祈る:豪雨災害に寄せて 

こんにちは。
晴れて、とても暑い日になりました。
今日も、広島のテレビ画面には、外枠が設けられて、絶えず豪雨災害関連の情報が流れています。

そんな中、中道郁代さんのリサイタルに行きました。
災害に遭われた方々への、心からのいたわりの言葉が述べられ、演奏会は始まりました。

ショパンづくしのプログラムです。
演奏する前には、曲毎に、
その曲の書かれた時代と、その時のショパンについての説明がありました。

ショパンが生きていた頃には、ポーランドという国は無かったこと。
祖国のリズム、祖国の踊り、祖国の誇りを曲に書き込んでいること。
若くして国を出て以来、二度とその土を踏むことは無かったこと。

中道さんのお話も演奏も、人の哀しみへの深い共感に満ちていました。

圧巻の演奏会でした。
プログラムは全て終わり、アンコールになりました。

「この曲は、明るい調子の長調なのですが、なぜか哀しみに満ちた曲です。」

説明はたったそれだけ、
曲名も告げられないまま始まった曲は、
「別れの曲」でした。

それは不思議な感覚でした。
音楽が流れている演奏会の会場に、目に見えないたくさんの方々の、お別れの挨拶を感じたように思いました。
たくさんの方の魂が、静かに、ここを分かれて、離れてゆくのです。
きっと、この災害で亡くなられた方達です。

私は涙ぐんでいました。
被災もなく、家族も皆無事であった私。
災害は人ごとで、悲しいことも何もないと思っていました。

ああ、私は、こんなにも悲しんでいたのでした。
何もできなくて、何もしないでいた私。
悲しむことさえできなかった私。

会場を包み込む優しく、少し明るいメロディー、
それはただ、「祈り」でした。

短い曲は、まもなく終わりました。

別れの余韻が、しばらく会場に漂っていました。

ただ「祈る」こと。

こんな風にピアノを弾くことはできない私の、
私の「祈り」を、祈りたいと思います。



[2018/07/17 12:59] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

今を活ける 

こんばんは。
夜になって、ようやく暑さが和らいできました。

豪雨災害から1週間が経ちました。
今も、安否確認の連絡が続いています。

両親の家に参りました。
おかげさまで、両親の家も無事でした。

玄関の床に、白い桔梗、秋海棠などが、竹籠に素敵に活けてあります。
きっとお庭に咲いた花です。

あれ?
これ、みんな秋のお花です。
母ったら、今は夏だから、夏の花を活けたほうがよいのではないかしらん。

いえいえ、
この花たちの季節は、今。

私の思う「夏」に、お花の方をあてはめなくたっていいのです。
秋のお花を活けたら、「秋」というわけでもでもありませんしね。

ただ今を活ける。
それで良いのだと、思い直したことでした。




[2018/07/14 21:31] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

梅雨晴れ間 

おはようございます。
実家からお仕事に向かう電車の中です。
梅雨晴れ間、空は真っ青、濃い青色です。

休耕田の向こうに、木槿の白い花が見えています。
すっかり傾いた農業小屋。
カンナの一群も見えます。

青田の中の小道に、ぽつんと小さな古い石の鳥居があります。
小さな鎮守の森と社。

遠くに海が見えてきました。

ここらは、6年生の時、遠出して冒険したあたり。
一面蓮畑だったところに大きな道が通り、広い青田だったところに家が建っても、すぐにそれと分かります。

見慣れた島影。
島の名前は「満珠」と「干珠」です。
とがった方が干珠です。

思い出の場所は、今の姿がどんなに変わっても、きっとここがその場所だと分かるのだと思います。

満ちる珠、干る珠のお話の頃の、
古い古い神話の時代の人が、今もしここに来たとしても、
ああ、ここは私のふるさとだと、きっと。



十四番山笠愛と勇気のアンパンマン     ここ





[2018/07/12 09:23] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

スコールの街角にて 

おはようございます。
福岡は昨夜からすごい雨です。
こんな日はお休みになると思って、グズグズしていましたけれど、
どうやら電車も動いているので、しかたなく家を出ました。

視界は雨で真っ白。
傘に当たる雨の音しか聞こえません。
どどどどど。

足元の、小石で舗装した街のおしゃれな歩道に、小川みたいに水が流れています。
ええ?、水を通す機能があったはずでは。

歩けるところがないから、車道との境の縁石の上を、平均台みたいに歩きます。
結構いけます。
そんなことしてるのは、私だけ。なぜ?
年齢十分な私ではございますが、おほほほほ。
おっとっと。

縁石が途切れて、
ああ、こりゃ水の歩道を行くしかありません。
水は透明できれいだし、
ええい、と歩道に降りました。

あらまあ、これは、小川の浅瀬を行く気分です。
夏川をこすうれしさよ手に草履(蕪村)
なんちゃって。

前を行くきれいな女性の足、サンダル履き。
こんな時はサンダルのものですねえ。
私の持ってたサンダル、じゃまな後ろの紐を、ハサミで切り落としちゃったから、今ではヘンなつっかけだしなあ。

地理の教科書に載ってたスコールの写真。
緑の中、みんな雨宿りしていた
インドネシアの人、いいなあ。
こんなすごい雨の中、仕事に出かけてる私たちって、どこかおかしいんじゃないかしらん。

紺の合皮の靴の中に、水がたまって、ぐじゅぐじゅ。
子どもの頃、こんなになることあったなあ。

雨全然やみません。



[2018/07/06 09:09] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

地震予知 

こんにちは。
福岡はまた激しい雨になりました。

福岡のお部屋に、オジギソウを買いました。
100円。

とても小さい苗なのに、名前のラベルがちゃんと差してあります。
裏に育て方。

「 オジギソウ

ブラジル原産の額完成多年草ですが、通常は一年草として栽培されます。
水はけのよい土壌で栽培し、1ヶ月に一度程度、緩効性肥料を与えます。
水遣りは表面の土壌が乾いたら与えてください。

開花は晩夏から、紫色の房状の花をつけます。
地震を予知する能力もあるようです。

なぜおじぎをするかを調べてみるのも面白いでしょう。  」


地震予知!!
きっと、とても小さなお知らせですね。


陶枕や博物館の長き昼     ここ




[2018/07/05 10:46] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

ピクニック 

おはようございます。
大雨で電車が遅れています。

電車は、信号待ちで停車中。
車内の人々は、みんな思い思い、
のんびり過ごしています。

こっそり、さくらんぼを一つ、いただきました。
お弁当のデザートの予定でしたけど。

あ、美味しい。

車内は冷房が効いて、少し風があって、いい気持ちです。
小さな水筒には、熱いお紅茶が入っています。

私はピクニックです。


大楠の夏木となれり地よ空よ   ここ





[2018/06/29 08:30] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

見て見て 

こんばんは。
ご無沙汰してしまいました。
お元気でいらっしゃいますか。
九州は早くも梅雨入りだそうです。

先日の木曜日、母が福岡に遊びに来てくれました。
たまたまお仕事が少ない日になったので、ぜひにとご招待したのです。

博多駅に迎えに行きました。
そしてそのまま、太宰府の九州国立博物館へ参りました。
黒田家の茶道具の展示、行きたいなあって話していましたから。

母と美術館に行くのが大好きです。
美術品を見る時の母は、いつもに増して感激屋さんで、その感動が伝わってくるからです。
私も嬉しくなります。

お茶道具のことなんかを、小声で話しながら見てゆきます。
とても楽しい。
特別展は、「ビュールレコレクション」という印象派の絵画の展示。
有名な絵がいくつもいくつも。
私たちは、疲れてしまうことを心配して、早足で回りましたが、それは素晴らしいものでした。

すっかり良い気分になってきた二人、
ミュージアムショップでお土産のお買いもの。
そして、博物館のカフェでお茶です。
私は紅茶、母は白桃のパフェ。

それから太宰府天満宮へ。
天満宮の菖蒲園はとても立派なのです。
満開まであと少しというところ。

母は、これにもまた感激です。
二人でたくさん写真を撮りました。
母は、紺色のニットがよく似合ってきれいでした。

本殿に参拝。
お賽銭、母はこの頃100円はやめて、50円にしたのだそうです。
5がつく方が良いんじゃないかしらんって。
それで私も50円にしました。

おみくじは「吉」。
母は、「吉」なのに今まででとてもいいって大喜び。
実際に、母が読み上げてくれたおみくじは、良いことばかり書かれていました。

市街地に移動して、ホテルのレストランで遅いお昼。
そしていよいよ私の部屋に。

一緒に、古いビルの階段を上がりました。
階段を上がりながら、私ったら、もう嬉しくなってきました。

今のお部屋、住み始めて半年にもなるのに、まだ引っ越しの雰囲気が残ってて、
それでも私は、今度のお部屋を、母にただ見てもらくて。
可笑しいですね。
見て見てっていう幼い時とおんなじ気持ちなんでしょう。

ね、ほら、パパの絵がかけてあるでしょ。
パパが守ってくれてるの。

ママが上げた掛け軸、ここにぴったりじゃないの。
パパの絵とママの軸で守ってるのねー。

見て見て、ここ温室みたいだから、観葉植物がどんどん大きくなってきた。

まあ、ベランダもちゃんとあって。
広いより、暮らしやすいのが一番よ。

何でも褒めてくれます。

ソファに並んで座ります。

朝からずっとパパの噂ばなしばかりしているのに、お電話忘れてたと言って電話をしました。
二人とも留守番の父と話しました。

娘が私のお誕生日にくれたメッセージカードを見せました。
濃いピンク色の大きな封筒入りです。
泣かせる文面に、大人になったねって。
あらら、二人で涙ぐんだり。

夕方が近づいて来ました。
そろそろ時間です。

少し早めにお部屋を出ました。

年をとると、何でも早めにしないとね。
あなたもそうしなさいね、もういいお年なんだから。

切符は買ってあるそうです。
自由席です。

こだまは指定先の方がずっと座席が良いから、
指定席に変更してきてあげる。

いい、いい。
近いから大丈夫。

いつもは私が列車の中にいて、見送ってくれる父と母がホームにいるのに、
今日は反対。

こだま号が、
開かない窓の向こうで手を振る母を乗せて、ホームを離れて行きました。


* * * * *
実はこの日、
愛用の腕時計を落としました。
多分、太宰府天満宮です。
あんまり幸せな一日をいただいたので、神さまに差し上げることになったのでしょう。
娘が生まれる前に、夫が買ってくれたペアの時計でした。
がっかり。
もしかして、お賽銭50円にしたから?


制服に胸あてのあり聖五月     ここ



[2018/06/03 22:47] 家族 | トラックバック(-) | CM(0)

贈りもの(大きくて静かな) 

おはようございます。
春のひんやりした朝です。

先日、高校の時のの同級生と、お食事をいたしました。
3年ぶりでしょうか。

ちょっとはいいところを見せたいなと思いながら、待ち合わせ場所に急ぎます。
向こうで、手を挙げてくれている姿を見つけました。
その瞬間、フラッシュバック。
3年前、10年前、20年前、高校生の時。
私ったら、全然変わっていません。

やっぱりかあ。

2月に、お父様が亡くなられたのだそう。
長男としての切ないお役目のいろいろ話を聞きました。

ああ私、あの時どうしてもっと、お父様がどんな方だったのかを聞かなかったのでしょう。
大変話にしていたけれど、話したかったのは、お父様のことだったに違いありません。
お孫さんとピースした写真を遺影にしたっていうお話の、その続き。
いっぱい聞いてあげればよかった。

私は本当に相変わらずです。

今回も、いろいろお話しました。

お互いの仕事のお話、
家族のお話、
同級生たちのうわさ話。
この先のこととかも。

ね、何か運動してる?

泳いでるよ。
ほら、泳ぐのまあ得意だから。

あれ、そうだったっけ?
と、心の中。
私も時々プールに行ってるよ。
今休憩中だけど。

高校の時の水泳の授業。
女子が1割くらいしかいなかったから、体育も男女一緒。
クロールと平泳ぎと背泳ぎ50メートルずつ連続で泳げなかったら、夏休み水泳の補修!

みんな結構必死でした。
あの年、結局誰が補修になったのかしらん。

あれから30年以上も経ったんだなあ。

平凡な高校生だった私たちの、
それなりの波乱万丈。
今では遠くに住んで、すっかり違う世界の住人になっています。

そんな私たちの今の暮らしの中に、
それぞれに一人のプールの時間があるのです。

それはきっと、あのプールの時間とつながっています。
それはきっと贈りものなのです。

あの頃の、ケンカしたりした体育の先生とか、
なかなか馴染めなかった学校とか、
クラブのみんなとか、
家族とか、
キラキラ光る水面とか、みんなの声とか、
からの。

先生、ありがとうございます。
おかげさまで、なんとか元気でやっています。




[2018/04/17 09:25] 教育 | トラックバック(-) | CM(0)

最後の授業 

家の前の大きな桜がちらほら咲き始めました。
また新しい年度が始まりますね。

夫が今年度で定年退職いたします。
今年は3年生の担任でしたから、月末の今日になっても、まだ生徒(もうご卒業の)たちに、連絡をしたりしています。

少し前、2月23日でした。
珍しく夫から日中に、携帯電話のメッセージが来ました。

「最後の授業が終わりました。
花束をもらいました。
無くなっていた手袋が、生徒指導室の忘れ物ケースの中から発見されました。」

え!
今日が最後だったの!
びっくりです。
いつもと全然変わらない様子で、普段着で出て行きましたから。

「最後だという意識が無かったので、普通にやりました。
ちなみに今日のテーマは‘絶望’でした。笑‼︎」

日頃から、先生方が授業を見に来られることが時々あったので、
今日は人が多いなあ、と思ったそうです。
夕方、花束を抱えて帰ってまいりました。

今、こうしてあの日のメッセージ読み直すと、
やっぱり、いつもより高揚した気持ちがあったのだなと思います。

私のお返事。

「お疲れさまでした。
パパの授業、見たかったです。」

また新しい春が来ました。






[2018/03/26 15:11] 家族 | トラックバック(-) | CM(2)

絵の橋 

こんにちは。
晴れていて、風花が舞っています。

お仕事のためのお部屋を引っ越しました。
今度は街の真ん中です。

通勤のための最寄り駅まで10分歩きます。
途中には、いろいろなお店。
おしゃれなカフェやら素敵な小料理屋やら。

毎日、歩きながら、
今度、行ってみましょ、って思います。

それにしても、
人って、こんなにも、食べることにエネルギーを注ぐ生き物なんですね。

街は楽しいです。

あら、雑誌などで見かける有名な雑貨屋さんがこんなところに。
キッチン、かわいくしようかしらん。
今度のお部屋、キッチン少しだけ広くなりましたし。

望みが何でも叶う、街の暮らし。
そして、自分では分かっていなかった「望み」が、どんどん現れます。

それから、どうしても叶わない臨みも一つ現れました。

大通り。
ここから向こうに渡れたら近いのになあって、毎日思いながら、渡れません。
横断歩道のあるところまで歩きます。
ははは。

大通りは川、
横断歩道はそこにかかる橋。

毎日、水のない川にかかる、絵の橋を渡っています。

都会生活の始まりです。


春隣自転車掛けのあるカフェに      ここ







[2018/02/03 14:59] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

雪の日には 

おはようございます!
寒い日が続いています。
いかがお過ごしでいらっしゃいますか。

テレビは、またまた雪のニュース。
雪の日には、遠くに離れてある、友人たちのことを、思います。
友人の生活の場面を思い浮かべます。

遠くの、それぞれの方々のお宅の、落ち着いた、明るい暮らし。
忙しさくても、どこか静かで、どこか確かで。
それに、時々は、面白いことなんかがあったりもしてるに違いありません。

もう何年も会ってない。
たった一度会ったことがあるだけ。
まだお目にかかったことがない。

それなのに、どんな暮らしをなさっているのか、私はなんとなく知っています。
それなのに、大事な大事な友人だと思っている。
そして、きっとあちらでも、私のことをそう思ってくださっていると、固く信じているのです。

私ときたら、ふふふですよね。

人って、本当に不思議ですよね。

雪の魔法かもしれません。

  


     雪       三好達治

太郎をねむらせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
二郎をねむらせ、二郎の屋根に雪ふりつむ。






[2018/02/02 08:19] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

数え年 

おはようございます。
暖かい雨の朝です。

新幹線で博多に向かっています。
昨夜は宇部の実家泊。
この度転居したばかりの、新しいお部屋に荷物を置いて、すぐに学校に参ります。

新居は街の真ん中、古~いビルの3階です。
エレベーターはありません。
階段は、昔の中学校の校舎を思い出す感じです。

年末、越してまもない日のことでした。
ゆっくり階段を上がる年配の方に追いつきました。
お買い物カートと交互に一段ずつ、上がっておられます。

カート、私が運びましょう。
何階ですか?
私、新しく越してきたんです。

まあ、ありがとう。
私ね、このお正月で94歳なんですよ。

ゆっくり階段を上がりながらお話いたします。

目がぱっちりとして、とてもおきれいな上品な方です。
カートには、お花も入って、お部屋に飾られるのでしょう。
パーマの髪も素敵です。
お嫁さんとこれからお食事にお出かけだそうです。

こんな古い建物に、あなたのようなお若くて綺麗な方が来てくださるなんて、嬉しい。
私、たいてい家にいますから、何かお手伝い出来ることがあったら仰ってね。

!!!
(こちらこそです。私がお手伝いいたします。)

でも来年にはもう居ないかもしれませんけどネ。
94ですから、ホホホ。

って、ちょっとお茶目な笑い方。
このビルに住むことが少し嬉しくなりました。

福岡。
こんな街の真ん中に、こうして人の住む場所が、しっとりと混じっています。
この街の面白いところだなあって思います。


[2018/01/17 08:11] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

いつもの週末 

こんにちは。
午後から晴れ、時々風花。
ちょっと変なお天気です。

あなたのいつもの週末は、どんなふうですか。
平日とは違うけれど、いつもの週末って、ありますよね。

私は、平日は福岡でお仕事をしています。
金曜日の夜、広島の自宅に帰ってまいります。
そんな私の、これといった用事がない、いつもの週末は、大抵こんな風です。

金曜日。
お夕食は広島でいただきます。
広島駅ビルの、優しいネパール人のカレー屋さんのお店でいただくか、
そうでなければ、家で夫が作ってくれます。

土曜日。
早起きの夫に合わせて、朝は早く起きます(割とよい妻)。
でも、体がだるくてあんまり動けません(さほど良いわけでもない)。

朝ごはんは、たいてい夫が作ってくれています。
お野菜とベーコンとかとたまごとパンです。
果物とヨーグルトもつきます。
私が起きた頃には、だいたいテーブルに並んでいます。

食後は、何もしないでだらだら過ごします。
疲れ果てて無口になっています。

午後もだらだらします。
少し元気が出て、文句言ったりもいたします。
そのうち何もしない土曜日が終わります。

日曜日、
午前中、それぞれでゆっくり家のことをいたします。
やっぱりだらだらしてる時もあります。

午後、街に行きます。
必要なお買い物のついでに、映画とかに行きます。
八丁座かサロンシネマです。

お茶をして、帰ってきます。
映画の感想を言うわけでもありません。
お夕食は、夫が、お鍋とか、手巻きとか、作ってくれます。
夫のおかいものは、食材がとても豪華です。

月曜日。
一人で家で過ごします。
お庭の草をとったり、郵便物片付けたり、拭き掃除をしたり、いたします。
クリーニング屋さんにお電話したり、資源ごみをまとめたり、いたします。

丁寧にお茶を入れていただきます。
今は、しょうが紅茶にしました。
小鳥の浮き彫りのある、白い陶器のカップです。

いいお天気の時は、お散歩に行きます。
ご近所の方とお話します。
今日はついでに、植木鉢に、お花の苗を植えました。

さっきからストーブで焼き芋をしています。
ご近所でいただいたお芋です。

ちょっと雑誌を見たりいたします。
またまたお茶と、今度はおみかんもいただきました。

夕方、駅まで歩いて夫を迎えに行きます。
キトリがいた頃の、夕方のお散歩がそのまま続いているのです。
たぶんですが、キトリも一緒に来ていると思います。

お夕食を作ります。
お魚とか、おつゆとかです。

夜は、BSジャパンのローカル線の旅を見ます。
それも最後まで見ないで、いつのまにか、それぞれの用事をしたりしています。

夫が先に休みます。
私は、家中のお花を活けかえます。
お花たちは、私が家にいない明日からしばらくの、我が家の‘賑やかし‘担当なのです。
(私がいる間は、私が担当ですから。)

火曜日。
月曜日と同じ朝が来ます。
朝ごはんはやっぱり夫が作ってくれています。
早い時間に出かける夫を送り出します。

それから、のんびり支度して、
出かけます。

なぜかいつもぎりぎりです。
走っていると、ご近所の方が、行ってらっしゃいって、声をかけてくださいます。
大抵、いいお天気です。

行ってきま〜す。



[2017/12/11 16:01] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

十二月 

こんばんは。
12月になりました。

復職して2ヶ月あまり。
お仕事生活も慣れて、ようやく何かを取り戻しつつあります。

思い立って、福岡の住まいを替わることにいたしました。
川辺の桜並木に面した今のお部屋、結構気に入っています。
それでも、なぜか家を移ろうと思ったのです。
不思議です。

先週の勤労感謝の日に、東京にまいりました。
お声を掛けていただいて、急なお出かけでした。
新しい方々と会い、思いがけない、楽しい時間になりました。

新しいお部屋は、すぐに見つかりました。
それほど急いで替わるつもりでもありませんでしたのに。

気持ちより先に、物事が進んでゆきます。
見えない流れの中にいるような感じがしています。

戸惑いながら、その流れに身を任せている私を、
もう一人の私が見ています。

夫が、窓を開けて、月を見ました。
満月に近い、明るい月です。


宇宙空間銃撃戦音シシオドシ   ここ



[2017/12/02 23:28] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

適量の生活 (備忘録:家事家計会発表原稿) 

こんにちは。
研究室の向かいの山の中腹に、目立つほど黄色い銀杏の大木が見えています。
風の音がしています。

先日、友の会の家事家計講習会で発表しました。
質素な生活と丁寧な家事を頑張る友の会のイベントです。

当日の発表者は4人。
働きながらの子育てや、家計のお話、素敵なお姑さんとの半生についてなど、
職業班の発表は毎年、友の会としては、はみ出した内容がいっぱい。
今年も素晴らしいお話に胸を打たれました。
この三人の方の発表を聞いていただきたいところですが、
また備忘録として、私の発表内容をここに記します。

ここに記録として残すのは、発表の後半部分だけです。
それでも長いので、ご興味がおありの場合のみ、お楽しみ下さいませ。
(前半は、以前この場に書いた糖質制限のお話をいたしました。
後半の途中にもその部分があります。あしからずです。
一度書いておくと、ひょんな時に役に立つものですね。)


**************

 「適量の生活 糖質制限から考える」(後半)

 表題にしております「適量の生活」について。
 私は、この言葉について、友の会の「豊かさ」についての考え方をわかりやすく示す良い言葉だなあと思っています。たくさんあること、高価なものを持つことを豊かであるとするするのでなく、ちょうどよい=適量の暮らしが出来ることを豊かさとするというのです。「豊かさ」についての考え方の転換がここにあります。
適量こそが、豊かさなのですね。

 では、自分の暮らしは、ちょうどよい暮らしかな、と考えると、どうしてもそうは思えません。 
 子どもに手がかからなくなった今は、子育てで空いたはずの時間に仕事が入って、ゆとりがないのは変わりません。私の暮らしは、ちょっと忙しすぎという点で、子育て中も今も、決してちょうどよい暮らしとは言えないものだと思います。
 そのせいか、私は体調を崩しました。私は、ちょうど去年の今頃から夏休みいっぱいまで、お仕事のお休みをいただきました。
病休中は、とても幸せなのんびり時間を過ごしました。
いわば人生の夏休みです。

 適量。
 それは、物だけでなく、時間や労働量、あそびなどの質的なものも含め、いろんな面でちょうどよい暮らしこそが豊かで幸せなのだと思います。
おかげさまですっかり元気になって、この9月から復職いたしました。
お仕事に戻りましたらまた元の木阿弥、バタバタと時間に追われ、へとへとになる生活が復活しています。
かといって今すぐ仕事を辞めたいとも思わなくて。
 ちょうどよい暮らしは、いつになったら出来るのでしょう。
 適量って、どのくらいなのでしょう。

 身体を持ち、一日24時間という時間を生きている私たちには、どうしても必要な物がいろいろあります。それらを漫然とでなく、客観的に、科学的に?確かめてゆくことはやはり必要な仕事で、友の会の活動の一つにも、その検証への取り組みがあります。
「適量とはどのくらいか?」という問いへの模索です。
 ただし、この問いに物量として何グラム、何センチ、という具合に真面目に答えようとすると、その困難にすぐに気がつきます。
 例えばあるものが私にとって必要かどうか考える時、私は、自分の乏しい知識や経験、習慣などなどに照らして考えるしかありません。ですから私たちにとっての適量は、それぞれの一人一人の歴史や環境によって作られたそれぞれの「背景」と深くつながっています。
 私たちが生活するのにちょうどよい量を、物量的に、また誰にでも適応するような汎用的なものとして決定することは、そもそも原理的な難しさをはらんだ取り組みだと言えます。友の会の仕事としてその検証にあたってこられた方々は、その都度その問いに直面してこられたのではないかと想像しています。
 団体としての友の会にも友の会固有の背景=文化がありますから、「適量」の問いは、友の会とは何かという問いなのだとも思います。

では、私にとっての「適量」はどのくらいなのでしょうか。
ちょうどよい暮らしはどんなくらしなのでしょう。
皆さんがイメージなさっている適量の生活はどんなのですか。
 がつがつと外で働いている私ですが、サザエさん一家のような質素でも豊かな暮らし。絵本の14ひきシリーズのように、みんなで力を合わせればといった家族のイメージとか、そんな風な自分の家庭を想像するとうっとりいたします。
病気になって休んでいる間は、ちょっとそんな生活でした。
でもそれはつかの間の夢でした。
私は、やっぱり仕事も続けたいですし、それでも、質素で豊かな整った暮らしをおくりたいと思う欲張り者です。
そんな、私がイメージする理想の生活は、ちょうど良い夢の暮らしというより、かなり過剰な厳しい暮らしだという気がいたします。

 あれ?これは、糖質制限前の私と似ています。
自分にちょうどよい幸せな暮らしをしたいと言いながら、自分では精いっぱい適量生活に向けて努力しているつもりで、やっぱりちょうどよくない苦しい毎日を送っていた私。 
 お野菜をたくさんとかのささやかな努力にちょっと満足しながら、全体には食べ過ぎで、甘いものもたくさんいただいて、休息も取らずに疲れていた私の姿と同じです。
必要に駆られて始めた糖質制限の食事、つまり私にとっての身体にいい食事は、今まで身体にいいと思って頑張ってきたものと、かなり違う姿をしていました。
今の私は、サプリメントやプロテインの力を借り、白いご飯は全くいただかないといった、言わば罰当たりな食事をしています。

 ある日、広島そごうの地下1階に立ち止まって、売り場をしみじみ見渡しました。
明るくて、楽しくて、いつもいい匂いがしています。
美味しいおやつで、全体が色とりどりです。
「ユーハイム」、「とらや」、「ちから」のおうどんとおはぎ、「御座候」の大判焼き、「ケーニヒスクローネ」。
そして突然気がつきました。
このフロア全部、私が食べられないものばっかり!

不思議なことですが、それが哀しくもなんともありませんでした。
ただ、その状況を目にしているという感じです。
地下一階全部、見えていて、その場に居るけれど、かかわることがない。
ちょっと言葉の通じない外国に居るような感じとでも申しましょうか。

私は糖質制限をきっかけに、これまで私がいた食文化の外へ出てしまったのだと思います。今は、子どものころからあたりまえだと思ってきたのとは違う、別の暮らしを生きている、そんな感じがしています。

 今でも、お茶碗に白いご飯がないなんて、これが食事だと納得できない気がいたします。
 もしかすると、私にとっての適量の生活、ちょうどよい暮らしも、私が想像もできないような生活の形をしているのかもしれません。

私の母の世代が作ってきた豊かなよき暮らしを、私の娘の世代が同じように追うことは、難しい世の中が来ています。
 近年、政治や社会の仕組みが制度疲労を起こして、いろいろなところに転換の兆しが見えています。家庭のあり方もまた、転換期を迎えているのかもしれません。
現在は、明治維新のような状況のさなかにあるのではないかというお話も聞きました。
明治維新の当時も、ある日急に明治がやってきて、生活ががらりと変わったわけではないと思います。きっと、今までどおりの江戸時代的なものを守って生き続けた多くの武士たちと、その同じ生活圏に、新しい明治の世を生きた人々が、同時に存在していたに違いありません。
私たちの適量の生活も、制度の転換のような形で、どこか外部から突然やってくるものではないでしょう。

今の私たちの暮らしには、厳しい労働環境、子育て後の長い時間、老いの現実など、愛する人と、その子どもたちとの愛の巣としての家庭、といった家族の概念には含まれない現実が押し寄せています。 
私たちは、今まで固く染みついたよき暮らしのイメージの外に出なければならない時がきているのではないかと感じます。
 思えば、羽仁もと子さんは、明治の女性として、直面する変化の中で、新しいよき暮らしのあり方考え方を、新しく創り出そうとなさっていました。

人としての本質的な願いから目を背けず、一方で直面する現実に目を向け、根底から考え直そうとすることによって、ようやく、新しい適量の生活がみえてくるのではないか。
暮らしの現実から考える場所としての友の会、徹底的にクールに、生活の物量を見直してきた広島友の会の取り組みが、これから力をもつことになるのではと考えているところです。
 
 糖質制限をきっかけに考えたことを、とりとめもなくお話することになりました。
これからも、ゆっくりですが、考えてゆきたいと思っております。
ありがとうございました。

                           2017/11/26  於 広島友の家




[2017/11/30 16:08] 家事 | トラックバック(-) | CM(0)

忘れもの 

おはようございます。
立冬を過ぎ、暦は冬になりました。
明るい冬の朝です。

昨日から、実家に参りました。
午後は、陽のあたる居間のおこたでおしゃべりして過ごします。

両親の話題は、たいてい、お夕食のお買いものの時のことです。
あちこちのお店について、買ったお品の品評、店員さんとの会話などなど。

二人は、新鮮なお魚、上等のお肉、いいお野菜や果物を探してお買いものをいたします。
私とのお夕食のための、心づくしのお買いものなのです。

冷蔵庫は、食べきれないほどの食材でいっぱいです。

手伝うね~。

不肖の娘の私、夕方になるとエプロンをしながらキッチンに入って行きます。
すでに母は八面六臂の活躍中で、それほどアテにもされていません。

私も、見つけたお材料を使って、私も一品作ります。
楽しい三人の夕食です。

子どもの時からのダイニングテーブル。
また一本、父が会社勤めの頃にいただいた高級ウイスキーをどこかから出してきて、
封を切ってくれました。

私が作ったのは、エビときのこのアヒージョ。
父も母も、美味しい美味しいって言いながら、たくさん食べてくれました。
嬉しいです。
私もちょっとは役に立ったでしょうか。

翌朝。
父に駅まで送ってもらいました。
この頃では、父の運転は、母のお買いものと、私の駅までくらいです。

余裕を持って出発。
ちょっと早めに駅に着きました。
父の金色の車を見送って、ゆっくり切符を買います。

あれえ?
ケイタイ忘れた!

大変!
タクシーに飛び乗り、
大急ぎ、今来た道を戻ります。

戻った父が車を車庫に入れているのが見えました。

携帯忘れたー

大声で叫びながら、玄関から居間までダッシュ。
またまた駅へ。

タクシーの中で振り返ると、父が立ってこちらを見ていました。

ああ、
初めに出かけた時の、いい感じの母とのご挨拶も、
父に駅まで送ってもらったことも、
全部ぶち壊しです。

残念。
またまた今日もヤレヤレな娘の私。

今頃二人、絶対私のこと話してるな。
いっつもがっかりさせちゃってごめんね。
ううう。

行ってきま~す。


[2017/11/15 09:01] 家族 | トラックバック(-) | CM(2)

リラの精 

こんにちは。
11月になりました。
ちょっと寒くなりました。
研究室で、足元ストーブにあたっています。
大きな窓からは、色づいた木々が、山や町の所どころに見えています。

大阪に行って参りました。
娘のバレエの発表会を見に出かけたのです。

小さなバレエ教室の、第2回目の発表会です。
今年できたばかりの素敵な会場の大ホールで、
2歳から大人の方々まで、楽しくて、そして真面目な発表会でした。

娘が進学して以来、大阪に行くのは、2回目です。
バレエの発表会の時だけ。
絶対観に来てねって、丁寧に手紙とチケットが送られてくるのです。

娘にとってバレエは、諦め切れない、何よりも大切なものです。
割り切って、小さい教室で運動程度に再開した趣味のバレエはずなのに、
教室があっという間に大きくなっての発表会。
去年から、アルバイトでアシスタントの先生もすることになって、何だかバタバタと大変そうでした。

娘はこのたび、「眠れる森の美女」の「リラの精」のバリエーションを踊ります。
リラの精の踊りは、難しくて、それなのに地味な踊りです。
初めこそ、憧れの踊りを踊れることになって喜んでおりましたが、
そのうち、自信をなくして、長い間悩んでいたのを知っていました。
その後どうなったでしょう。

さあ、
中・高生の妖精達のバリエーションに続いて、最後に娘が出て来ました。

ラベンダー色の衣装。
小柄なはずの娘の、渾身のリラの精。
それは、優雅で、自信に満ちた大人の妖精でした。
妖精の力と愛情が、ステージから会場へと溢れだしてゆきます。

カナリヤを踊ったのは、5年生のころだったかしらん。
キューピッドはいつだっかしらん。

こんな風に、妖精のまま大きくなって、
私から離れて、
もう遠くへ行ってしまったのかもしれないなあと思いました。

ぼんやりしていたのでしょうか。
リラの精は、華やかな余韻を残して、ステージの袖に消えました。

三幕まであった、楽しいステージが終わりました。
ロビーでは、出演者によるお見送りがあるそうです。

ゆっくり出てみると、
娘は、最後に踊ったコンテンポラリーダンスの、ちょっとウエディングドレスみたいな白い衣装のまま、
いただいたお花を腕いっぱいに抱えてお友達と話しておりました。

まもなく、小さくて可愛いバレリーナ達に囲まれて、順に写真を撮り始めました。
先生らしく、それぞれにポーズをつけてあげては、一緒に記念撮影です。

煌々と明るいロビーの、高揚したたくさんの人でごった返す中央あたりに、
私はしばらく立っておりました。

何となく、来年の発表会は、もしかしたらもう見に来ないかもしれないと思いました。
そして、それを少し寂しく思いました。
来年の、まだ分からないことなのに、可笑しい。

そういえば、
ラベンダー色の衣装の背中には、小さな羽がついておりました。



舞姫はリラの花より濃くにほふ    山口青邨



[2017/11/01 15:01] 家族 | トラックバック(-) | CM(2)

復職いたしました(ご報告と御礼) 

おはようございます。
この頃急に寒くなりましたね。
お風邪などお召しになってはいらっしゃいませんでしょうか。

今日は、この場をお借りして、皆さまにご報告と御礼を申し上げたく存じます。

おかげさまで、9月下旬より、本格的に職場に復帰いたしました。
すっかり遅くなりましたが、ご報告申し上げます。

約一年、お仕事のお休みをいただきました。
その間の、心のこもった励ましのお言葉、ご心配、そして有効な情報など、
本当にありがとうございました。
心から、感謝申し上げます。
ありがとうございました。

この長い病中は、私にとりましては、不思議な体験の時間でした。
その不思議とは、目には見えないものが、
まるで確かな物質めいて、しっかり存在しているのを実感するという体験です。

それは、例えば、人が人を思う気持ち、とか、
人と人の見えない繋がりとかいったものです。

こう申しますと、毎日どこかで耳にする気がする陳腐な言い回しで、ちょっとうんざりでしょうか。
以前の私なら、間違いなく聞き流しです。
でも、そんな私が否定できないほど、ちょっと驚く符合とか、偶然とは思えないつながりに、何度か遭遇したのです。
念のためことわっておきますと、私は、霊感などには全くご縁が無いタイプの人間でございます。

ああ、この世界は、なんて温かくて、不思議な愛に満ちているんでしょう。

お忙しい中をお届けくださったお気持ちの一つ一つ、不思議につながっているご縁。
そのオカルト的(すみません)ないろいろのおかげさまもあって、私は今、元気にしているのだと信じています。
心から感謝してやみません。

そういえば、 「 身に入む」は秋の季語ですね。
手元の季寄せの「身に入む」には、「染みるほど身に深く感じるの意」と説明があります。
どちらかと言えば秋の冷たさを伴う言葉ですけれど、
以来、私は温かくて安心な感じに包まれています。

とはいえ、職場に戻ってみると、やっぱりてんてこ舞い。
浦島太郎(花子?)的な感覚を楽しむ余裕もあんまりありません。
これからは、もうあんまり頑張らないでいいって、いろんな方に仰っていただきましたけど、
今までもあんまり頑張っていませんでしたから、まあ大体今まで通りです。
予想できたことばかりのはずなのに、準備不足も相変わらずでございます。

そうそう、久しぶりのせいか、授業は今ひとつ乗り切れず、
以前のように滑らかにはいっていません。

不思議体験のせいで、私、何かどこかが変わってしまったのかもしれません。
ははは。

お仕事以外のことにいろいろ気が散って仕方ありませんのも、相変わらず。
こんな具合の懲りない私ではございますが、
今後とも、どうぞどうぞよろしくお願い申し上げます。

皆さまとのご縁を、深く感じつつ。
感謝をこめて。

                    ここ



[2017/10/17 11:33] 日記 | トラックバック(-) | CM(6)

誠実であることの苛烈 三浦綾子『道ありき(青春編)』 

おはようございます。
昨夜は実家に一泊しました。

これから2限目の授業に行くところ。
朝の山陽本線です。
高校生たちが小声で楽しそうにおしゃべりしています。

友人のあやこ3さんから、ご本を頂戴いたしました。
三浦綾子『道ありき(青春篇)』 です。
一読、深く心打たれ、読後何週間も経ってなお、感動の中にあります。

知られた書ですので、お読みになった方も多いかと存じます。
内容は、筆者三浦綾子さんの二〜三十代の自伝です。

筆者は、この作中ほぼ全体を通じて結核闘病中でした。
厳しい現実、
その中で自身をクールに見つめること、
不実や不都合なことも隠さない虚飾のない記述。

作品には、筆者が、置かれた状況の中で、ただただ‘誠実’であろうとすることが描かれているように思いました。
その‘誠実’への意志の強さ、激しさに触れて、私はずっと感動したままでいるのです。

誠実であろうとすることが、三浦綾子さんの苛烈さを生んでいました。

ところで、少し前にお話申し上げました、湊晶子先生の読書会。
その読書会でご一緒した大学の先輩から、湊先生の自伝的著作『女性を生きる』をいただきました。
私はなぜかいろいろな方から本を頂戴しているみたいです。

その方は、私がただ後輩であるという理由で?、その御本をお送り下さったのでした。
子育て、学問、大学のお仕事、闘病。
いろいろな点が、私の境遇に重なり、感動を覚えながら読みました。
湊先生もまた、三浦綾子さんと同様の苛烈を生きておられる方だと思いました。

『道ありき(青春編)』を私にくださったあやこ3さんは、若き日の湊先生をご存じだそうです。
あやこ3さん、大学の先輩。
私の中で、この三人の方々が、緩やかにつながっていました。
とても朗らかなそのお二人にも、気がつけば、同様の、誠実であることの苛烈を思いました。

なぜか、いつのまにか、この苛烈を生きる女性達の列の最後尾につきたいと思い始めている私。
とても大変そうなのに。

車窓に、幼い日々を過ごした辺りの景色が見えています。






[2017/10/04 07:54] | トラックバック(-) | CM(0)

三江線跡を “歩く旅の道” に 

こんにちは。
JR三江線は、三次と江津を結ぶローカル線です。
来年3月末を以て、廃線になることが決まりました。
広島ー島根の山間地域を行く三江線。
特に島根県の山の中は、本当にどこもとても美しいのです。
少し残念です。

廃線後についての新聞記事に触発されて、
最近ちょっと考えていた “歩く旅の道” のこと、ここに書いてみました。
良い思いつきだと思って、どなたかに、お手紙にして出すといいかもと思いましたが、やっぱり気後れしてしまいましたので。


*******

「緑に囲まれた気持ちのよい道を、ゆっくり歩いて旅したい。」
多くの方が一度はそう思ったことがおありなのではないでしょうか。

一方で、そんな願いを叶えてくれる「道」は、案外と少ないように思われます。
 来春をもって廃線となるJR三江線。
もし三江線が「歩く旅の道」として再スタートさせることができたなら、きっと、多くの方にお越しいただける、魅力の多い道になると考えました。
 折しも現在、NHKドキュメンタリー「一本の道」というシリーズ番組(ヨーロッパの歩くための長い小道をアナウンサーと日本語の出来る現地の人が歩くという内容)が放送中です。
都会の喧騒を離れ、田舎道をゆったりと歩いて旅をしたいというのは、普遍的な願いなのだと思います。
 
 私は、地域振興や観光その他について、全くの素人です。
もとより何の知識も知恵も力もありません。
それでも実現できれば素晴らしいと思って、まずはこの思いつきをお知らせしたいと考えました。
もしこの提案の実現にお力を尽くして下さる方々があるとしたら、とても嬉しくありがたく存じます。

しかし、そもそもどなたにお願いすればよいのか、そのためにどのような方法があるのかなどなど、何も分かりません。
よろしければ、どうぞ、お知恵とお力をお貸し下さい。
 もし賛同してくださるお仲間ができましたら嬉しいとも思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。

 中国地方の山間地域の景観の美しさは、広く知られるところです。
のんびり歩いて旅する道ができますことを、心から願っております。

                      2017年9月1日 ここ




<意義・適性・費用・効果について>
 三江線跡を「歩く旅の道」として整備することの意義と三江線の適性について、思いつくものを挙げてみました。
予想される費用と効果については、より具体的な検討を必要といたしますので、手つかずです。


【意義】
1.歩くこと自体を目的とする道作りであること。
 中高年者に山歩きが人気ですが、もう少し気軽に、歩くこと自体を楽しめる道が求められていると考えます。
 平地を歩くこと自体を目的として焦点化した道は、近辺にあまり見当たりません。
 四国のお遍路や霊場巡りも、目的としてのお寺参りが掲げられ、参加者の目的は様々です。
 登山やトレッキングやハイキングは、登頂など野山を楽しむことや健康づくりを目的とするもので、たいていは坂道が多く含まれています。
 古い街道の多くは、現在車道になっていて、車が走る傍を歩くことになります。
またアスファルト舗装されているため、長時間の歩行に適しません。
 歩くこと自体と、それに伴うさまざまな体験自体を目的する道を作ることに意義があります。

2.当事者の視線を中心とした観光への転換であること
 近年、観光者と地域生活者を当事者として、
当事者自身が、それぞれにとって価値のある体験と発見の場づくりに観光の中心は移行しています。
 体験・発見型の例としては、サイクリングロード、登山などがあります。“歩く旅の道”は、スローペースであることを活かした新しい観光の可能性があると思われます。
 また山間地をゆく三江線跡は、日常空間から切り離された異空間としての要素があり、、旅としての体験や発見をもたらすものになると思われます。また起点とゴールがあることもそのために有効です。
 ちなみに、拠点・提供型の観光(=名所旧跡・美術館や資料館・イベントなど、観光資源の提供者が考える価値を来訪者に分かりやすくパッケージして提供する形式の観光)は、刺激の多い中に暮らす都市生活者を引きつけ、満足させることは至難の技であると思われます。
 

【適性】
 以下に、‘歩く旅の道’としての三江線跡の適性について挙げてみました。

1.一本道 起点とゴールが明確に認識できる一本道である。
      達成感や、日常からの隔離感を感じやすい。
2.適度な距離 全長約100キロ。旅の感覚を生じさせ、且つ、長すぎない達成可能な距離。
      (途中宿泊や、複数回に分けてのチャレンジで達成可能)
      一日で歩き通すことは出来ない距離であること。旅の感覚を生む。
3.車道と別のルート 三江線には、既存の車道とは離れるルートが随所にあり。
      歩くことならではの見ることや体験であることが実感できる。
4.駅舎  適度な間隔ごとに駅舎があり、休憩場所として利用できる。
      地域生活者との交流が双方にとっての魅力であり、十分期待できる。
      地域の方が整備して下さっている駅も多く、感想ノートなども知られている。
5.景観の多様性 景観が変化に富み、飽きさせない。
      川沿い、山道、、高所、トンネル、鉄橋など。
6.ゴールとしての江津駅のロケーション
      ①海岸線や、江川河口のゴール感。
      ②ゴール後の休養がイメージできる。
       温泉津温泉や有福温泉など都会人好みの風情ある温泉地を有する。
5.安全  経路が主に生活地域である。
      途中駅からの代替輸送など、リタイヤの融通が確保されている。 

 *参考 NHKドキュメンタリー「一本の道」
 昨年より時折の放送です。以下の他に複数あり、歩く旅の道についてイメージできます。
・『一本の道』「チロルの里を歩く~オーストリアからドイツへ」
(https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3581/2651014/index.html)
・『一本の道』「ケルトの聖地“ハロウィーンの道”を歩く~アイルランド~」
(https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3581/2651008/index.html)
番組中にも、歩くための整備によって、多くの人が訪れるようになったという解説が聞かれます。


[2017/09/01 13:04] 未分類 | TB(0) | CM(0)

酔芙蓉 

こんばんは。
朝夕、少しずつ涼しくなってまいりました。
お元気でお過ごしですか?

お庭の酔芙蓉が咲き始めました。
朝は真っ白、夕方には紅くなります。

夫から、万年筆をプレゼントしてもらいました。
真っ白い軸に金のペン先。
SAILORのペンです。

名入れをお願いしていましたのが、今日ようやく届きました。
金の文字で、名前と日付を入れていただきました。
何の記念のというわけでもなかったのですけれど。

そうそう、ご存知でしょうか。
この頃の万年筆、コンバータ式にもできるのですよ。
どおりで。
万年筆売り場に、ガラスのインク瓶が並んでいるはずです。
「月夜」とか「露草」、「稲穂」といった名前のついた色インク。
うっとりです。

私は、今日のところは、カートリッジ式。
紺色のインクにいたしました。

新しい万年筆に名前をつけることにいたしました。
「酔芙蓉」です。
明日、夕方になったら、白い軸が、ほんのり紅くなるかもしれません。

秋の夜長、
大切な方々に、お手紙を書いて過ごしたいと思っています。



夏料理鳥の絵柄のたがひちがひ      ここ



[2017/08/29 23:15] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

雨ニモマケズ 

秋になりました。
朝晩、ほんの少し涼しいです。
よね?

昨日は、高校勤務時代の友人二人とランチに出かけました。
お二人とも体育の先生です。
車でお迎えに来て下さって、
思いやりに満ちた、温かい時間を過ごして、
また家まで送っていただいて、帰ってまいりました。
私ったらまるでお姫様みたいでした。

いつも思うことですけれど、体育の先生ってすごいです。
そのすごさは、例えば、
相手の気持ちを考えながら応答する力が高いです。
その応答の集中力が切れなくて、長く続きます。

クラブ活動や上下関係などで揉まれているから?
それもあると思いますが、なんと申しましても、人並み以上の体力がある、ということ
なのだとと思います。

昨日の話題。
高校の時の、クラブの同窓会があったそうです。
その部活は、練習があんまり厳しくて、
たくさん入部したのに、最後まで残ったのはたった5人だったそうです。

それもそのはず、ウォーミングアップのメニューが、10㎞のランニングから!
あなたの人生最長ランニング、何キロですか?
私は、マラソン大会の5㎞です。
それも、死にそうになりながら。

娘が、体育で1㎞ぐらい走ると、口の中で血の味がするって騒いでいたけれど、それ、私もでした。
青春の思い出の味?です。

いつも何事にも取り組みが浅く、集中力も乏しい私。
体力が乏しいせいなのか、だから体力がつかないのか。
鶏と卵、コケコッコです。

そうそう、厳しい練習にもめげず残った5人の方々は、現在ではそれぞれに一家を成してご活躍だそう。
やっぱり、持つべきものは、怒濤の体力です。

常々体力希望の私、
「雨ニモマケズ」、読むたびに感じるのは、体力への切ない願い。
賢治の晩年、かなり弱ってからの作でございます。

サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
賢治さん、私もでございます。

「雨ニモマケズ」  

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
(このごろ、暑くない気がして冷房を使わず、いきなり体調を崩す私です。)

慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
(休憩しすぎて仕事がはかどらず、イライラして当たり散らしがちな私です。)

一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
(糖質制限のためお米はいただけず、お肉やお魚などなど贅沢なものばかりいただいています。)

アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
(しょっちゅう、取らぬ狸の皮算用をしています。)

ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
(人の話を半分しか聞いていないことが多いです。
その場では調子のいいこと言って、すぐに忘れています。)

野原ノ松ノ林ノ隂ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
(これは私の家そのものです。)

東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
(人の世話はいいから、自分のことをちゃんとやれと言われます。)

ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
(はい。)
クニモサレズ
(ええ、まあ。)

サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
(宮沢賢治さん、お気持ち分かります。お察し申し上げます。)

つべこべ言ってないで、運動しなさいと言われている私です。



[2017/08/12 12:19] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

読めない文字を書く 

こんばんは。
秋になりました。

今年の夏は、お習字のお稽古に通いました。
同じ課題を2回書きます。
一回目は、行書で。
次の週は、草書です。

ご存じのとおり、草書は、まるで記号、全く読めないシロモノです。
でも、前の週に行書で練習しているので、何となくその形の理由が分かるのも愉快です。

言われなければ全然読めない文字たちを、一所懸命練習しました。
この先どこかでお目にかかった時も、たぶん読めないと思います。

お稽古は、次回が最後になりました。
ちょっと寂しいです。
今日は行書でしたので、来週は草書です。
きっとまた、ヘンな形です。

記念に、私が書いた字を、ここに記録しておくことにいたしますね。

「日進月歩」
これの草書ときたら、とってもユニークな形で、見ただけでちょっと笑えました。
「至人無夢」
優れた人は、妄想してないで、行動するという意味らしいです。なるほど。
「乗風破浪」
気持ちも、字も、のびのび。
「澄懐」
佳い言葉だなあって、大好きな言葉になりました。
「門垂碧柳」
夏らしくて、美しい光景が浮かびます。
「晨露夕隂」
朝の露、夕方の木陰。夏の光景でしょうか、『礼記』だそうです。




[2017/08/10 23:00] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

オアシス 

こんにちは。
今日は、八月九日です。
曇りですが、ずっと蝉の声が聞こえています。
テレビの画面には、長崎の平和公園の様子が映っています。

子どもの頃は、8月6日の学校行事の折などに、
その日にだけ思い出して悲しむなんて、と思ったりしていました。
真面目で、へんてこりんな子どもですね。
恥ずかしくて、甘酸っぱいです。

季語には、忌日がたくさん含まれています。
「河童忌」 七月二十四日。芥川龍之介の忌日。
といった具合です。
俳句を始めた20代の頃、忌日ってたぶん大切なんだなあって、人ごとのように思った記憶があります。

今は、忌日はきっと、大人の気持ちのオアシスなのだと思っています。
たくさんのものと折れ合いをつけながら暮らす毎日。
いろんなものが、自分の傍をすごい早さで流れてゆきます。
そんな慌ただしい日々の中、
忌日は、忘れたくないものに、そっと思いを馳せながら過ごすひとときをくれます。

今の私の大切な忌日。
8月6日。
三重吉忌。
キトリの命日。
などなど。
並べてみると、これらの日付が、今の私の正直な姿を浮きぼりにしています。

人が勉強を重ね、年を重ねるにつれて、大切な忌日は増えていきます。
豊かなオアシスの緑。

あなたの大切になさっている忌日は、いつですか。





[2017/08/09 10:36] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

人は初めから弱い 

こんにちは。
七月も終わりますね。

芙蓉の葉がいっぱいに広がって、
今私がいるリビング、明るい緑の木陰の中にいる感じです。

昨日は、
湊晶子先生「聖書を読む会」(@広島女学院大学)に行ってきました。

私は、湊先生のファンです。
ずっと以前、先生が母校の大学同窓会にいらした時に、
こんな素敵な女性がいらっしゃるのだなあって、すっかりファンになりました。

先生に魅了されるのは、どの方も同じとみえて、何と、追っかけ?の方もあるらしいです。
わかります、その気持ち。
人の魅力って本当にあるんですね。
1932年生まれだそうですから、今はたぶん85歳。
朗らかで、温かいエネルギーの溢れる、とっても素敵な女性です。

というわけで、私はクリスチャンではありませんが、
今回、公開の会と知って、喜んで出かけました。

副題は、「聖書は「生きる希望」について、何と語っているでしょう」
第2回の昨日、お話の中心は、
「失楽園」。
旧約聖書、アダムとイヴがエデンの園を追われるところ。
「創世記」です。

神は人を、神と対話の出来る‘人格’として作られた、というお話など。
主体、とかに関心のある私にとって、興味深いお話でした。

蛇にそそのかされ、禁断の果実を食べてしまう二人。
神に糺されて、責任転嫁しながら答える二人。
人の弱さの歴史は長いですね~。
だって創世記の初めからですもの。

お話の中で、一番印象に残ったのは、雑談部分でした。
(雑談が印象に残るあたり、私も学生さんたちと同じです。)
湊先生が一番好きなところとしてご紹介下さった聖書の一節です。

「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛する。」(イザヤ書四三章四節)

ここは、神が、エデンの園を追われた二人に呼びかけ続けていたことを示している部分だそうです。

いろいろなお仕事をなさってこられた湊先生、
自分がどうしてこんなにダメなのだろうとうちひしがれるようなことがある度、
神さまだけは、分かって下さっているって、
この言葉が支えになってきたのだそうです。

ええっ。
湊先生のような方でも、自分のダメさに哀しくなるようなことがあるのでしょうか。
実在の先生を前にすると、先生のダメさなんて無い気がするのですけれど。
(こうして書いてみると、なんと子どもっぽい感想でしょう。)
こんなに朗らかな先生が、数々の試練や嘆きを克服してこられたのだということにも、ただ驚いてしまいます。

今日も、90分間、板書なさりながらの充実のご講義。

日野原先生の105歳まで、私はまだあと30年。
頑張りますよ-。

そうだそうだ。
私も頑張りましょう。
私が直面する問題は、きっと私に合わせた大きさ(小ささ)だし。

影響されやすい私です。

でも、神さまに評価していただけるには、やはりそれなりには頑張ってないと・・・。
ううむ。

居心地の良い広島女学院大学のキャンパス。
久々に、母校の同窓の先輩方にもお目にかかり、
すっかり元気をいただいて、帰路につきました。


駐車位置叱られている夏祭     ここ





[2017/07/30 14:57] 日記 | トラックバック(-) | CM(4)

冷蔵庫は、時間の貯蔵庫 

こんにちは。
梅雨が明けたそうです。
今年は暇にしていますから、雨雲が去って、身体が少し軽くなったのが私にも分かりました。

ちょっと面白い本を読みましたのでご紹介です。
稲垣えみ子さん『寂しい生活』(東洋経済新報社 2017.6)。

朝日新聞の記者であった筆者の稲垣さん、
原発事故をきっかけに、節電を始められました。
そのうち次第に家電を手放し、小さな家に引っ越して、ついには職を辞めることに。

この本は、そんな稲垣さんご自身の体験記です。
私たちを面倒な家事から解放してくれる家電の数々。
掃除機、冷暖房、洗濯機と、次々にそれらを手放すに至る稲垣さんの様子が面白く綴られています。

ところが稲垣さん、そのうちに以前より家事時間が減っていることに気がつきます。
冷蔵庫を手放したことが、稲垣さんの大きな変わり目でした。

保存できないということは、その日に食べるものしか買えないということだ。にんじんと厚揚げを買ったらもう十分なのである。

冷蔵庫があれば、明日や、明後日や、はたまた1週間後のことまで視野に入れて買い物をすることができる。さらに冷凍すれば1ヶ月後まで見渡すことだってできる。
 なるほど冷蔵庫とは、時間を調整する装置だったのだ。我々は冷蔵庫を手に入れることで、時間という本来人の力ではどうしようもないものを「ためておく」という神のごとき力を手に入れたのである。

 私が生きていくのに必要なものなんて、たいして多くはなかったのだ。
 これまでカゴいっぱいの何を買っていたんだろう。


稲垣さんは、その都度いろんなことを考えています。
例えば、
珍しい香辛料や調味料を取り揃え、「世界の料理」を作っていた」という稲垣さん、
見向きもしてこなかった「ケの食事」のこれほどまでの美味しさ、偉大さ」に気がついたり。

この本全体に、こんなふうな、
ああなるほど。それ必要ないかも、
っていうご自身の驚きが充ち満ちていて、楽しめます。

あと、軽妙な文章も愉快です。
格闘の末、ついにブレーカーを落とした後の電気温水器について、

見合い結婚したものの、どうしてもウマが合わずさんざんもめた挙げ句についに離婚した夫が、家賃は全額私に負担させたまま、なぜだかいつまでも家の中に居残って個室を確保し陣取っているようなものではないか!

今や電気もガスもなく、仕事も辞めた稲垣さんの生活は、さっぱりして、それでもとても豊かで楽しそうです。
本の題名の『寂しい生活』、いったい誰の暮らしのことなのでしょう。

え、私の生活?
そうは言っても、私には冷蔵庫も洗濯機も必要だし、
と我に返れば、この本は、実現不可能なおもしろ冒険生活本として読了です。
いえいえやっぱり、今の生活を改めて見直すヒントにと思う私。
今、仕事を休んで、家事や生活に向き合う余裕があるからかもしれません。

自分にとって「本当に必要なこと」はどんどんわからなくなり、人はぼんやりとした欲望に支配される。ただただ失うことだけをやみくもに恐れるようになるのである。
 それが、今の世の中における「不安」の正体なのではないか。


こんな風に指摘される稲垣さんの言葉が、ケチケチ者の私には、まるで自分のことを言われたようです。
私も含めて日本中、昔話に出てくる隣の欲深い婆さんみたいな人ばっかりになっているのかもしれません。

稲垣さん、きっと小さなつづらをお選びになったのですね。





[2017/07/20 14:07] | トラックバック(-) | CM(0)

旅日記 京都大原2 

こんばんは。
いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
夕方の涼しい風に、ほっと我に返る毎日です。

大原3人旅の続きです。
雨は激しくて、さすがのかしまし元娘3名も黙って歩きました。
三千院は広いです。
お宿は、三千院の門前ですのに、びっしょりと濡れて到着いたしました。

古い建物のお宿です。
立派な広い玄関はしいんとして、人気がないのに、スリッパだけがずらりと並べられていました。
音楽もかかっていないし、お宿の方と私たちがいるのに、それでもしんとしていました。
しんとしているって、単に音がしないということではなくて、雰囲気なんですね。

旅館中がとても静かでした。
旅館選び、失敗しちゃったなあ。
うう、せっかくの母と叔母との旅行なのに…。
せめてお料理に期待することにしましょうと、気持ちを励まします。

お料理は、大原女の支度をした女性が一人で運んでみえました。
お食事も、静かな雰囲気で始まりました。
さすがの私も、旅館の静かさに圧されてしまって、
うわあとか、ステキとか言ってはしゃぐことができません。

次々運ばれてくるお料理は、どれもとても美味しいものでした。
京懐石といいながら、どこか鄙びた雰囲気があるのですが、それでもとても上品で、丁寧に作られていました。

鮎、炊き合わせ、湯葉、はも、
驚くほど美味しい茶碗蒸し。
ちょっと意外な盛りつけ。

いただきながら、私たちは次第に幸せにな気持ちになっていきました。
大原女の彼女に、地元の柴漬けのお話などをうかがったり。
最後のご飯の美味しさときたら。

私たちは、お腹も気持ちもすっかり満足いたしました。
はしゃいだりする感じでなく、落ち着いた良い気持ちでした。
全体に全く愛想の無いお宿ですのに、本当に丁寧にもてなしていただいた感じがいたしました。

翌朝、精算の担当の方が、思わずのイケメン♪
タクシーを待つ間、広い玄関で写真を撮っていただいたり。
おかみさんが、朝食の万願寺シシトウのお漬け物は自分が漬けたのだと話して下さいました。

そういえば、このお宿の方々、このイケメンの方も、大原女の方も、どこか浮き上がった感じがいたします。
ささやかな違和感があるのです。
この沈んだ古い建物のせいでしょうか。

ああそういえば、大原では、少し浮き上がって見えるほど真面目そうな方々によって、
何もかもが、丁寧に、静かに行われていました。

あのお豆腐料理のお店の母娘もそうでした。
寂光院の説明をして下さった方も、
三千院でお茶を運んで下さった方も。

母が、大原の土地柄というものだろうと申しました。
なるほどでした。
大原は佳いところです。

京都市街に向かうタクシーの中で、母が、三千院を出た後の雨は、いろいろを洗い流してくれる雨だったねと言っていました。
その時は、ぶつぶつ文句を言っていましたのにね。
母が、旅を喜んでくれている様子なのが分かって嬉しくなりました。

2日目は、京都お買いものツアーです。
雨も上がって、それほど暑くもなくて、上々です。
三条通のレトロビルの中のボタンのお店「idola本店」、
叔母の趣味は洋裁です。
とても腕が良いのです。
このたびの旅行の支度も、バッグも、全部お手製。
ちょっと北欧風のモダンなデザインでした。

立派な建物の「宮脇賣扇庵」で気取った感じの根付け。
それから「崇山堂はし本」はとても楽しくて、
夏の絵はがきやら何やらをたくさん。
次に京都の手芸店と言えばここ「ノムラテーラー」。
我を忘れて布地選び。

大急ぎで京都駅。
大あわてでお土産のお買いもの。
帰りの新幹線で、柿の葉寿司にまたまた大満足。
一泊二日は短いね、って話しながら、広島駅で別れました。
次は二泊でも大丈夫かもしれません。

ママ、おばさま、ありがとう。
私は、旅行中、ずーっと幸せでした。

ところで、おとなびパスは3日間有効。
明日もグリーン車乗り放題できるって思いましたけれど、翌日はやっぱり家でゆっくりいたしました。

先日、父が、データで送った写真を、現像して郵送してくれました。
私が、娘のような表情で写っていました。


参道は海より壇ノ浦春景     ここ




[2017/07/18 22:53] 旅日記 | トラックバック(-) | CM(0)

旅日記 京都大原1 

こんんちは。
草刈り機の音が聞こえています。
リビングから合歓の花が見えます。
暑くなってまいりましたね。

今月の初め、母と叔母との三人で、一泊旅行をいたしました。
今まで、言うて楽しむばかりでした旅行の話を、私のお休みの間に実行したのです。

行き先は京都大原。
偉大なる祖母の血を引く猪突猛進型3人。
おかげさまで楽しい旅行になりました。

これと言って何が起こったわけでもありませんが、あれこれを書き残しておこうと思います。
よろしければおつきあい下さいませ。

まず、切符の手配係は私。
お安いトクトク切符、張り切って探しましたとも。
JR西日本おとなびパスを利用することに決定。(おすすめでございますよ)
グリーン車乗り放題の方に、これも独り決めです。(高齢者(母)がいるからというのが免罪符です)
二人に無理矢理おとなびインターネット登録を頼んでやや混乱。
大町駅の駅員さん、その節は大変お世話になりました。

いよいよ当日。
新幹線にそれぞれの駅から乗り込む形で無事集合。
グリーン席もなんのその、かしまし昔娘三人、ごめんあそばせでございます。
あっという間に京都到着。
いざ大原へ。

それにしても、大原って、本当に山の中ですねえ。

初めに寂光院にまいりました。
関門海峡に眠っておられる安徳帝のご母堂、建礼門院さまがその最後を過ごされたところです。
そこは、本当に山の中でした。

ここまで来られるのもさぞ大変だったことでしょう。
そんなことを話しながら、門をくぐります。
寂しいところだと思いました。

入水した壇ノ浦で一人引き上げられて、ここにいらしたのは29才の時。
ここでお過ごしになられたのは34才までだったそう。
気むずかしそうな年輩の女性が、とてもきちんと説明をして下さいました。

お住まいの跡はそのすぐ近く。
石碑が立てられておりました。
つくばいに流れ入る山水を、一口すくって飲みました。

墓前にも参りました。
建礼門院さま、私は春に、阿弥陀寺のお兄様方のお墓にお参りしてきたばかりなんですよ。
私の中の壇之浦の春の景色、見えますか。
良いお天気でしたよ。

心の中で、ちょっと親しくおしゃべりしたり。
はははです。

雨もよいの空の下、次は三千院へと移動です。
道々には赤い紫蘇畑。
大原名物、柴漬けのための畑です。
母は、旅行の直前まで、今年の梅干しのための紫蘇をもんでいたそうで、
畑の赤紫蘇が、みな古い種類のものだと言っては、ずいぶん感心していました。

三千院門前に到着。
まずは遅めのお昼です。
お豆腐料理のお店で、くみ上げ湯葉などをいただきました。
母娘らしい上品な方々の、家族経営らしいお店で、
素朴なお料理が、とても美味しゅうございました。

三千院はとても広くて、大きなお寺でした。
私たちは、仏様を丁寧に拝みました。

そのせいか、おみくじを引きましたら、三人とも大吉です!
全部大吉なのかしらと、ちょっと頭をかすめましたけれど、それでもとても嬉しい。
表紙のついた、ちゃんとしたおみくじ。
読み合って、それぞれ喜びました。
父に大きな薬師如来のお守りを買いました。
同じお守りを、母が私に買って渡してくれました。

私たちは、お庭が見える縁先の赤い毛氈に並んで座りました。
気分も乗って、お抹茶をいただくことにしたのです。
さっきお昼をいただいたばかりですのにね。
小雨に濡れたお庭が、しっとりとして風情があって、ただただ感心するばかり。

上等で美味しいお茶。
お羊羹もとても上等で美味しかったそうです。
台風のおかげで、少しも暑くなくて。ありがたいね、などなど、おしゃべりは続いて。
お庭の向こうには、半夏生の白い葉が翻ってみえておりました。

お寺の中に、写経のお部屋がありました。
ほほほ。これはチャンスです。
写経は、簡単に、“写経ハイ”ともいうべき真空的集中体験が味わえるのですよ。

それほど乗り気でない母と叔母を強引に誘って、
いざ写経です。

ちょっと強引だったかなあ。
書き始めてしばらくして、急に、母が時間がかかってしまうかもと心配になりました。
(写経ハイどころか、かなり気が散っています。)
後ろの母を振り返って、そっと手元をのぞき見ました。

何と!
母は私より2行くらい先を書いているではありませんか!
早っ。

これは遅れてはならじ、です。
急に集中。
一気に終わりまで書き終えました。
最後に、名前と住所と病気平癒と書いて、できあがりです。

顔を上げると、三人ほぼ同時に終了でした。
ぐったり。

仏様の掛け軸の前に、書き上がった紙を重ねて置きながら、さりげなく出来映えを比べます。
母のも叔母のも、整った雰囲気にきれいに書けていました。
老人侮るべからず。

外は驚くほど激しい雨になっていました。
ゆっくり歩いてお寺を出ました。
傘をさしてもびしょ濡れになるほどの雨でした。

写経をしたから、こんなに濡れることになった、と母がひと言文句を言いました。
お腹がすくと文句を言うのは、偉大な祖母の血筋です。
(その血は私にも娘にも脈々と受け継がれています。)
祖母が私の大学の卒業式に出席したいと言って東京に来てくれた時に、
お腹がすいて、あれこれさんざ文句を言った話は、今でもみんなの思い出の笑い話です。
あの時の祖母は今の母よりずっと若かったんですねえ。

私たちは濡れながら、苔のお庭の中を進みました。
地面がすべて、美しい緑の苔に覆われていて、
私たちはその苔と一緒に雨に包まれていました。

このきれいな緑色の世界にいる、小さな私。
その私が、今、ただここにいることにも、意味があるような、ふとそんな気がいたしました。

極楽は、晴れた空の下のお花畑ばかりではなくて、こんな苔庭のあるところなのかもしれません。
(キトちゃん、元気にしていますか?)

あちこちに紫陽花が咲いておりました。



父母に長年の友萩橙      ここ



[2017/07/17 13:04] 旅日記 | トラックバック(-) | CM(0)

機嫌がいい 

こんにちは。
晴れの日が続いています。

今日は一日、機嫌よく過ごしました。
機嫌がいいって、何よりもいいですね。

だから、今日のことをぜひ書き留めておこうと思いました。

午前中の廿日市の用事を済ませて、宮島線を電車でごとごと市内へ。
市内電車は窓が大きくて、スピードもゆっくりですから、
外の景色が親しくて、子どもみたいに、窓の外ばかり見てしまいます。

この頃、土橋あたりがとても面白いので、廿日市の帰りには、よく散策をしています。
本川小学校とか、記念病院とかのある、本当の爆心地です。
このあたりに、ちょっと東京みたいな雑貨屋さんとか、カフェとかいったお店が、ちらほらと出来ているのです。

先々週は、土橋の「喫茶めくる」でランチをしました。
今日は本川町で下車。
「ヲルガン座」一階の「十日市アパート」という食堂でランチです。

70年代風のテーブルや椅子とか、無造作っぽいコンクリートの壁とか。
以前は、こんな風なカフェが、ちょっと小賢しく思われて好きでありませんでしたが、
この頃は気になりません。
少し休まる気もします。
どうしてかな。

お昼をいただきながら、置いてあった
『いいビルの写真集 WEST』
という本をパラパラと見ました。
4月末に家族で大阪に行った時、大阪のビルは面白いなあと思ったのですが、
その印象をそのまま集めてみせてくれるような、変わった写真集でした。

お店を出ると、やっぱりピカピカの晴れ。
広島の空は青くてとても高いです。
本川町の歩道橋の手前を向こうに渡って、
ああ、ここの2階と3階に、洒落た雑貨屋さんがあるのだけれど、階段が億劫で通り過ぎました。
運動不足です。

少し先の「READAN DEAT」という、小さな本屋さんをのぞきます。
和田ビルという古いビルの2階です。

お店に入ると、直ぐ目の前の棚に、友人が話していた
三品輝起『すべての雑貨』
という本がありましたので、買うことにしました。

小さなお店の中では、ちょうど絵の個展をしていて、
おひげの描き手の人が、窓際の小さな机で、石に絵を描いていました。
繊細で愉快な絵です。
スケートボードに乗ったゴールデンレトリバーの絵が飾ってあって、
とても欲しくなりました。
昨日は、キトリの命日でした。

お店を出ると、やっぱりピカピカの晴れです。
青い空の下、相生橋を渡ります。
相生橋は、原爆投下の目印になったという有名なT字の橋です。

石の橋です。
渡りながら見れば、欄干の石の一本一本が、角度のついた飾り彫りになっていました。
途中に、幅広い本川の流れを眺めるための踊り場があります。
固くて四角い石造りですけれど、歩く人の姿が見える優しい橋だと思いました。
橋の真ん中では、何か工事をしていました。
電車もごうごう通りますし、すごく丈夫な橋なのだと思いました。

それから、そごうデパートに、お直しの洋服を取りに行きました。
私の昔のワンピースを、娘用にサイズ直しをお願いしたのです。
古い母親の洋服を、喜んできてくれる娘は、それほど多くないかもしれません。
優しい子です。

紀伊國屋さんに行きました。
買おうと思っていた、三島学『糖質制限で子どもが変わる!三島塾レシピ』を見つけました。
ついでに『Beauty Raw Sweets やせるお菓子』という本も買ってしまいました。

4階の「三河屋」という喫茶店でひと休みして、
ようやく電車に乗りました。
電車の中で、買った3冊の本と、持っていた本のどれを読もうかしら、と思っていたのに、ほとんど居眠りしていました。
あっという間に我が家の最寄り駅に到着です。

降りてすぐのところに、この間クチナシの花を折って下さったおばあさんの家。
子ども達が転勤で1人になったから、お茶に来てね、
と言われていたけど、いつもカーテンが閉まっています。

明日も用事で出かけます。
行きの電車で、どの本を読もうかな。





[2017/06/20 00:52] 日記 | トラックバック(-) | CM(3)

日進月歩 

こんにちは。
携帯電話のバイブが鳴っているなと思ったら、ウシガエルの声。
似てる。

ごく近所に、お若いですけれど立派な書道の先生がいらっしゃいます。
せっかくのお休み、お願いして、3カ月だけ習うことになりました。

久しぶりのお習字です。
課題は「日進月歩」
先生が、お手本を書いて下さっていました。

日進月歩。
日、日、日、進、進、日、進、月、月、月、歩、日、進、月、歩。
二時間近く練習。

これを今日の仕上げの一枚といたしましょう。
と心で決めて提出。

「月」が大きく右にずれてしまって残念でしたね。

え、ずれてる?

半紙を折ってみたらわかりますよ。

折って中央線を入れてみると、
確かに「月」の中心と「歩」の中心が1センチ以上ずれています。
それでもまだ、実感としてはずれていると思えなくて、だまし絵を見ているみたいな感じ。

気をつけて書き直し。

今度はできましたね。

ホントはよく分からなかったけれど、出来たことにしました。



[2017/04/28 01:10] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)