時計草 

こんばんは
少し台風の日みたいな感じの雲が流れていく一日でした。

夕方、いつものように散歩に行きました。
裏山への坂道を登る途中に、時計草が咲いています。
木を登りきって、屋敷の軒までつるがのびています。
時計が、てんでにあちらこちらに向いて、まるでこの世界のよう。
あんまり時計が多いせいでしょう、帰りに見たら、くちなしがもう茶色く枯れていました。

しばらく登ると、今年は植えていなかったはずのひょうたんが、もうすっかり伸びて、いつもの棚の上に白い花を上向きに咲かせています。
ずーっとまえからあるひょうたんの棚。
百年前からこの棚でひょうたんが育てられてきたに違いありません。
毎年苗を植えて、毎年奇妙な形のひょうたんがさがる。
今育てているのはいつか見たお年寄りの夫婦だけれど、百年前は違ったろうとふと気がつきました。
ひょうたんは、毎年同じ。
となると、植え替えられているのは人間の方かな。

今年はあちこちで凌霄花がたくさん咲いているみたい。
少し早すぎる様な気がする。
白粉花も早々と咲いて、紅白まだら。

今日は、いくら歩いても疲れないので、ネムノキがたくさんたくさん花をつけている谷にも行きます。
高いところにたくさんのねむの花。
時折、花が風にながれて散っていきます。
花の数だけ眠るのだから、あっという間に何日もたってしまって、もう何年たったか知れません。
だからこの谷では、風が余計ざわざわ言うのも仕方がないんだなあ。

二十歳の頃、自分が四十歳になるなんて夢にも思わなかった。
四十歳になったら検診でバリウムを飲むんだってー。
えー、飲めないよー。

帰り道、七十歳の私が坂道を一人で歩いていました。
バリウムとか、子ども達の思い出とか。

道に迷わないように気をつけながら、家に帰る。




[2008/06/30 21:02] 日記 | TB(0) | CM(0)

便箋を買いに 

こんばんは
今夜は久しぶりに星が出ています。

お友達の冬子さんから、お手紙がきました。

お返事を書こうと思って、昨日の夕方、便箋を買いに行きました。
今の季節の絵のついた便箋で、お返事したいと思ったのです。

「私は荒っぽい性格なのでダメ。
ある人が私の書くものをとんでもない荒削りな文章だと言いましたが、人に言われなくても私自身がよくよく承知しています。」
「これは生来のもので、努力したところで変わるものではありません。」

ね、このお返事は、やっぱり絵のついた便箋でなくちゃ。

戦中戦後の時代を生きて、誰もみんな大変だったのだのだから、きっと冬子さんも大変だったのだと思うけれど、
どこか何かが、大変だけど大変でない冬子さんの不思議。

随分前に一度、かわいらしい小物が置いてある雑貨屋さんにご一緒したことがあったでしょう。
その一角でお茶にしましたよね。
とっても喜んでくださったのが嬉しくて、今でも覚えているんです。
薔薇の花のカップとソーサー。
シュガーポットの木のスプン。
あの雑貨屋さんの風景に、一番なじんで見えたのは冬子さんでした。

私はさんざん迷ったあげく、花火の絵のと、金魚の絵のと、デザインされた花の絵の便箋を買いました。
結局一つに決められなくて、3つとも買ったのでした。

七夕の笹の絵の便箋もありました。

もうすぐ七夕。
冬子さんのお願い事は何でしょう。

ちょっと心引かれて、このひと夏のためのサンダルも買いました。

昨日の夕方にはもう、ずっと降り続いていた雨も上がっていました。
手にレジ袋をゆらゆらさせながら、その大きなスーパーを出てみると、外は少しだけ暮れ始めていました。





[2008/06/24 00:44] お友達 | TB(0) | CM(4)

思い出箱 

こんにちは
久しぶりに晴れました。
いい気持ちです。

午前中、片付けをしました。
娘の小学校の頃のいろいろの片付けです。

作品集をひとまとめにしました。
小学校での作品は、実はあまりよくありません。
特に低学年の頃の絵は、小さくまとまって、すこしものびのびしていません。
そんな作品もみんな、学年毎に大きな袋に入れてあります。

教科書。
作文や日記のノート。
自由研究は、毎年賞状をもらえたので、彼女の自慢です。
これも1年から6年まで重ねて袋にしまいました。

れんらくちょう。
見ると今でも涙が出るので、これは開かないでそのまま箱に入れます。
小学校との連絡帳ではありません。
学童保育の先生との連絡帳や、家に来ていただいていた徳政さんとの連絡帳。

学童の状態が悪いと思って、何とか行かせないようにしたい母親の私と、冷静に責任持って対処しようとなさっている学童の先生とのやりとり。
おとなしいけれど、なつきにくかった娘を相手に、いろいろと工夫してくださった徳政さんのこと。
一生懸命すぎる私。

あの頃は、子育てがうまくいってないなんて思っていませんでした。
今でも、失敗したとは思っていません。
後悔がないほど、出来るだけのことはして、でも、それでどうだったかなあって今は思います。

もっとのんびり子育てできたらよかったなあ。
部屋に残った靴下一つをタンスにしまうことが出来ないほど疲れていた夜の時間。
夜になって、明日は参観日だったって気がついた時の泣きたい気持ち。

最近になって私も、何もしないでそこにいるだけ、という母親の仕事をするようになりました。
娘も、学校であったことを一生懸命探して話してくれます。
聞きながら、隠していることもあるらしいぞと思います。

寝る前の絵本は、寝ぼけてお話が途中で変わっちゃう。
不機嫌だったり、突然思い出して怒り出したりする。
がんばったはずの子育ての、なかなか自覚できなかった自分の姿。
それもこれも、きれいに重ねて、みんな箱に収めてゆきます。

すらりとして少女らしい中学生になった娘は、見かけによらず片付けが大の苦手です。
話の風向きが悪くなると、ちょいと話題を変えるのが得意です。

間違いなく、私が育てた娘です。



[2008/06/22 16:17] 日記 | TB(0) | CM(4)

びわの実 

こんばんは
明日はまた雨になるそうです。

裏山への道は、キトリのお散歩道です。
その辺りに人家はないので、あんまり人は来ません。

少し前まではこのあたりにも家があったのだろうと思われる、石垣や、庭の跡らしき木々などが、道沿いに続きます。
静かな道です。

この間から、びわの木が、たくさん実をつけているのを知っていました。
今日見ると、熟れた実がぽたぽた下に落ちています。

こんなに実をつけているのに、誰もとりに来ないんだなあ。

あたりに誰の姿もありません。
ちょっともいでみましょう。

低い位置の実に手を伸ばします。
触れると、すぐに手の中に落ちてきました。

続けて3つとりました。
あと3つとりました。

帰り道、またびわの木のそばに行きました。

今度は8つくらいとりました。

売ってるのより小さくてまんまるです。

山の木の実を採るときの作法として、その場で一ついただきます。
まんまるの種を、こつんと吐き出しました。

酸っぱいけど、今年初めてのびわの味。

帰り道、やっぱり誰にも会いませんでした。




[2008/06/18 20:32] 日記 | TB(0) | CM(1)

透明絵の具 

こんにちは
天気予報は曇りだったのに、晴れてきました。
何だか得した気分。

おとといまで、この机の上に、透明絵の具が2本ありました。

コーラルレッド
オキサイドグリーン

どちらも混ぜては作れない色なのだそうです。
初めからその色としてあるということなのでしょうか。
それらは、とても穏やかな中間色なのでした。

銀座の月光荘で買ってきました。
月光荘って、不思議な名前。
月のしずくで色を作っているのかもしれません。

壁一面にたくさんの絵の具が並んでいました。

いろいろに混ぜてできた色
初めからその色としてある色

この2色は、絵の好きな父への贈り物にしました。
父に似合う気がいたしました。




[2008/06/16 21:37] 日記 | TB(0) | CM(2)

椅子 

こんにちは
梅雨の晴れ間です。
稲もだいぶ大きくなりました。

今日は我が家の椅子のことをお話ししようと思います。

今、私は机に向かっています。
座っている椅子は、結婚して間もなく買った、食卓用の木の椅子です。
二つ買いました。
結婚してはじめに住んだ家のキッチンで、この二つの椅子は、いつも向かい合っていました。
今は、一つはこの机の前に、もう一つは食卓のところにあります。
素朴なデザインの重い椅子です。

食卓には籐の椅子が4つあります。
黒っぽい籐に、深いグリーンの座面。
この家に来たときに、食卓と一緒に買いそろえました。
座り心地のよい椅子です。
家族は長らくこの椅子に座って過ごします。
食卓は、とても大きくて、古ぼけています。
部屋の大きさを考えず、お店で一番大きいのを買ってしまうような私たちでした。

あとは、娘が赤ちゃんの時に使っていた子供のための食卓用の木の椅子。
今は娘の部屋にあって、荷物置きになっています。

娘の学習机の椅子。
机と椅子は、おじいさんおばあさんからの入学のお祝いでした。
柔らかい風合いの楢材です。

ピアノの椅子。
私が子どもの頃からの椅子です。
背に、幼い私の歯の跡が残っています。
小さい私が、練習しないで椅子の上で、後ろを向いて、歯をあてています。

鏡台の小さな椅子。
結婚の時、嫁入りダンスを揃えてもらいました。
その時に一緒に買ってもらった椅子です。
とても大きくて立派なお嫁入りのタンス。
おかげで部屋は、いつも立派で落ち着いた感じになっていて、私は時々、父や母とこれを買いに行ったときのことを思い出します。

私の家の椅子は、全部でこれだけです。


[2008/06/13 17:58] 日記 | TB(0) | CM(2)

旅日記 水戸弘道館 

こんにちは
カエルの声がとぎれると、ホトトギスが聞こえます。
夜中も朝も鳴いています。

水戸、弘道館に行きました。
弘道館は、幕末に近い頃の藩主、水戸斉昭の建てた藩校です。
実は、歴史好きの谷口君と、事前に調べた私しか、「弘道館」を知りませんでした。
その日は小雨が降っていましたが、若い学生さんたちと5人で行ってみることにしました。

それは水戸駅からほど近いあたりにあるようでした。
代表的な史跡なので、もっと案内してもいい筈なのですが、
案内はかなり控えめで、坂道を上りながら、たいしたことない場所だろうという予感がいたしました。

立派な門。
ここじゃない?などと言いながら、その門を入って、青梅の実る庭を通って、入り口へ向かいます。
入場料金190円。
行ってみると、かなり大きくて、風格の有る建物でした。

靴を脱いで上がって、5人ぞろぞろと建物の中を見てゆきます。
目に触れる一本一本の柱が太くて、全体にがっしりした木造建築です。
天井が高いせいか、廊下も大広間も小さい部屋も、全部が広くて、堂々としています。

右手の展示室になっている部屋の入り口に、小さな犬のような黒っぽい人形が一対置いてありましたので、気持ちが引かれてじっと見ていましたら、向こうで他の4人が「だあれ、順路守らない人~」って私のことを笑っています。
よく見ると、向こう側から先に見て、最後にこの黒い犬の前に来るようになっていました。
「え~、気付かなかったー。ちゃんと順路守ろうという気持ちはあるんだよー。」
などと騒ぎながら、5人ぞろぞろ次へと移っていきました。

ある程度すすんだとき今来たのと逆向きに「順路」という札があるのに気がつきました。
「あれ、みんな間違ってたみたいよ~。」
「自分たちは正しいって思いこんでるのが怖いねー。」
笑いながらも反省する謙虚な学生さんたち。

雨のせいか、他に訪れる人も少なくて、弘道館は、広々として、静かでした。
当時の学生さんたちが使ったらしい風呂場やトイレもありました。
以前に行った足利学校では、学校の厳しさを感じましたが、時代が違うせいでしょうか。
ここでは、厳しさよりも、きっと勉強好きも、やんちゃも、いろいろいただろうなっていう、違う意味で学校らしい雰囲気を感じました。

大広間に出ました。
かなり広い部屋でした。
その広い床の間の中央には巨大な掛け軸が下がっています。
そこには、一文字1メートル四方もありそうな大きな文字で二文字、

「尊攘」

びっくりです。

思わずじっと見てしまいました。
やっぱりびっくりです。

「尊皇攘夷」。
日本国中、今では誰もが、それは現実的な案じゃないって思っています。
未だに本気でそんなこと言ってるの。
分かってなさ過ぎだよ。

力強くて明るいたくましさのあるいい文字です。
微塵も迷いがありません。

驚きながらそこを離れ、しばらくすすむと、廊下の長押に、これまた大きな額に

「淤於藝」(芸に遊ぶ)

論語からの一節だそうです。
「子曰く、道に志し、徳に拠り、仁に依り、藝に遊ぶ」
学問と人格を鍛え、そして芸に遊ぶことも必要というわけです。

ふう。

帰りに鄙びた売店をのぞきましたら、30年前からずっと置いてありそうなおみやげ物の中に、これを刻んだ青銅の文鎮が売られていました。
ちょっと食指が動きましたが、さすがに文鎮は重いのであきらめて、三つ葉葵の印籠ストラップだけ買いました。
田舎っぽい売店のおばさんが、その印籠ストラップを、彼女に似合わぬ風雅な包装紙の袋に入れてくれました。

こうした方がいいかどうか、そうすればうまくいくかどうかでなくて、

そうあるべきかどうか。

「時代錯誤」っていうと悪口になりますから違います。
「古いものを大切にする」っていうとアンティーク趣味になるので、これも違います。

うまく言えませんが、「尊攘」の似合う、「弘道館」、そして水戸の街なのでした。



[2008/06/09 21:17] 旅日記 | TB(0) | CM(4)

旅日記 偕楽園その2 

こんばんは
今日もカエルの大合唱が始まっています。
昨日と同じカエルたちが鳴いておりますやら、どうですやら。

お話は昨日の続きです。

どのくらい歩いたか、もうすっかり分からなくなった頃、私はようやく好文亭に着きました。
入場料は190円。
待合いがあって、お茶のための建物としては大きな家です。
靴を脱いで、薄暗い室内へと入ります。
ぐるりと、たくさんの部屋がいろいろな小庭に面しています。
部屋毎に、萩の間とかつつじの間とか、花の名がついて、ふすま絵がそれぞれの花の絵になっておりました。
日曜日でしたから、観光客も多くて、私もそれについてぞろぞろと見て回って、また外へ出ました。

もう帰ろうと思いました。
入場料を払った入り口で、帰り道を尋ねました。
初めのバス停は、主要なバス停ではないと思ったので、メインの出口とバス停を聞きたかったからです。
しかし、聞いてみると、一番バスが来るのはあのバス停だということでした。

内心驚きながらもお礼を言って、ふと見ると、右手に園内の地図が置いてあります。
こんなところに…。
ここまできた人には地図は要らないではありませんか。
私だってもう地図は要らないけれど、さんざん歩いたので、なんだか欲しくなって一枚いただきました。
その地図を手に持ったまま、入ったくぐり門とは違う右手の門から出ました。
すれ違う人が、「ほら、あの人地図持ってるよ」言っているのが聞こえました。

名残に門をふり返りました。
ん?
「茶の湯 無料ボランティア  担当 遠州流」
お茶席、お抹茶、無料!
そんなのあったっけ?

考えるより先にスタスタと引き返して、再び好文亭入り口に。
「門のところで見たんですけど、そういうの、ありました?」
「さっき見てきたところですけど、やってましたよ。」

おかしいなあ。
ちょっと笑われたような気もしましたが、「もう一度どうぞ」と言われて、また亭内を歩きます。
あ、さっき狭くなってて、入っちゃいけないのかと思って行かなかったところに人が入ってる。
もう、書いといてくれればいいのに。

その狭い廊下を進んでゆくと、ぱっとお庭が開けて、広い板間がお茶席になっていました。

しばし茫然としていたような気がいたします。
後ろから、「お一人でしたらまだ入れますよ」って、ふり返ると袴姿の男の方。

言われるままに入れていただいて、端っこの席に着きました。
すでにお手前は始まっていました。
半頭さんも若い男性で、朗々と響くお声で、お茶のいただき方など、解説が始まりました。
お客さんは、みなさんじっと聞いています。
お手前は、これもきりりとした男の方のお手前なのでした。

そういえば、今まで行った観光地は、こういう機会はあっても、ただお茶を出してくださるだけ。
それはおそらく、知った風に説明するのも恥ずかしい気がいたしますし、来られた方も聞きたいかどうかわかりませんし、知らない人にこの場だけでちょっと説明しても、なんというか、仕方がないのです。
だからよく見かけるのは、お客さんがお手前中でもどんどん入ってきて座ったり、お茶をいただいたらさっと立ち上がって帰ってゆく光景。

袴姿の半頭さんの解説が続いています。
「お楽に」と言われても、足を崩す人は誰もいません。
「足がしびれた方は、こうしてつま立てて。」などという説明も入ります。

そのうち、お茶碗の拝見の仕方についての説明になりました。
こんなところで、拝見まで?

やがてお茶がたちました。
気がついてみると、私の席はなんとお正客。
目の前で点てていただいたお茶が運ばれて参りました。
そして、そのお茶は、本当においしいお茶でした。

見知らぬ観光客相手に、こんなにおいしいお茶。
私は心を込めて一礼しました。
お茶碗も、素人目にもよいお茶碗でした。

通りすがりの者に、心づくしのもてなし。
それに価する人間かどうかとか、見返りがあるかとかとは関係なく、もてなしとはそうするものだという信念みたいなもの。
もし、相手が茶の湯を知らなかったら教えればいい。

上等なお茶碗を拝見しながら、私はなんだか偕楽園も水戸も、大好きになってきました。

そう、偕楽園は、入場無料。
誰がいつ来ても開け放たれています。
実は境界線も不明です。
狭い意味での偕楽園は今私の手の中にある地図の範囲。
でも広い意味ではこの辺りに庭らしき緑地帯はどこまでも広がっていて、だからその中を道路や鉄道が走っています。

案内板も順路表示も、無いわけではないけどかなり控え目。
もっと観光客の目線で考えて欲しいなあ、なんて、歩き疲れるに従って不機嫌になっていた私。
でも、人を受け入れないかと言えば、そうではない。
いつのまにかその中へ招き入れてくれていたのです。

広間には、軸と花、拝見物が残っていました。
私は心の中で一礼して、好文亭の薄暗い入り口に戻りました。

ちょっとだけ痺れた足に、靴の感触が新鮮で、足も心もすっかり元気になっていました。



[2008/06/08 21:32] 旅日記 | TB(0) | CM(4)

旅日記 偕楽園その1 

こんばんは
カエルの声が、一瞬止んで、また鳴き始めました。
何だか愉快です。

水戸の偕楽園に行きました。

駅前でバスに乗り、「偕楽園入り口」という停留所でバスを降りました。
しかし、どこにも「偕楽園こちら」という看板が出ていません。
周囲に、観光客目当てのお店のようなところも全く見られません。
間違えて降りたのかと思いましたが、そうでもなさそうです。

人に聞こうと思うのですが、車は通るのに、人は誰も通りません。
仕方なく交差点で待って、どこからともなく現れたおじさんに聞きました。
「偕楽園?それならここまっすぐ」
あたりまえのことを聞く、という顔です。

果たして住宅地の間の細い道を200メートルも行かないところに入り口はありました。
門といっても誰もいなくて、入場料とか、チケットとか地図を渡してくれる場所もありません。
昨秋行った後楽園が、外にも地図があり、厳重に囲われて、中にはいると一分の隙もない“庭園”という感じであったのと、随分違います。

「御成門」というその門を入ると、園内の地図がありました。
目の前は一面の梅林。
梅林は下草が伸びて、青梅がぽとぽと落ちています。
庭園というより、ほんとうの梅林です。

とにかく地図に示された順路を行くことにしました。

梅園を5分も歩くと孟宗竹の竹林、その向こうに鬱蒼とした杉林。
よくある庭園だと、竹の植え込みを見て竹林に来た気分、杉なら杉林に来た気分になれる、そういうものだと思っていましたが、
ここは本当に風の抜ける竹林、そして薄暗く涼しい杉林です。
とにかくスケールが違います。

で、ここまできて、はたと困りました。
矢印が3つ出ていて「好文亭」「好文亭表門」「吐玉泉」と3方をさしています。
そのどれがどんな所だかわかりません。
「好文亭」には、「好文亭表門」から入ることになっているのだろうと思うのですが、ちょうど反対方向を指しているのです。
正しい入り口から「好文亭」に入りたいと考えた私は「好文亭表門」から「好文亭」を目指すことに。

しかし、ここは偕楽園。何といっても広いのです。
それから結局20分くらいもさまよい歩いて、ようやく「好文亭表門」に着いたのですが、着いてみて初めて、それが偕楽園の入り口の一つであることがわかりました。
その頃すでに私は、砂利道や急坂道の上り下りで、結構へとへと。
庭内は高低差がかなりあるのです。
彷徨ううちに「吐玉泉」にも行き当たりました。
それは泉の沸き口に白い大理石をしつらえたものでした。
森のようになった中にあって、本当に旅で泉に出会った人のように、私は泉の水を手で掬って何度も飲みました。

そしてそこからまた引き返し、「好文亭」に向かったのでした。

「偕楽園」恐るべし。

続きはまた今度。




[2008/06/07 21:14] 旅日記 | TB(0) | CM(0)

お里の昔話 

おはようございます。
朝方、激しい雨がありました。
見慣れぬ鳥が3羽、目の前に留まっております。

しばらく家に閉じこもっておりますと、人の話が恋しくなります。
私にも好きな話というのがあるようで、何ということもないのですけれど、それを思いだして聞きたくなります。
もう何度も聞いた話なのに、それでも聞きたくて、母に話を無心いたしました。

いつかお祖母ちゃんのお里の昔話の時に聞いた、人のうちのご馳走を食べて歩く人、何て呼ばれてたんでしたっけ、「○○の熊」だったような気がしますが。
また教えてくださいませ。
どういう時にご馳走を食べて歩くんでしたっけ。
面白い話なので、大好きなんですけど、細かいところを忘れてしまって。

お尋ねの昔話をお聞かせいたしましょう。 
大きい楠のある村での本当にあったお話です。 
そこの秋祭りは、大きい御所車を引き、その前後には、家来や、大勢のやっこさんが出て、そのあたりでは結構大きいお祭りだったようではあったらしく、遠方からも人がきていたようでした。
続きは又にします。

私のおじ様はよく、したたれを着て其のぎよう列の中に参加もしておられたようです。
何と言っても私の一番の印象に残っているのは、奴さん達の槍振りでした。
長くて高い棒の先に飾り物が付いていて、奴さんの、あれわいさーのさ、と言う掛け声と共に次の人に投げられると、上の飾りが揺れる様と、投げる奴さんが、大またで進みくるりと振り返りざまに投げ渡すさまと、受け取る奴さんとの迫力が、何とも勇壮でとても好きでした。

それと、ご馳走が出て、さあ招ばれようとする頃になると決まってあらわれるのです。
そうすると「おお ただ、きたか。」と言われると上がりがまちに腰をおろし、大きいお茶碗に山盛りのお寿司を貰い、美味しそうに食べ、
今度は着物の懐を広げ、これえくれさいと言っていつも、もらって帰っていました。
お祭りには必ず来ていました。
皆は たちくまのただ と呼んでいたようです。

資料を作りながら、ママの昔話を何回も読んでは慰められてました。ありがとう。

私の昔話がおやくにたったようで、よろしゅう御座いました。
又良いお話があればお聞かせしましょうね。

[2008/06/04 12:36] 思い出 | TB(0) | CM(0)