なたね梅雨 

こんばんは
今日も雨でした。
草の中のホトケノザの色。

礼子さん、お元気ですか。
こういう優しい雨が降ると、なんとなく西荻のお宅の玄関前のたたずまいを思い出します。

学生時代、しょっちゅうお邪魔していました。
一人暮らしって言っても、さびしくなったらすぐに遊びに行っていたのでした。

礼子さんがね、
ここさんって紙で出来てるね、って言ったの覚えてる。

雨の日は遊びに行かないから。
学校にも行かなかったのかも。

お元気ですか。
私はまた春休みに入りました。

永久の春休みです。
私は、あの頃からずっと、春休みみたいに暮らしています。

雨がやんだら、また遊びに行きますね。



[2009/02/27 22:08] 思い出 | トラックバック(-) | CM(0)

ユリオプス・デージー 

こんにちは
窓からの風に、ほんの少し、ローズマリーの匂いがまじっています。
また曇ってきました。

庭の、ここからよく見えるところに、ユレオプス・デージーの黄色い花が満開です。
この花は、娘の保育園への道の途中に咲いていた花です。

思い出せば、あの頃が一番必死だったかも。
職場に復帰して、3ヶ月くらいで、似合わない役もいただいて。
今考えたら、その仕事も十分出来てなかったと思います。

行き帰りの電車の中だけが、自分の時間だと思ってて、乗るとすぐに何かを初めていました。
雑誌や本を読んだり、日記をつけたり、献立を立てたり。
献立を立てるなんて、立派な専業主婦がすることだと思っていたけど、それは違ってて、あの頃は1週間分の献立を立てないではいられないほど忙しかったのでした。

職場から駅までを走って、駅からまた保育園まで走っていました。
本当は、そんなに走らなくてもよかったのかもしれません。
もう、何から何までよくわからない慌ただしさの中で、
保育園までの小径の途中の、畑の角の所に、この黄色い花が、いっぱいに咲いていて、根元はもう木のようになっていて、あたり一面。
走り過ぎながら、ああ、今日も咲いてるなあって。

日に日に夕暮れが早くなる帰り道。
うさぎ組のテラスの前の低い手すり。
字の読めない子ども達のために下駄箱につけられたマークとか、
先生からの、お誕生日のプレゼントの折り紙のネックレスとか、
いろいろなものと一緒になって、この黄色い花が脳裏に浮かびます。

何年か前に、苗を見つけて、庭の角に植えました。
それが今、たくさんの花をつけています。
今年はもう、あのころ畑に咲いていたのと変わらないほどの大きさになりました。

この黄色い花のそばを、若い私が走りすぎて行きます。
そして私はきっと、まもなく戻ってくるのです。
幼い子と手をつないで、泣きそうで、でもとても楽しそうに笑いながら。


[2008/11/02 12:51] 思い出 | トラックバック(-) | CM(2)

おとぎ話 

こんばんは
廊下が、暗くてひんやりと感じられる夜です。

昨日、拙い論文を提出して、今日はまだその疲れの中にいます。
眠ればいいのでしょうが、何だかごそごそと休めないまま過ごしています。
貧乏性なんでしょう。

むかしむかし、千葉のとある大きな遊園地の一角に、ティーチャーズルームという部屋がありました。
その部屋の入り口は、それと知らなければ気付かないようなところにありました。
そこは名前のとおり、修学旅行の引率でやって来た教員のための部屋でした。

中には、ブルーグレーの柔らかいソファーがぐるりと置かれていました。
他に装飾のあまりない部屋でした。

その柔らかいソファに座ると、魔法のように、みんなとても眠くなりました。
どの人も眠くて仕方がないようでした。
でも、みんな我慢して身体を起こし、じっと目を閉じていました。
なぜなら、そこへはいる前に、まるで昔話の中の言いつけのように、

決して横になってはいけません

と言われていたからです。

あまり話す人もなく、誰もがただ座っていました。
一人が耐えきれなくなって、その悪い誘いのようなソファに崩れるように身を横たえました。
他の皆が無表情のまま、ゆっくりとその人の方を見ました。

まもなく、きれいなお姉さんがやってきて、何かをささやいて帰っていきました。
彼が仕方なくゆっくりと起き上がりました。

また別の誰かが崩れるように横になりました。
するとまた、きれいなお姉さんがやってきました。

誰もがみんな疲れ果てていて、
何か分からない理不尽とか、悲しみとか、そういうものは何もないのかも知れないとか、
感じることも、考えることも、声をあげることもできずに、ただじっと、柔らかいソファに無理に身体を起こして座っていました。

何度目かの時に、遊園地の中のその部屋はもう無くなっていました。

全部が、夢だったのかも知れません。




[2008/09/27 21:43] 思い出 | トラックバック(-) | CM(0)

お里の昔話 

おはようございます。
朝方、激しい雨がありました。
見慣れぬ鳥が3羽、目の前に留まっております。

しばらく家に閉じこもっておりますと、人の話が恋しくなります。
私にも好きな話というのがあるようで、何ということもないのですけれど、それを思いだして聞きたくなります。
もう何度も聞いた話なのに、それでも聞きたくて、母に話を無心いたしました。

いつかお祖母ちゃんのお里の昔話の時に聞いた、人のうちのご馳走を食べて歩く人、何て呼ばれてたんでしたっけ、「○○の熊」だったような気がしますが。
また教えてくださいませ。
どういう時にご馳走を食べて歩くんでしたっけ。
面白い話なので、大好きなんですけど、細かいところを忘れてしまって。

お尋ねの昔話をお聞かせいたしましょう。 
大きい楠のある村での本当にあったお話です。 
そこの秋祭りは、大きい御所車を引き、その前後には、家来や、大勢のやっこさんが出て、そのあたりでは結構大きいお祭りだったようではあったらしく、遠方からも人がきていたようでした。
続きは又にします。

私のおじ様はよく、したたれを着て其のぎよう列の中に参加もしておられたようです。
何と言っても私の一番の印象に残っているのは、奴さん達の槍振りでした。
長くて高い棒の先に飾り物が付いていて、奴さんの、あれわいさーのさ、と言う掛け声と共に次の人に投げられると、上の飾りが揺れる様と、投げる奴さんが、大またで進みくるりと振り返りざまに投げ渡すさまと、受け取る奴さんとの迫力が、何とも勇壮でとても好きでした。

それと、ご馳走が出て、さあ招ばれようとする頃になると決まってあらわれるのです。
そうすると「おお ただ、きたか。」と言われると上がりがまちに腰をおろし、大きいお茶碗に山盛りのお寿司を貰い、美味しそうに食べ、
今度は着物の懐を広げ、これえくれさいと言っていつも、もらって帰っていました。
お祭りには必ず来ていました。
皆は たちくまのただ と呼んでいたようです。

資料を作りながら、ママの昔話を何回も読んでは慰められてました。ありがとう。

私の昔話がおやくにたったようで、よろしゅう御座いました。
又良いお話があればお聞かせしましょうね。

[2008/06/04 12:36] 思い出 | TB(0) | CM(0)

先帝祭 

おはようございます。
5月になりました。
5月生まれのせいでしょうか、1年で一番気持ちのいい月だと思っています。

先帝祭のニュースを小耳にいたしました。
先帝祭と聞いただけで、長く暮らしたあのちいさな町でのいろいろがよみがえってきます。
転勤族の子であった私にとって、故郷と言える場所はここくらいなものですけれど、
親戚がいるわけでも無し、もう何の関係もない遠い町になってしまいました。

思い出すことのほとんどが、ぼんやりとしています。
お友達が、あのお祭りで外八文字を描いて歩いたという話。
学歴よりも踊りの名取がお見合いの釣書になるという話を子供心に聞いたような気がいたします。
見かけも、人の気持ちも、古い古い町の思い出です。

あの先帝祭のお行列に、平安時代の装束を着た父が入って歩いたことがありました。
その時の写真が今も実家の書院の隅に立てかけてあります。




[2008/05/01 08:51] 思い出 | TB(0) | CM(0)

春愁 

こんにちは
春のいいお天気です。
明るくて、遠くでひばりの声も聞こえます。

こんなに陽ざしが明るくて、お友達はみんな元気でやる気に満ちてて。
悩みの無いヤツはいいなあ。
自分は、どうしてもそんな気分になれない…。
                          
「うらうらに照れる春日にひばりあがり 心かなしも独りし思へば」

ああ、大昔っから、若者は春愁なのです。

そうそう、こういう感じはいかがでしょうか。                       
目の前を花が散ってゆくのでもあるし。

「あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ

ひとりなる
わが身の影をあゆまする
甃のうへ」

ああ春愁。
皆さんも、人知れず深く人生を悩んでいらっしゃるのでは。

そういう人はね、今日、家帰って、何でもいいからちょっとがんばってみてごらん。
夢中になってやれたら、さっぱり飛んで行っちゃいますよ、それ。

春愁っていうくらいだからさ、やっぱりこの季節の生理現象なのよねー。
はははー。

てなことを、授業中に言ったりしていたごきげんな私を思い出してしまいました。


さまざまなこと思い出す桜かな 芭蕉



[2008/04/14 15:49] 思い出 | TB(0) | CM(0)

ホットケーキの思い出 

こんにちは
朝は雪だったのに、今はもう晴れています。

家にじっとしていると、ホットケーキが食べたくなりました。
二段重ねの上にバターがたっぷりのったホットケーキ。

学生時代、短い間でしたが、歴史の本を書かれる先生のお手伝いをしたことがありました。
毎日、大学の近くの建物に行って、表から人の名前を探して数えたり、何か切り取って貼ったりしました。
私より前から同じ仕事をしていた彼女は芸大の院生でした。
部屋には、大きな応接セットが置かれていて、高い位置からカーテンがさがっていました。
先生は時々来られるだけでした。

その部屋には、もう一人、別の仕事をしている大人の人がいました。
校正の仕事をしているそうでした。
ご主人が亡くなったのでこの仕事をしているとおっしゃっていました。
窓を背に、一日大きな机に向かっている彼女は、寂しそうでも、困っていそうでもなくて、
静かで淡々として、きれいでした。

私たち3人は、お昼休みによく、大学のカフェに行きました。
みんな決まってホットケーキを注文しました。
全部は食べられないって思うほどバターがたっぷりのっていました。
カフェはいつも人がいっぱいでした。
中二階の席のそばには、鋳鉄の唐草模様のような格子がついていました。

彼女が、ホットケーキに添えられたたっぷりのバターを、何事もない様子で全部食べてしまうのが、似合わなくて、いつ見ても意外で、楽しくて、大好きでした。

カフェの帰りに、3人で大学の古い建物の中にあるプールを見に行ったこともありました。
それから後、そこを通るときは、プールのある辺りを横目で見て通りました。

芸大院生の彼女は、歩きながら私に、「考えることが大事だと思った」ことについて、熱心に話してくれました。

大きな木が多くて、散歩によい大学でした。

今ではもう、その時の、何が本当にあったことなのか、そういう日々が本当にあったのかどうかさえ、わからなくなってきました。

ただ、今でも、ホットケーキには、バターがたっぷりのっているのがいいと思うのです。





[2008/02/07 19:01] 思い出 | TB(0) | CM(2)

ストーブにお鍋を 

こんばんは
少しあたたかい夜です。

ストーブの季節になりました。
ストーブをつけると、いつも「お鍋をかけよう」と思います。

もう5年も前になりますが、
娘が学童保育になじめなくて困ってるって、何かの時にちょっと話したのです。

私が行ってあげましょう

それまでそれほど親しかったわけでもないのに、
それから毎日、娘に「おかえり」って言ってくださるためだけに、
‘とくまささん’が、少し離れた私の家まで来てくださることになりました。

とくまささんは、もみじマークをつけた紺の軽自動車で、ほとんど毎日来てくれました。

おかえりなさい。
今日はね、お友達と遊んでおいででしたよ。

病院でボランティアをする人に聞いてみましたらね、
一時間500円だそうです。
私もそれと同じだけいただくことにしましょう。

それからは、毎月新聞に入ってくるカレンダーに、来られた日だけ小さな丸をつけてあるのでした。

家事をお願いしたわけではなかったので、散らかったリビングはそのままでしたけれど、よく見るといつも何か少しだけ変わっていました。
フライパンがぴかぴかになっていたり、
子どもの好きそうな絵が壁に貼ってあったり。

おかえり。
ほらこれ、面白いでしょ。
見るとモップのついたスリッパを履いてらしたり。
たぶん、掃除をしたくなるような部屋だったのだと思います。

おかえり。
今日は一緒にお米をとぎましたよ。

戦争が終わって、私らは満州から引き揚げたんですよ。

小さい頃、母から時々聞かされていた引き揚げの人たちの話が、とくまささんに重なりました。
生活は大変そうだったけど、田舎から出たことない私たちと違って何か素敵だったよ。

冬になると、日が短くて、仕事を終えて家に帰る頃には、もう外は真っ暗でした。
あの頃の、日暮れの時間の情けなさを思い出すと、今も泣きたいような気持ちになります。

ある日帰ってみると、ストーブにお鍋がかけてありました。
お鍋の中には皮のままのジャガイモがごろごろ入っていました。

いつのまにか娘も4年生になっていました。
犬のキトリが我が家にやってくることになりました。

もうそろそろ、私はいなくてもよくなりましたよ。

それからまもなく、ご病気になられたのを、私たちは少しも知らずにおりました。
亡くなられたという連絡もなくて、でも偶然に友人が気づいて知らせてくれて、最後にお別れができました。
娘にもう一度会いたいって思ってくださっていたから、そんな不思議なことがあったのだと思います。

とくまささんには、娘に「おかえり」って言っていただくためだけに来ていただいていました。
そう思っていたけど、毎日、あの楽しそうな声で「おかえり」って言ってもらっていたのは、私もおんなじでした。
そんなことにさえ気づかないような私だったのだと思います。

おかえり。
寒かったでしょ。
ほら、こうしてるだけでね、じゃがいもがすぐ食べられる。



[2007/12/26 01:05] 思い出 | TB(0) | CM(0)

もみじ 

こんばんは
急に冷えてきました。
明日の朝は、今までで一番寒い朝になるそうです。

お昼間、ストーブの部屋からふと見ると、ガラス窓のところにもみじの落ち葉が吹き寄せられていました。
赤くてきれいな形をしています。

そういえば、ずっと前に、いただいた入浴剤の中に、ちょうどこんな風なもみじの葉っぱが入っていました。
それはプラスチックのもみじでした。
入浴剤で白く濁ったお湯の上に、そのプラスチックの赤いもみじが浮かぶのです。

入浴剤は一日限りでしたけれど、もみじの葉っぱは、洗って何回か使いました。
高い位置に窓がある狭い浴室の、ステンレスのお風呂に、赤いもみじの葉っぱが浮いていました。

そんな子供だましなものが、どうしてそんなに気に入ったのか、今となっては忘れてしまいました。
湯船に浮かぶ似せもののもみじを、いいなあと思ったのを確かに覚えています。

ガラス窓を開けて、もみじ葉を拾いました。
その辺りを探して、他にも何枚か拾いました。

今夜これをお風呂に浮かべたら、あの頃の気分を思い出すでしょうか。




[2007/12/04 22:58] 思い出 | TB(0) | CM(4)

濡れて歩く 

おはようございます。
雨が降り続いています。

私は今、雨のかからない家の中にいます。
乾いた服を着て、窓から雨を眺めています。
そのはずなのに、何となく私の身体の中に雨が入ってきて、
私は静かに濡れてゆきます。

夕方、外に出てみると、土砂降りの雨になっていて、
傘のない人たちが、何人か途方に暮れていることがあります。
自分もその人たちにまじって、軒下に立っています。
私は、朝、母が持たせてくれた傘を持っていました。

私は、名前を知らない人に、「どうぞ」と傘を差し出します。
その人は、すこしだけ驚いて、やがてその傘を差して道路へと出て行きます。
しばらくその人の後ろ姿を見送ってから、私は反対方向へ歩き出します。

私は次第に濡れてゆきます。
髪の間に、雨がしみこんできて、頭が冷たくなります。
歩くたびに靴の中がぐちゅぐちゅと鳴ります。
セーラー服が、ずっしりと重くなってきました。
そのうち、服の中までぐっしょり濡れて、冷たくて、少し寒くなって。
家は遠くて、ずいぶん歩かなければなりませんでした。

濡れ果てて家に着く頃、私はなぜか、顔をあげて歩いていたように思います。
あの時の、目の前を降る雨の筋が今でも見えるように思うのです。

どうしようもないほど濡れて帰ってきた娘。
ちょっと笑いながら「困ってる人に貸した」って言う。

叱られた記憶はなくて、次の日、すっかり乾いた制服を着てゆくことに、何の不思議も感じていませんでした。

あの頃、そういうことが、何回かありました。

雨の中の、遠い記憶です。







[2007/07/04 11:28] 思い出 | TB(0) | CM(0)

自転車に乗って 

こんばんは
降りそうで降らない一日でした。


親戚の家に海水浴に行ったときのことです。
花火大会があるというので、それぞれ自転車にのって行くことになりました。
その時はみな学生で、六人いました。
全員分の自転車を何とかそろえて出かけました。

走り出してまもなく、私の自転車がこわれてしまいました。
長い間使っていなかったものだったらしくて、どうしようもありません。
いとこのしんちゃんが、後ろに乗せてくれることになりました。
しんちゃんは、わたしより三歳年下です。

私を後ろに乗せて、しんちゃんは自転車をこいで行きました。
花火大会は、一山越えたところにある港であることになっていました。
坂道でした。
舗装された広い道だったけれど、街灯もなくて真っ暗でした。

気の毒で、何度も「重いでしょう」と言いましたが、
しんちゃんはそのたびに「何ともないよ」と答えて、本当になんでもなさそうに皆と同じスピードで進んでいました。

自転車をこぎながら、学校に行きたくなくて、自転車をこいでいたら、知らないうちに日本海の町まで抜けてしまったことがあるという話をしてくれました。
夜になって、真っ暗になって、困って交番に行ったそうです。
今日のように、真っ暗だったのだろうと思いました。

その夜、もう一人のいとこが怪我をして大騒ぎになりました。
医者が遠くて連れて行けない、そんな田舎の海の町でした。

そんな騒ぎがあったのに、今も鮮明に覚えているのは、話に聞いただけのはずの、暗い日本海の町の、ぽつんと明るい交番にいるしんちゃんの姿です。
記憶の中のしんちゃんは、無言で、じっと迎えを待っています。
自転車を漕ぎながら、面白そうに話してくれたのに、何かが悲しくて悲しくてなりませんでした。

しんちゃんはその後、競輪の選手になって、みんなをびっくりさせました。
それを聞いたとき、彼には自転車に乗ることが必要なのだと思ったのを覚えています。

今日、ふとしんちゃんのことを思い出しました。
しんちゃんは、数年前、沖縄の海で亡くなりました。

風と陽ざしを受けて光る、細い銀糸のような自転車の車輪。







[2007/06/18 23:41] 思い出 | TB(0) | CM(4)

かくれんぼ 

こんにちは
今日は曇りです。
ゆすらうめが食卓に活けてあります。
明るい緑の葉に隠れるように、赤い実がたくさんついています。
まるで、かくれんぼの子供達みたいに。

あなたのかくれんぼの思い出、どんなのですか?

早く隠れなくちゃって焦る時の気持ち、今でも焦ると同じです。
すばやくあたりを見回して、誰も思いつかない所を探して一人で走って行きます。
うまく隠れると、その思いつきが嬉しくてなりません。
姿が見えないようにって、こっちが目をつぶって待ちます。
誰の声もしなくなって心配になっても、じっとしてなきゃって自分に言い聞かせて。

鬼になった時は、早く数え終わりたい気持ちを抑えて、できるだけゆっくり数えます。
壁のセメンの匂い。
それなのに、数え終わってふりかえると、だあれもいなくて。
かなしくて、放り出して家に帰りたくなっても、探さなくてはいけません。

かくれんぼは、子供には難しい遊びですよね。

隠れることに一生懸命になりすぎる子供は、永久に見つけてもらえません。

さっさと見つかってしまった友達の、やたらあっけらかんとした明るさ。
隠れている茂みの草のちくちく。
急に暮れてくるあたりの静かさ。

そして、見つかったときに備えて、泣いたりできないこと。







[2007/05/29 16:28] 思い出 | TB(0) | CM(2)

机 

こんにちは
今日はちょっぴり曇り。

あなたには、ご自分の机がありますか?
私の今の机は、けやきの古い勉強机です。
学生時代に、お茶の先生からいただいた、息子さんの机です。
50年以上は前のものだと思います。

右袖は、一番下が引き出しですが、上部分は、はね上げ扉になっていて、中は、仕切り板がついた書棚です。
おなかの引き出しは二つ。
どちらにも古めかしい小さい鍵穴がありますが、もう鍵はありません。
天板にも引き出しにも、手垢やしみがたくさんついています。
頂いた時には、引き出しの中に幼い字の落書きがありました。
小学校入学の時に購入されたのでしょう。
大人の私にさえ大きな机。
これから、この机に向かってたくさんの時間を過ごし、やがて一人前になっていく息子の、その長い時間への思い。
長い長い年月を経ているのに、厚い天板も、木の引き出しも、少しもゆがんでいません。
勉強机の、強い正しさが、全体から感じられる、そんな机です。

今、机の前の壁には、今年の母の日に娘からもらったカードが貼ってあります。
横の壁には、高校生の時から飼っていた猫のユキちゃんの写真が掛かっています。
ホールインワン記念の地球儀のついたブックエンドには、20年前の日付と見知らぬ人の名前がはいっています。
小さい木の本棚。
これから読む本と、今読んでいる本が置かれています。
人が、長い時間をかけて考えたことが書かれた本。

家族との長い時間と、見ぬ人の長い時間。

気持ちの良い初夏の風が、ここまで届いています。








[2007/05/23 17:22] 思い出 | TB(0) | CM(4)

れんげ 

こんにちは
花冷えの夜です。
梢の一番先まで花をつけて、そのまま木全体が、凍りついたように見えています。部屋に、名残のストーブを焚いています。

家族の掲示板に、母から。

「今日は良く晴れていて、昨日行った花のとんねるのピンク色が良く見えています 色々と楽しかったです。居間からお外の風景を眺めながら、ゆっくりとしています。前の赤い椿の垣根がゆらいでいるので結構風があるのでしょう。
 今年の桜も一番良い時に一緒に見られてほんとに良かったですね 

 二人での散歩道も桜並木になっていてなかなかよろしいですよ
土手の下の農道も又宜しくて、今年はれんげ田が、所々あって、小さい時あの中で転がりまわった事など思い出されます。あの方は、うさぎの餌に毎日苅っていたそうです。」


夕方のお散歩は、れんげの咲いているところへ行きました。

転校して間もない日の帰り道、れんげの花があんまりたくさん咲いているので、嬉しくなって、ランドセルのままれんげ田に入りました。
その時、ことばが違うといって、男の子たちが私のまねをしてからかっていたけど、すこしもいやではなくて、そうか、そう言わないんだなあって思いながら、一生懸命れんげを摘んでいたのを覚えています。

仲良し三人になると、よく仲間はずれにされていました。
子どもの私は、それがあまり、つらくなかったように思います。
もしかすると、私は「ひとり」に強いのかもしれません。

そういえば、思いあたることがあります。
出産の時、夜更けに陣痛で入院したのですが、当直のたった一人の看護婦さんが新米で、規則ですからといって、朝になるまで家族を入れてくれませんでした。
小さな産院の、真夜中の静かな病棟にいたのは、私一人だけでした。
どこか離れた部屋に、その看護婦がいるはずでした。
陣痛が起こるたび、私は、その時刻を紙に書き留めました。
今見ると、その時の字はひどくゆがんで、列もゆがんでいますが、その時の私は冷静で、さびしくもつらくもなくて、一人でいることが当たり前でした。
たぶん、誰かにそばにいて欲しいということを、思いつかなかったのだと思います。

この先、何か大事なとき、私はまた、誰かにそばにいて欲しいということを、思いつかぬまま、一人でいるような気がします。
そしてそのことが、さびしくもつらくもないのだろうと思います。

れんげを少し摘んで帰ることにしました。



[2007/04/05 23:12] 思い出 | TB(0) | CM(4)

帰り道 

こんばんは
家の前の桜が三分咲きです。

夕方の、まだ明るい時間、バイパス、高速と運転して帰ってきました。
周囲に人もなく、建物もない車だけの道がずっと続きます。
それも通い慣れた道になりました。
スピードが出ているので、運転に集中していると思います。

でも、そんな帰り道、時折、忘れていたずっと以前のことが、ふっと浮かんでくることがあるのです。

学生時代の下宿の窓からの眺め。
桜の木がありました。
お隣の4階建てアパートの広い芝生とやさしい竹藪。
手作りの小花模様のカーテン。
カラーボックスの上の電話機。

電話を待っていたこと。
もう掛かってくることはないって、わかってた。
我慢して我慢して、こちらからは掛けなかったこと。

箱のふたをきっちり閉めて、取り出してみることのなかった思い出。

何処にいるのか、今はいつなのか、分からなくなってしまいそうな道路を、運転して家へ帰る私。

よくがんばったね、若くて幼かった私。
ちょっと泣きそうになる。

向こうに、料金所のゲートが見えてきました。



[2007/03/28 23:07] 思い出 | TB(0) | CM(2)

手乗り文鳥 

おはようございます。
今朝、ほんの一時、ちらほらとみぞれ雪。
見上げると、空はとても明るい春の空でした。

この頃、ひよこ草があちこちに元気よく生えてきました。
見るからにやわらかそうな明るい緑色の草です。
ひよこ草を見るたび、以前飼っていた、白い文鳥のことを思い出します。
野の匂いがするだろうかと、時折これを鳥かごに入れてやっていました。
野の匂いなど知るべくもない、生まれてまもなく家に来た小鳥でしたのに。

なるべく外の風にあててやりたくて、仕事のない日など、鳥かごをよく外に吊しておりました。
機嫌がいいと、よく鳴いてくれました。
彼女は、生まれてまもなくの時、
「お仕事されていると“手乗り”にはなりません」と言われてしまった、そんな我が家に来てくれたのでした。
つがいで飼うつもりだったのに、
「文鳥は、よほど気に入った相手とでなければ傷つけあって死んでしまう」
とも言われて、一羽だけでやって来たのでした。

手乗らぬ文鳥。

いつしか、私が籠の中に手を入れると、寄ってきて、ついと指に乗るようになっていたのが、なつかしく思い出されます。


[2007/03/06 10:09] 思い出 | TB(0) | CM(2)

春の景色 

こんばんは
毎日あったかくて、もう本当に春!

今日、大学のキャンパスの広々した道を歩いているとき、
突然、春ってどんなだったか、思い出しました。

なんとなく、これからいいことありそう、というあの春の感じです。

小学校高学年の頃住んだ家の前に、幅3メートルくらいの、流れのはやい小川があって、川の向こうが車道、こちらが歩道になっていました。
私が思い出す春は、いつも、小学生の私がこの川のそばを歩いているところです。
きっと、ぼんやりしてても安心の道だったのでしょうね。

あなたが思い出す春は、どんなのでしょう。
そばにいて、そんなお話を聞いていたいです。



[2007/02/07 21:11] 思い出 | TB(0) | CM(2)

豆撒き 

こんばんは
今日は節分ですね。
豆まき、なさいましたか?

思えば、学生時代の下宿でも、必ず豆まきをしていました。
ひとりの豆撒きです。

いるともいないとも知れない鬼。
その鬼が、この小さい部屋から出て行くようにと、寒空のもと窓を開け、
ただ一人、夜の虚空に向かって、「鬼は外~、福は~うち~」という利己的なセリフを口にする。
心細いことこの上ありません。
頼りは、豆の威力を信心する自分?
いいえ、あの頃も、鬼を追うのがかわいそうで気が引けていました。
ただ、自分の中の何かを、試されるような気がしていたのを覚えています。

今、豆撒きは、娘が中心の行事になりました。
そして私は、娘のために豆まき世界を演出する母です。
もう、ひとりの時の心細さはなくなりました。
それって、想像世界の維持という、しんどい仕事を半分放棄し、放棄した分を娘に負わせているのかも。

今日は月がとてもきれいな晩ですね。
明日から春です。
[2007/02/03 21:46] 思い出 | TB(0) | CM(0)