潮が次第に満ちてきて、船を追いかけて鳥居の先まで行っていた私たちの足元に潮が迫ってきていました。

私は靴が濡れてはいけないので、少しずつ後退しました。
見ると、私の前にいたMさんのサンダルを履いた足は潮に浸かっていました。

Mさんの足に、小さな波が寄せているのを見ながら、
学生時代の私なら、靴など濡れるのも構わず、船を見続けていたろうと思いました。
Mさんが私で、今の私はあの頃の他の誰かだと思いました。

浜から上がって、二人で岸に腰かけて、海に出てゆく管弦船を見ました。
大きい鹿と小さい鹿がまだ浜にいました。
管弦船は、今の時代では考えられないほど、ゆっくりと進んでいました。

管弦船から、管弦の音が聞こえています。
西日の中に、平安朝風の旗が何本も翻っているのが見えました。

私は急に何だか思いついて、声を出しました。

竹。
竹の字が入っていたような気がする。

竹西寛子!
Mさんが小さく叫びました。

私たちときたら、手を取り合う喜びようでした。
Mさんの真面目さが、潮が満ちてくるように私の中に沁みてきました。

管弦船は、いつの間にか遠く見えなくなっていました。


杓文字屋の鹿戸をくぐる赤蜻蛉  M子

御座船を待つ神主の扇風機    M子




[2009/08/13 11:39] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

かき氷何が好き? 

こんにちは
暦は秋になりました。

今年は、秋になってから、初めてのかき氷いただきました。
あんまり暑かったので。
残暑のかき氷は、最初から名残のお味です。

かき氷、何が好きですか?

いちご

レモン

メロン

みぞれ

私は何といっても「宇治ミルク金時」です。
初めて食べたとき、こんな贅沢なものと感動して以来、一筋です。

大人っぽい宇治、甘~いミルク、隠れている金時。

このごろ、素朴なイチゴもいいなって思いはじめましたけど、やっぱり注文したのは宇治ミルク金時なのでした。
一度味わった贅沢は忘れられません。

お店の軒下に、あのま四角の氷のはたを見ると一瞬、たくさんの思い出がよぎります。

家族で食べた夜のこと、
中学のとき遠くの高校の文化祭に行って食べた氷、
学生時代のこと・・・

みんなみんなもう溶けちゃって、何にも残ってない。






[2009/08/09 15:42] 日記 | トラックバック(-) | CM(4)

今日も晴れ 

こんばんは
今日も晴れて暑い日でした。

ピアノの先生のお宅は高台にあります。
約束の時間より早く着いた日は、近くの墓地を散策いたします。
そこは墓地だけど、ちっとも淋しい感じがしない、気持ちのいい場所です。
特に眺望が素晴らしいのです。

足下の小さなトンネルと単線の線路。
その向こうに、放水路という名の大きな川。
時折、鉄橋を行く電車が見えます。

川には、橋が幾つもかかっています。
新幹線の通る鉄橋、高速道路の大きな橋、人と車が通る小さな橋。

橋の向こうは、ビルの建ち並ぶ街です。
たくさんのビルがあって、遠くには、とても背の高いビルが見えています。
上流側には、山とか、山の途中の学校が見えます。

私たちは、急な段になった墓地の端に腰かけて、あれこれ指さしては話します。
電車が通ると、ちょっとだけ嬉しくなります。

約束の時間が近づきました。
私たちは立ち上がって、お墓の間を戻ります。
大笑いしたり、話のつづきをしたりしながら、墓地の間の小径を行きます。

お墓はいろいろあって、新しいお墓も古いお墓もあります。
墓石の側面にはたいてい、そこに眠る人たちの、亡くなった日と、名前と年が書かれています。

昭和二十年八月六日 
昭和二十年八月
昭和二十年九月
昭和二十年   

子どもも大人も、男も女も。

あの日もよく晴れた暑い日だったそうです。


[2009/08/06 23:44] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

夏休み 

こんにちは
机の前の窓いっぱいに、入道雲。
夏休みです。

子どもの頃の夏休み。
祖母の家の2階でよくお昼寝をしました。
母が娘の頃の部屋で、その頃は叔母の部屋でした。

昼寝から覚めると、はとが鳴いているのが聞こえました。

ででぽっぽー

何にもしなくてよくて、大人達もちょっと私のこと忘れてるみたいで、
2階の窓から外を見ると、向かいの家のそばの蓮田とか、下っていく道とか。

昔、この窓からね、街が空襲で焼けて真っ赤に燃えるのが見えたよ。
毎年、初めて2階に上がった時には必ず母がそう言っていました。

今朝、夫と朝の散歩をしているとき、ふとキジバトの声がしているのに気がつきました。

でーでぽっぽー

何にもしなくてよくて、
いつもと同じ場所なのに、なんとなく違うところへ行ったみたいな、そんな気がする時だな、
この声が聞こえるの。

この頃時折、夫と一緒に散歩をするようになりました。
ほとんどは黙って、いつもの道を行きます。
分かり合っているかというと、そうでもない気がする二人です。

でーでぽっぽー

時々、この声が聞こえます。


[2009/08/02 13:36] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)
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