三江線跡を “歩く旅の道” に 

こんにちは。
JR三江線は、三次と江津を結ぶローカル線です。
来年3月末を以て、廃線になることが決まりました。
広島ー島根の山間地域を行く三江線。
特に島根県の山の中は、本当にどこもとても美しいのです。
少し残念です。

廃線後についての新聞記事に触発されて、
最近ちょっと考えていた “歩く旅の道” のこと、ここに書いてみました。
良い思いつきだと思って、どなたかに、お手紙にして出すといいかもと思いましたが、やっぱり気後れしてしまいましたので。


*******

「緑に囲まれた気持ちのよい道を、ゆっくり歩いて旅したい。」
多くの方が一度はそう思ったことがおありなのではないでしょうか。

一方で、そんな願いを叶えてくれる「道」は、案外と少ないように思われます。
 来春をもって廃線となるJR三江線。
もし三江線が「歩く旅の道」として再スタートさせることができたなら、きっと、多くの方にお越しいただける、魅力の多い道になると考えました。
 折しも現在、NHKドキュメンタリー「一本の道」というシリーズ番組(ヨーロッパの歩くための長い小道をアナウンサーと日本語の出来る現地の人が歩くという内容)が放送中です。
都会の喧騒を離れ、田舎道をゆったりと歩いて旅をしたいというのは、普遍的な願いなのだと思います。
 
 私は、地域振興や観光その他について、全くの素人です。
もとより何の知識も知恵も力もありません。
それでも実現できれば素晴らしいと思って、まずはこの思いつきをお知らせしたいと考えました。
もしこの提案の実現にお力を尽くして下さる方々があるとしたら、とても嬉しくありがたく存じます。

しかし、そもそもどなたにお願いすればよいのか、そのためにどのような方法があるのかなどなど、何も分かりません。
よろしければ、どうぞ、お知恵とお力をお貸し下さい。
 もし賛同してくださるお仲間ができましたら嬉しいとも思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。

 中国地方の山間地域の景観の美しさは、広く知られるところです。
のんびり歩いて旅する道ができますことを、心から願っております。

                      2017年9月1日 ここ




<意義・適性・費用・効果について>
 三江線跡を「歩く旅の道」として整備することの意義と三江線の適性について、思いつくものを挙げてみました。
予想される費用と効果については、より具体的な検討を必要といたしますので、手つかずです。


【意義】
1.歩くこと自体を目的とする道作りであること。
 中高年者に山歩きが人気ですが、もう少し気軽に、歩くこと自体を楽しめる道が求められていると考えます。
 平地を歩くこと自体を目的として焦点化した道は、近辺にあまり見当たりません。
 四国のお遍路や霊場巡りも、目的としてのお寺参りが掲げられ、参加者の目的は様々です。
 登山やトレッキングやハイキングは、登頂など野山を楽しむことや健康づくりを目的とするもので、たいていは坂道が多く含まれています。
 古い街道の多くは、現在車道になっていて、車が走る傍を歩くことになります。
またアスファルト舗装されているため、長時間の歩行に適しません。
 歩くこと自体と、それに伴うさまざまな体験自体を目的する道を作ることに意義があります。

2.当事者の視線を中心とした観光への転換であること
 近年、観光者と地域生活者を当事者として、
当事者自身が、それぞれにとって価値のある体験と発見の場づくりに観光の中心は移行しています。
 体験・発見型の例としては、サイクリングロード、登山などがあります。“歩く旅の道”は、スローペースであることを活かした新しい観光の可能性があると思われます。
 また山間地をゆく三江線跡は、日常空間から切り離された異空間としての要素があり、、旅としての体験や発見をもたらすものになると思われます。また起点とゴールがあることもそのために有効です。
 ちなみに、拠点・提供型の観光(=名所旧跡・美術館や資料館・イベントなど、観光資源の提供者が考える価値を来訪者に分かりやすくパッケージして提供する形式の観光)は、刺激の多い中に暮らす都市生活者を引きつけ、満足させることは至難の技であると思われます。
 

【適性】
 以下に、‘歩く旅の道’としての三江線跡の適性について挙げてみました。

1.一本道 起点とゴールが明確に認識できる一本道である。
      達成感や、日常からの隔離感を感じやすい。
2.適度な距離 全長約100キロ。旅の感覚を生じさせ、且つ、長すぎない達成可能な距離。
      (途中宿泊や、複数回に分けてのチャレンジで達成可能)
      一日で歩き通すことは出来ない距離であること。旅の感覚を生む。
3.車道と別のルート 三江線には、既存の車道とは離れるルートが随所にあり。
      歩くことならではの見ることや体験であることが実感できる。
4.駅舎  適度な間隔ごとに駅舎があり、休憩場所として利用できる。
      地域生活者との交流が双方にとっての魅力であり、十分期待できる。
      地域の方が整備して下さっている駅も多く、感想ノートなども知られている。
5.景観の多様性 景観が変化に富み、飽きさせない。
      川沿い、山道、、高所、トンネル、鉄橋など。
6.ゴールとしての江津駅のロケーション
      ①海岸線や、江川河口のゴール感。
      ②ゴール後の休養がイメージできる。
       温泉津温泉や有福温泉など都会人好みの風情ある温泉地を有する。
5.安全  経路が主に生活地域である。
      途中駅からの代替輸送など、リタイヤの融通が確保されている。 

 *参考 NHKドキュメンタリー「一本の道」
 昨年より時折の放送です。以下の他に複数あり、歩く旅の道についてイメージできます。
・『一本の道』「チロルの里を歩く~オーストリアからドイツへ」
(https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3581/2651014/index.html)
・『一本の道』「ケルトの聖地“ハロウィーンの道”を歩く~アイルランド~」
(https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3581/2651008/index.html)
番組中にも、歩くための整備によって、多くの人が訪れるようになったという解説が聞かれます。


[2017/09/01 13:04] 未分類 | TB(0) | CM(0)

酔芙蓉 

こんばんは。
朝夕、少しずつ涼しくなってまいりました。
お元気でお過ごしですか?

お庭の酔芙蓉が咲き始めました。
朝は真っ白、夕方には紅くなります。

夫から、万年筆をプレゼントしてもらいました。
真っ白い軸に金のペン先。
SAILORのペンです。

名入れをお願いしていましたのが、今日ようやく届きました。
金の文字で、名前と日付を入れていただきました。
何の記念のというわけでもなかったのですけれど。

そうそう、ご存知でしょうか。
この頃の万年筆、コンバータ式にもできるのですよ。
どおりで。
万年筆売り場に、ガラスのインク瓶が並んでいるはずです。
「月夜」とか「露草」、「稲穂」といった名前のついた色インク。
うっとりです。

私は、今日のところは、カートリッジ式。
紺色のインクにいたしました。

新しい万年筆に名前をつけることにいたしました。
「酔芙蓉」です。
明日、夕方になったら、白い軸が、ほんのり紅くなるかもしれません。

秋の夜長、
大切な方々に、お手紙を書いて過ごしたいと思っています。



夏料理鳥の絵柄のたがひちがひ      ここ



[2017/08/29 23:15] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

雨ニモマケズ 

秋になりました。
朝晩、ほんの少し涼しいです。
よね?

昨日は、高校勤務時代の友人二人とランチに出かけました。
お二人とも体育の先生です。
車でお迎えに来て下さって、
思いやりに満ちた、温かい時間を過ごして、
また家まで送っていただいて、帰ってまいりました。
私ったらまるでお姫様みたいでした。

いつも思うことですけれど、体育の先生ってすごいです。
そのすごさは、例えば、
相手の気持ちを考えながら応答する力が高いです。
その応答の集中力が切れなくて、長く続きます。

クラブ活動や上下関係などで揉まれているから?
それもあると思いますが、なんと申しましても、人並み以上の体力がある、ということ
なのだとと思います。

昨日の話題。
高校の時の、クラブの同窓会があったそうです。
その部活は、練習があんまり厳しくて、
たくさん入部したのに、最後まで残ったのはたった5人だったそうです。

それもそのはず、ウォーミングアップのメニューが、10㎞のランニングから!
あなたの人生最長ランニング、何キロですか?
私は、マラソン大会の5㎞です。
それも、死にそうになりながら。

娘が、体育で1㎞ぐらい走ると、口の中で血の味がするって騒いでいたけれど、それ、私もでした。
青春の思い出の味?です。

いつも何事にも取り組みが浅く、集中力も乏しい私。
体力が乏しいせいなのか、だから体力がつかないのか。
鶏と卵、コケコッコです。

そうそう、厳しい練習にもめげず残った5人の方々は、現在ではそれぞれに一家を成してご活躍だそう。
やっぱり、持つべきものは、怒濤の体力です。

常々体力希望の私、
「雨ニモマケズ」、読むたびに感じるのは、体力への切ない願い。
賢治の晩年、かなり弱ってからの作でございます。

サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
賢治さん、私もでございます。

「雨ニモマケズ」  

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
(このごろ、暑くない気がして冷房を使わず、いきなり体調を崩す私です。)

慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
(休憩しすぎて仕事がはかどらず、イライラして当たり散らしがちな私です。)

一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
(糖質制限のためお米はいただけず、お肉やお魚などなど贅沢なものばかりいただいています。)

アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
(しょっちゅう、取らぬ狸の皮算用をしています。)

ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
(人の話を半分しか聞いていないことが多いです。
その場では調子のいいこと言って、すぐに忘れています。)

野原ノ松ノ林ノ隂ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
(これは私の家そのものです。)

東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
(人の世話はいいから、自分のことをちゃんとやれと言われます。)

ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
(はい。)
クニモサレズ
(ええ、まあ。)

サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
(宮沢賢治さん、お気持ち分かります。お察し申し上げます。)

つべこべ言ってないで、運動しなさいと言われている私です。



[2017/08/12 12:19] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

読めない文字を書く 

こんばんは。
秋になりました。

今年の夏は、お習字のお稽古に通いました。
同じ課題を2回書きます。
一回目は、行書で。
次の週は、草書です。

ご存じのとおり、草書は、まるで記号、全く読めないシロモノです。
でも、前の週に行書で練習しているので、何となくその形の理由が分かるのも愉快です。

言われなければ全然読めない文字たちを、一所懸命練習しました。
この先どこかでお目にかかった時も、たぶん読めないと思います。

お稽古は、次回が最後になりました。
ちょっと寂しいです。
今日は行書でしたので、来週は草書です。
きっとまた、ヘンな形です。

記念に、私が書いた字を、ここに記録しておくことにいたしますね。

「日進月歩」
これの草書ときたら、とってもユニークな形で、見ただけでちょっと笑えました。
「至人無夢」
優れた人は、妄想してないで、行動するという意味らしいです。なるほど。
「乗風破浪」
気持ちも、字も、のびのび。
「澄懐」
佳い言葉だなあって、大好きな言葉になりました。
「門垂碧柳」
夏らしくて、美しい光景が浮かびます。
「晨露夕隂」
朝の露、夕方の木陰。夏の光景でしょうか、『礼記』だそうです。




[2017/08/10 23:00] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

オアシス 

こんにちは。
今日は、八月九日です。
曇りですが、ずっと蝉の声が聞こえています。
テレビの画面には、長崎の平和公園の様子が映っています。

子どもの頃は、8月6日の学校行事の折などに、
その日にだけ思い出して悲しむなんて、と思ったりしていました。
真面目で、へんてこりんな子どもですね。
恥ずかしくて、甘酸っぱいです。

季語には、忌日がたくさん含まれています。
「河童忌」 七月二十四日。芥川龍之介の忌日。
といった具合です。
俳句を始めた20代の頃、忌日ってたぶん大切なんだなあって、人ごとのように思った記憶があります。

今は、忌日はきっと、大人の気持ちのオアシスなのだと思っています。
たくさんのものと折れ合いをつけながら暮らす毎日。
いろんなものが、自分の傍をすごい早さで流れてゆきます。
そんな慌ただしい日々の中、
忌日は、忘れたくないものに、そっと思いを馳せながら過ごすひとときをくれます。

今の私の大切な忌日。
8月6日。
三重吉忌。
キトリの命日。
などなど。
並べてみると、これらの日付が、今の私の正直な姿を浮きぼりにしています。

人が勉強を重ね、年を重ねるにつれて、大切な忌日は増えていきます。
豊かなオアシスの緑。

あなたの大切になさっている忌日は、いつですか。





[2017/08/09 10:36] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

人は初めから弱い 

こんにちは。
七月も終わりますね。

芙蓉の葉がいっぱいに広がって、
今私がいるリビング、明るい緑の木陰の中にいる感じです。

昨日は、
湊晶子先生「聖書を読む会」(@広島女学院大学)に行ってきました。

私は、湊先生のファンです。
ずっと以前、先生が母校の大学同窓会にいらした時に、
こんな素敵な女性がいらっしゃるのだなあって、すっかりファンになりました。

先生に魅了されるのは、どの方も同じとみえて、何と、追っかけ?の方もあるらしいです。
わかります、その気持ち。
人の魅力って本当にあるんですね。
1932年生まれだそうですから、今はたぶん85歳。
朗らかで、温かいエネルギーの溢れる、とっても素敵な女性です。

というわけで、私はクリスチャンではありませんが、
今回、公開の会と知って、喜んで出かけました。

副題は、「聖書は「生きる希望」について、何と語っているでしょう」
第2回の昨日、お話の中心は、
「失楽園」。
旧約聖書、アダムとイヴがエデンの園を追われるところ。
「創世記」です。

神は人を、神と対話の出来る‘人格’として作られた、というお話など。
主体、とかに関心のある私にとって、興味深いお話でした。

蛇にそそのかされ、禁断の果実を食べてしまう二人。
神に糺されて、責任転嫁しながら答える二人。
人の弱さの歴史は長いですね~。
だって創世記の初めからですもの。

お話の中で、一番印象に残ったのは、雑談部分でした。
(雑談が印象に残るあたり、私も学生さんたちと同じです。)
湊先生が一番好きなところとしてご紹介下さった聖書の一節です。

「わたしの目にあなたは価高く、貴く、わたしはあなたを愛する。」(イザヤ書四三章四節)

ここは、神が、エデンの園を追われた二人に呼びかけ続けていたことを示している部分だそうです。

いろいろなお仕事をなさってこられた湊先生、
自分がどうしてこんなにダメなのだろうとうちひしがれるようなことがある度、
神さまだけは、分かって下さっているって、
この言葉が支えになってきたのだそうです。

ええっ。
湊先生のような方でも、自分のダメさに哀しくなるようなことがあるのでしょうか。
実在の先生を前にすると、先生のダメさなんて無い気がするのですけれど。
(こうして書いてみると、なんと子どもっぽい感想でしょう。)
こんなに朗らかな先生が、数々の試練や嘆きを克服してこられたのだということにも、ただ驚いてしまいます。

今日も、90分間、板書なさりながらの充実のご講義。

日野原先生の105歳まで、私はまだあと30年。
頑張りますよ-。

そうだそうだ。
私も頑張りましょう。
私が直面する問題は、きっと私に合わせた大きさ(小ささ)だし。

影響されやすい私です。

でも、神さまに評価していただけるには、やはりそれなりには頑張ってないと・・・。
ううむ。

居心地の良い広島女学院大学のキャンパス。
久々に、母校の同窓の先輩方にもお目にかかり、
すっかり元気をいただいて、帰路につきました。


駐車位置叱られている夏祭     ここ





[2017/07/30 14:57] 日記 | トラックバック(-) | CM(4)

冷蔵庫は、時間の貯蔵庫 

こんにちは。
梅雨が明けたそうです。
今年は暇にしていますから、雨雲が去って、身体が少し軽くなったのが私にも分かりました。

ちょっと面白い本を読みましたのでご紹介です。
稲垣えみ子さん『寂しい生活』(東洋経済新報社 2017.6)。

朝日新聞の記者であった筆者の稲垣さん、
原発事故をきっかけに、節電を始められました。
そのうち次第に家電を手放し、小さな家に引っ越して、ついには職を辞めることに。

この本は、そんな稲垣さんご自身の体験記です。
私たちを面倒な家事から解放してくれる家電の数々。
掃除機、冷暖房、洗濯機と、次々にそれらを手放すに至る稲垣さんの様子が面白く綴られています。

ところが稲垣さん、そのうちに以前より家事時間が減っていることに気がつきます。
冷蔵庫を手放したことが、稲垣さんの大きな変わり目でした。

保存できないということは、その日に食べるものしか買えないということだ。にんじんと厚揚げを買ったらもう十分なのである。

冷蔵庫があれば、明日や、明後日や、はたまた1週間後のことまで視野に入れて買い物をすることができる。さらに冷凍すれば1ヶ月後まで見渡すことだってできる。
 なるほど冷蔵庫とは、時間を調整する装置だったのだ。我々は冷蔵庫を手に入れることで、時間という本来人の力ではどうしようもないものを「ためておく」という神のごとき力を手に入れたのである。

 私が生きていくのに必要なものなんて、たいして多くはなかったのだ。
 これまでカゴいっぱいの何を買っていたんだろう。


稲垣さんは、その都度いろんなことを考えています。
例えば、
珍しい香辛料や調味料を取り揃え、「世界の料理」を作っていた」という稲垣さん、
見向きもしてこなかった「ケの食事」のこれほどまでの美味しさ、偉大さ」に気がついたり。

この本全体に、こんなふうな、
ああなるほど。それ必要ないかも、
っていうご自身の驚きが充ち満ちていて、楽しめます。

あと、軽妙な文章も愉快です。
格闘の末、ついにブレーカーを落とした後の電気温水器について、

見合い結婚したものの、どうしてもウマが合わずさんざんもめた挙げ句についに離婚した夫が、家賃は全額私に負担させたまま、なぜだかいつまでも家の中に居残って個室を確保し陣取っているようなものではないか!

今や電気もガスもなく、仕事も辞めた稲垣さんの生活は、さっぱりして、それでもとても豊かで楽しそうです。
本の題名の『寂しい生活』、いったい誰の暮らしのことなのでしょう。

え、私の生活?
そうは言っても、私には冷蔵庫も洗濯機も必要だし、
と我に返れば、この本は、実現不可能なおもしろ冒険生活本として読了です。
いえいえやっぱり、今の生活を改めて見直すヒントにと思う私。
今、仕事を休んで、家事や生活に向き合う余裕があるからかもしれません。

自分にとって「本当に必要なこと」はどんどんわからなくなり、人はぼんやりとした欲望に支配される。ただただ失うことだけをやみくもに恐れるようになるのである。
 それが、今の世の中における「不安」の正体なのではないか。


こんな風に指摘される稲垣さんの言葉が、ケチケチ者の私には、まるで自分のことを言われたようです。
私も含めて日本中、昔話に出てくる隣の欲深い婆さんみたいな人ばっかりになっているのかもしれません。

稲垣さん、きっと小さなつづらをお選びになったのですね。





[2017/07/20 14:07] | トラックバック(-) | CM(0)

旅日記 京都大原2 

こんばんは。
いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
夕方の涼しい風に、ほっと我に返る毎日です。

大原3人旅の続きです。
雨は激しくて、さすがのかしまし元娘3名も黙って歩きました。
三千院は広いです。
お宿は、三千院の門前ですのに、びっしょりと濡れて到着いたしました。

古い建物のお宿です。
立派な広い玄関はしいんとして、人気がないのに、スリッパだけがずらりと並べられていました。
音楽もかかっていないし、お宿の方と私たちがいるのに、それでもしんとしていました。
しんとしているって、単に音がしないということではなくて、雰囲気なんですね。

旅館中がとても静かでした。
旅館選び、失敗しちゃったなあ。
うう、せっかくの母と叔母との旅行なのに…。
せめてお料理に期待することにしましょうと、気持ちを励まします。

お料理は、大原女の支度をした女性が一人で運んでみえました。
お食事も、静かな雰囲気で始まりました。
さすがの私も、旅館の静かさに圧されてしまって、
うわあとか、ステキとか言ってはしゃぐことができません。

次々運ばれてくるお料理は、どれもとても美味しいものでした。
京懐石といいながら、どこか鄙びた雰囲気があるのですが、それでもとても上品で、丁寧に作られていました。

鮎、炊き合わせ、湯葉、はも、
驚くほど美味しい茶碗蒸し。
ちょっと意外な盛りつけ。

いただきながら、私たちは次第に幸せにな気持ちになっていきました。
大原女の彼女に、地元の柴漬けのお話などをうかがったり。
最後のご飯の美味しさときたら。

私たちは、お腹も気持ちもすっかり満足いたしました。
はしゃいだりする感じでなく、落ち着いた良い気持ちでした。
全体に全く愛想の無いお宿ですのに、本当に丁寧にもてなしていただいた感じがいたしました。

翌朝、精算の担当の方が、思わずのイケメン♪
タクシーを待つ間、広い玄関で写真を撮っていただいたり。
おかみさんが、朝食の万願寺シシトウのお漬け物は自分が漬けたのだと話して下さいました。

そういえば、このお宿の方々、このイケメンの方も、大原女の方も、どこか浮き上がった感じがいたします。
ささやかな違和感があるのです。
この沈んだ古い建物のせいでしょうか。

ああそういえば、大原では、少し浮き上がって見えるほど真面目そうな方々によって、
何もかもが、丁寧に、静かに行われていました。

あのお豆腐料理のお店の母娘もそうでした。
寂光院の説明をして下さった方も、
三千院でお茶を運んで下さった方も。

母が、大原の土地柄というものだろうと申しました。
なるほどでした。
大原は佳いところです。

京都市街に向かうタクシーの中で、母が、三千院を出た後の雨は、いろいろを洗い流してくれる雨だったねと言っていました。
その時は、ぶつぶつ文句を言っていましたのにね。
母が、旅を喜んでくれている様子なのが分かって嬉しくなりました。

2日目は、京都お買いものツアーです。
雨も上がって、それほど暑くもなくて、上々です。
三条通のレトロビルの中のボタンのお店「idola本店」、
叔母の趣味は洋裁です。
とても腕が良いのです。
このたびの旅行の支度も、バッグも、全部お手製。
ちょっと北欧風のモダンなデザインでした。

立派な建物の「宮脇賣扇庵」で気取った感じの根付け。
それから「崇山堂はし本」はとても楽しくて、
夏の絵はがきやら何やらをたくさん。
次に京都の手芸店と言えばここ「ノムラテーラー」。
我を忘れて布地選び。

大急ぎで京都駅。
大あわてでお土産のお買いもの。
帰りの新幹線で、柿の葉寿司にまたまた大満足。
一泊二日は短いね、って話しながら、広島駅で別れました。
次は二泊でも大丈夫かもしれません。

ママ、おばさま、ありがとう。
私は、旅行中、ずーっと幸せでした。

ところで、おとなびパスは3日間有効。
明日もグリーン車乗り放題できるって思いましたけれど、翌日はやっぱり家でゆっくりいたしました。

先日、父が、データで送った写真を、現像して郵送してくれました。
私が、娘のような表情で写っていました。


参道は海より壇ノ浦春景     ここ




[2017/07/18 22:53] 旅日記 | トラックバック(-) | CM(0)

旅日記 京都大原1 

こんんちは。
草刈り機の音が聞こえています。
リビングから合歓の花が見えます。
暑くなってまいりましたね。

今月の初め、母と叔母との三人で、一泊旅行をいたしました。
今まで、言うて楽しむばかりでした旅行の話を、私のお休みの間に実行したのです。

行き先は京都大原。
偉大なる祖母の血を引く猪突猛進型3人。
おかげさまで楽しい旅行になりました。

これと言って何が起こったわけでもありませんが、あれこれを書き残しておこうと思います。
よろしければおつきあい下さいませ。

まず、切符の手配係は私。
お安いトクトク切符、張り切って探しましたとも。
JR西日本おとなびパスを利用することに決定。(おすすめでございますよ)
グリーン車乗り放題の方に、これも独り決めです。(高齢者(母)がいるからというのが免罪符です)
二人に無理矢理おとなびインターネット登録を頼んでやや混乱。
大町駅の駅員さん、その節は大変お世話になりました。

いよいよ当日。
新幹線にそれぞれの駅から乗り込む形で無事集合。
グリーン席もなんのその、かしまし昔娘三人、ごめんあそばせでございます。
あっという間に京都到着。
いざ大原へ。

それにしても、大原って、本当に山の中ですねえ。

初めに寂光院にまいりました。
関門海峡に眠っておられる安徳帝のご母堂、建礼門院さまがその最後を過ごされたところです。
そこは、本当に山の中でした。

ここまで来られるのもさぞ大変だったことでしょう。
そんなことを話しながら、門をくぐります。
寂しいところだと思いました。

入水した壇ノ浦で一人引き上げられて、ここにいらしたのは29才の時。
ここでお過ごしになられたのは34才までだったそう。
気むずかしそうな年輩の女性が、とてもきちんと説明をして下さいました。

お住まいの跡はそのすぐ近く。
石碑が立てられておりました。
つくばいに流れ入る山水を、一口すくって飲みました。

墓前にも参りました。
建礼門院さま、私は春に、阿弥陀寺のお兄様方のお墓にお参りしてきたばかりなんですよ。
私の中の壇之浦の春の景色、見えますか。
良いお天気でしたよ。

心の中で、ちょっと親しくおしゃべりしたり。
はははです。

雨もよいの空の下、次は三千院へと移動です。
道々には赤い紫蘇畑。
大原名物、柴漬けのための畑です。
母は、旅行の直前まで、今年の梅干しのための紫蘇をもんでいたそうで、
畑の赤紫蘇が、みな古い種類のものだと言っては、ずいぶん感心していました。

三千院門前に到着。
まずは遅めのお昼です。
お豆腐料理のお店で、くみ上げ湯葉などをいただきました。
母娘らしい上品な方々の、家族経営らしいお店で、
素朴なお料理が、とても美味しゅうございました。

三千院はとても広くて、大きなお寺でした。
私たちは、仏様を丁寧に拝みました。

そのせいか、おみくじを引きましたら、三人とも大吉です!
全部大吉なのかしらと、ちょっと頭をかすめましたけれど、それでもとても嬉しい。
表紙のついた、ちゃんとしたおみくじ。
読み合って、それぞれ喜びました。
父に大きな薬師如来のお守りを買いました。
同じお守りを、母が私に買って渡してくれました。

私たちは、お庭が見える縁先の赤い毛氈に並んで座りました。
気分も乗って、お抹茶をいただくことにしたのです。
さっきお昼をいただいたばかりですのにね。
小雨に濡れたお庭が、しっとりとして風情があって、ただただ感心するばかり。

上等で美味しいお茶。
お羊羹もとても上等で美味しかったそうです。
台風のおかげで、少しも暑くなくて。ありがたいね、などなど、おしゃべりは続いて。
お庭の向こうには、半夏生の白い葉が翻ってみえておりました。

お寺の中に、写経のお部屋がありました。
ほほほ。これはチャンスです。
写経は、簡単に、“写経ハイ”ともいうべき真空的集中体験が味わえるのですよ。

それほど乗り気でない母と叔母を強引に誘って、
いざ写経です。

ちょっと強引だったかなあ。
書き始めてしばらくして、急に、母が時間がかかってしまうかもと心配になりました。
(写経ハイどころか、かなり気が散っています。)
後ろの母を振り返って、そっと手元をのぞき見ました。

何と!
母は私より2行くらい先を書いているではありませんか!
早っ。

これは遅れてはならじ、です。
急に集中。
一気に終わりまで書き終えました。
最後に、名前と住所と病気平癒と書いて、できあがりです。

顔を上げると、三人ほぼ同時に終了でした。
ぐったり。

仏様の掛け軸の前に、書き上がった紙を重ねて置きながら、さりげなく出来映えを比べます。
母のも叔母のも、整った雰囲気にきれいに書けていました。
老人侮るべからず。

外は驚くほど激しい雨になっていました。
ゆっくり歩いてお寺を出ました。
傘をさしてもびしょ濡れになるほどの雨でした。

写経をしたから、こんなに濡れることになった、と母がひと言文句を言いました。
お腹がすくと文句を言うのは、偉大な祖母の血筋です。
(その血は私にも娘にも脈々と受け継がれています。)
祖母が私の大学の卒業式に出席したいと言って東京に来てくれた時に、
お腹がすいて、あれこれさんざ文句を言った話は、今でもみんなの思い出の笑い話です。
あの時の祖母は今の母よりずっと若かったんですねえ。

私たちは濡れながら、苔のお庭の中を進みました。
地面がすべて、美しい緑の苔に覆われていて、
私たちはその苔と一緒に雨に包まれていました。

このきれいな緑色の世界にいる、小さな私。
その私が、今、ただここにいることにも、意味があるような、ふとそんな気がいたしました。

極楽は、晴れた空の下のお花畑ばかりではなくて、こんな苔庭のあるところなのかもしれません。
(キトちゃん、元気にしていますか?)

あちこちに紫陽花が咲いておりました。



父母に長年の友萩橙      ここ



[2017/07/17 13:04] 旅日記 | トラックバック(-) | CM(0)

機嫌がいい 

こんにちは。
晴れの日が続いています。

今日は一日、機嫌よく過ごしました。
機嫌がいいって、何よりもいいですね。

だから、今日のことをぜひ書き留めておこうと思いました。

午前中の廿日市の用事を済ませて、宮島線を電車でごとごと市内へ。
市内電車は窓が大きくて、スピードもゆっくりですから、
外の景色が親しくて、子どもみたいに、窓の外ばかり見てしまいます。

この頃、土橋あたりがとても面白いので、廿日市の帰りには、よく散策をしています。
本川小学校とか、記念病院とかのある、本当の爆心地です。
このあたりに、ちょっと東京みたいな雑貨屋さんとか、カフェとかいったお店が、ちらほらと出来ているのです。

先々週は、土橋の「喫茶めくる」でランチをしました。
今日は本川町で下車。
「ヲルガン座」一階の「十日市アパート」という食堂でランチです。

70年代風のテーブルや椅子とか、無造作っぽいコンクリートの壁とか。
以前は、こんな風なカフェが、ちょっと小賢しく思われて好きでありませんでしたが、
この頃は気になりません。
少し休まる気もします。
どうしてかな。

お昼をいただきながら、置いてあった
『いいビルの写真集 WEST』
という本をパラパラと見ました。
4月末に家族で大阪に行った時、大阪のビルは面白いなあと思ったのですが、
その印象をそのまま集めてみせてくれるような、変わった写真集でした。

お店を出ると、やっぱりピカピカの晴れ。
広島の空は青くてとても高いです。
本川町の歩道橋の手前を向こうに渡って、
ああ、ここの2階と3階に、洒落た雑貨屋さんがあるのだけれど、階段が億劫で通り過ぎました。
運動不足です。

少し先の「READAN DEAT」という、小さな本屋さんをのぞきます。
和田ビルという古いビルの2階です。

お店に入ると、直ぐ目の前の棚に、友人が話していた
三品輝起『すべての雑貨』
という本がありましたので、買うことにしました。

小さなお店の中では、ちょうど絵の個展をしていて、
おひげの描き手の人が、窓際の小さな机で、石に絵を描いていました。
繊細で愉快な絵です。
スケートボードに乗ったゴールデンレトリバーの絵が飾ってあって、
とても欲しくなりました。
昨日は、キトリの命日でした。

お店を出ると、やっぱりピカピカの晴れです。
青い空の下、相生橋を渡ります。
相生橋は、原爆投下の目印になったという有名なT字の橋です。

石の橋です。
渡りながら見れば、欄干の石の一本一本が、角度のついた飾り彫りになっていました。
途中に、幅広い本川の流れを眺めるための踊り場があります。
固くて四角い石造りですけれど、歩く人の姿が見える優しい橋だと思いました。
橋の真ん中では、何か工事をしていました。
電車もごうごう通りますし、すごく丈夫な橋なのだと思いました。

それから、そごうデパートに、お直しの洋服を取りに行きました。
私の昔のワンピースを、娘用にサイズ直しをお願いしたのです。
古い母親の洋服を、喜んできてくれる娘は、それほど多くないかもしれません。
優しい子です。

紀伊國屋さんに行きました。
買おうと思っていた、三島学『糖質制限で子どもが変わる!三島塾レシピ』を見つけました。
ついでに『Beauty Raw Sweets やせるお菓子』という本も買ってしまいました。

4階の「三河屋」という喫茶店でひと休みして、
ようやく電車に乗りました。
電車の中で、買った3冊の本と、持っていた本のどれを読もうかしら、と思っていたのに、ほとんど居眠りしていました。
あっという間に我が家の最寄り駅に到着です。

降りてすぐのところに、この間クチナシの花を折って下さったおばあさんの家。
子ども達が転勤で1人になったから、お茶に来てね、
と言われていたけど、いつもカーテンが閉まっています。

明日も用事で出かけます。
行きの電車で、どの本を読もうかな。





[2017/06/20 00:52] 日記 | トラックバック(-) | CM(3)

日進月歩 

こんにちは。
携帯電話のバイブが鳴っているなと思ったら、ウシガエルの声。
似てる。

ごく近所に、お若いですけれど立派な書道の先生がいらっしゃいます。
せっかくのお休み、お願いして、3カ月だけ習うことになりました。

久しぶりのお習字です。
課題は「日進月歩」
先生が、お手本を書いて下さっていました。

日進月歩。
日、日、日、進、進、日、進、月、月、月、歩、日、進、月、歩。
二時間近く練習。

これを今日の仕上げの一枚といたしましょう。
と心で決めて提出。

「月」が大きく右にずれてしまって残念でしたね。

え、ずれてる?

半紙を折ってみたらわかりますよ。

折って中央線を入れてみると、
確かに「月」の中心と「歩」の中心が1センチ以上ずれています。
それでもまだ、実感としてはずれていると思えなくて、だまし絵を見ているみたいな感じ。

気をつけて書き直し。

今度はできましたね。

ホントはよく分からなかったけれど、出来たことにしました。



[2017/04/28 01:10] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

薫風自南来(薫風南より来たる) 

こんばんは。
カエルの声が聞こえ始めました。
楽しいです。

今日はお茶のお稽古に行ってまいりました。
お茶のお稽古なんて、学生時代以来のことです。

先生はなんと、電車の中で隣り合わせた見知らぬ方です。
一年以上前ですが、なんとなく言葉を交わし、その後も偶然に何度も出会うという不思議なご縁。
その方の元でお稽古を始めることにしたのです。
流派は表千家で、私が若くに習い覚えたものとは違っていますが、
この不思議なご縁の前には、そんなことは小さなことだという気がいたします。

四月、春の炉には、釣り釜がかけられて、よい音を立てています。
明るい雰囲気で、楽しくお話ししながらのお稽古風景。
表千家のやり方でなくてもいいんですよ、とおっしゃっていただきましたが、
せっかくですので一から覚えようと決めました。

まずは割稽古です。
お袱紗のたたみ方を教えていただきます。
お薄点前の半分くらいまで教えていただいたところで、
早速、点ててみましょうよ、ということに。

さあ大変。
まず、お茶碗の持ち方ができません。
手の位置や形が違うのです。
私が知っている、肘をあげて構えて持つのではなく、柔らかく手を添える感じです。
柄杓の角度やら、水差しの蓋の扱いまで、私の身につけてきたこととは全部違っているのです。

ただ、同じ茶道ですので、流派が違っても、概ねの順序は同じです。
昔覚えたことは身体に染みついているらしくて、
すっかり忘れてしまったと思っているのに、
お湯を捨てると自然にお茶巾に手が伸びる自分に驚きます。

こうしてみると、茶道の学びが、所作の学びだということが、よく分かります。
残念ながら、順序を覚えていることは、それほど重要ではないのです。

一つ一つの所作の中に、それを良しとする価値意識があって、
その所作が身についてくると、言葉ではなく、その人の生活の動作全体の中に、その価値意識が表れることになるのです。

私たちは普通、それぞれの所作が、その人自身のあり方に繋がっていると考えています。
そういえば、最近読んだ村田沙耶香『コンビニ人間』には、
人の仕草や口調を真似ることによってしか動けない主人公が描かれていました。

この先お稽古を頑張って、表千家の所作を身につけた時の私は、どうなっているのでしょう。
以前に覚えていた所作はすっかり忘れてしまうのかしらん。
それともどちらも出来るようになるのでしょうか。
その時の私の所作は、私のあり方にどういう形で繋がっているのでしょう。

少し楽しみで、少しドキドキの実験です。

まあ、今のところの私は、ふすまも開けられなければ、歩くこともままなりませんけれど。


表題「薫風自南来」は、本日のお軸よりいただきました。






[2017/04/27 01:44] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

花を摘むように本を 

こんにちは。
お天気雨、のち晴れたり、降ったりの変なお天気です。

女の子の夢の一つに、手当たり次第にお洋服を買う、というのがあります。
映画の「プリティー・ウーマン」にも、そんなシーンがありました。

これも素敵。
あ、こういうのもいいな。
なんて、
帽子から靴やバッグまで。
そして一気に素敵になるのです。

もしかして、やってみたこと、おありですか?
私は、残念ながらありません。

昨日、本をたくさん買いました。
初めは、そのつもりではなかったのですけれど、
あ、これも素敵
あ、こういうのもいいな、
なんて。
つい。

気分は「プリティーウーマン」ジュリア・ロバーツです。
本屋さんで、花を摘むように、気まぐれに、本を買うのです。
もちろんですが、お仕事とは全然関係のない本を、脈絡もなく、です。

たくさん買うと、お支払いのカウンターで、お店の方に大事に扱われているような気がしてきます。
紀伊國屋書店さんでは¥5000円以上買うと、宅配で送って下さるという嬉しいサービス。
送り状を記入しながら、VIP気分でうっとりです。

というわけで今朝。
あ、宅配さん。
本が届きました。

ワレモノ注意の赤いシールが貼ってあります。
そうよね、本って、こわれものですよね。
思ったより小さい箱。

開けてびっくり。
自由にいろいろ買ったつもりでしたのに、文庫や新書ばっかり。

ああ。
そういえば、今までユニクロとかH&Mの手当たり次第買いなら、ありました。
我ながら哀しいほど倹約家なのでした。



**備忘録**
先々週の月曜日にも、同じことがありました。
どうやら、病院の帰りに本屋さんに寄って衝動買いしてしまうようです。
書いてみて気がつきました。
気まぐればかりでもなくて、予定した本も結構あるのがより情けないです。

<昨日買った本>
日高敏隆『春の数えかた』(新潮文庫)
三浦綾子『銃口 上』(角川文庫)
夏目漱石『それから』(新潮文庫)
平谷けいこ『四季の摘み菜12か月』(ヤマケイ文庫)
山代巴『この世界の片隅で』(岩波新書)
千野帽子『人はなぜ物語を求めるのか』(ちくまプリマ-新書)
『俳句 4月号』角川書店
『短歌研究 5月号』短歌研究社

<ついでに先々週買った本>
村田沙耶香『コンビニ人間』(文藝春秋社)
やまもとふみこ『家のしごと』(ミシマ社)
恩田陸『(夫が持って行ってしまったため不明)』
森茉莉『紅茶と薔薇の日々』(ちくま文庫)
森茉莉『幸福はただ私の部屋の中だけに』(ちくま文庫)
森茉莉『私の美の世界』(新潮文庫)
國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』(医学書院)




[2017/04/25 12:53] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

まずは仕事にとりかかる 

こんばんは。
今日は良いお天気でしたね。
日曜日、いかがおすごしになられましたか。

我が家のとても小さなお庭。
小さなスペースや、植木鉢に、花の苗を植えたりして楽しんでいます。

今日はお庭仕事をいたしました。
小さなお庭なりの、小さな庭仕事です。

少しだけ苗を買ってきました。
植え替えです。

まずは、使ったままにしていたプランターを洗ったり、
気になったところの草抜きから。

早くもくたびれてしまいましたので、ちょっと休憩をいたします。

よ~し、とかけ声を掛けて、土を作り、苗のいくつかを植えました。
それほどの変化はありませんが、見渡して、大満足。

今日の仕事はここまで。
手を洗ってから、ウッドデッキに腰掛けて、小さなお庭を眺めました。

ボーダーの日陰、やっぱりもう少し何か植えたいなあ。
前の広い角のところ、いつか見た写真みたいに、いろんな種類のお花をゴチャゴチャ植えるのもいいかも。
それって、いい考え!

今日の続き、明日、用事から帰ってからやりましょう。
だんだんやる気が出てきましたよ。

始めた後にやる気になることが多いこの頃です。


[2017/04/23 23:17] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

されど、糖質制限の日々(3) 

おはようございます。
週末になりました。
今週末は、楽しいご予定がおありでしょうか。
私は午後、シャンソンを聞きに行こうと思っています。
シャンソン、初めてです。


糖質制限の日々です。

広島そごうの地下1階は、明るくて、楽しくて、いつもいい匂いがしています。
「ユーハイム」、「とらや」、「ちから」のおうどんとおはぎ、「御座候」の大判焼き、「ケーニヒスクローネ」。
ああ、美味しいおやつで、全体が色とりどりです。

立ち止まって、売り場をしみじみ見渡しました。
そして突然気がつきました。
このフロア全部、私が食べられないものばっかり!

不思議なことに、哀しくもなんともありません。
ただ、その状況を目にしているという感じです。

そうです。そういうことなのです。
糖質制限の寂しさ。
それは、甘いものが食べられない寂しさではないのです。
地下一階全部、私にはかかわることができないところ。

食卓に、ご飯茶碗が並ばない暮らし。
子どものころからあたりまえだと思ってきたのとは違う、別の暮らしを生きている、そんな寂しさなのだと思います。

さてさて、そろそろお散歩に行ってこようと思います。

このあたりを飛んでいる蝶々や虫たち、
きっと、
ここは美味しいものばっかりだ!
とか、
こっちは食べられないものばっかりだ、
とか言いながら飛んでいると思います。


[2017/04/22 09:37] 健康 | トラックバック(-) | CM(0)

されど、糖質制限の日々(2) 

おはようございます。
昨日は郵便の日だったそうですね。
昨日は偶然、一通だけお手紙を出しました。

郵便が大好きです。
ポストに入れたら、誰かが運んでくださるなんて、世界はなんていいところ。


糖質制限、40g/日、4カ月になりました。
自分では、まあまあ頑張っていると思います。
甘いものをいただいておりませんのに、自己評価が甘い傾向があります。

それにしても、主食も無くて、根菜も、お菓子も無し。
一体何を食べて暮らしているのか、糖質制限女子。
イメージは、カスミを食べて生きるという、仙人のような女性(美人)。

いえいえ全然違います。
そうです。糖質制限女子は、肉食獣です。
食べ物の中心は、肉魚卵、脂肪。
生々しくも、世俗的な毎日を送っているのです。

では、毎日どんなものを食しているのか。
肉食獣的毎日のメニュー、ご紹介いたしますね。

と、申しましても、特別なお料理があるわけではございません。
糖質を含むものを使わないようにするだけです。

まず、私自慢の大発明メニューをご紹介いたしましょう。
それは、手巻き寿司です。

お海苔に紫蘇の葉を乗せて、お刺身を巻くのです。
お寿司ご飯はありませんが、全く問題ありません。
緑の大葉は、ほとんど糖質を含まない優秀お野菜。
具がたくさんいただけて、かえってよいほどです。

手巻き寿司。
豪華です。
ごちそうです。
簡単です。
自分だけ、ご飯を巻かなければいいので、家族と一緒に楽しめます。
シーチキン巻きは知られていますが、アボガド巻きやチーズ巻きも美味しいです。
是非お試し下さい。
お海苔はぜひ、黒々と厚い上等のお品になさってくださいませね。
オススメです。

小麦粉の変わりはプロテインです。
お魚のムニエルも、鶏のから揚げも、小麦粉の代わりにプロテインを使います。
小麦粉よりお味にコクが出ます。
ただし、焦げやすいので注意です。

サラダの時のお勧めは梅酢ドレッシングです。
MCTオイルを使って作ります。
作り方は、MCTオイルを同量混ぜて、塩こしょうするだけです。
ねたのさんから頂戴した、美味しい梅酢を使っております。
葉野菜とアボガドによく合います。
梅酢は、穀物酢よりもうんと糖質が低いそうです。
糖質制限の友、生ハムや、シーチキンをちらしたり。
いろんなお豆も、少し糖質は高いですが、サラダによく合います。
念のため申し上げますと、マヨネーズも糖質が低いので、OKです。

評判のココナツオイルは、それほど使えていません。
使う時には、カレー粉とか、スパイスとか一緒に使います。
少々糖質がありますが、カシューナッツなどを使って、エスニック料理気取り。
南国気分です。

山と渓谷社『SPICE 実用版 スパイスブック 香辛料の完全ガイド』
ずっと以前に、写真や絵がきれいなので衝動買いした大判の本が家にありました。
今更ながら、内容の充実に驚き、喜んでページをめくっております。

こんな風で40g切っているか、自信がありません。
まあ、何につけ、私のやることは徹底いたしません。
いつもまあまあ、です。

お昼ご飯のメニューにはちょっと困ります。
パンが大好きですけど×。
パスタも、ラーメンも、おうどんも、おそばも×。
軽食、という感じがうまくいきません。
それで、何をいただいているかと申しますと、
お味噌汁と、お野菜炒めとか、です。
この頃のマイブームは、厚揚げを焼いて、おネギを載せて、お醤油、です。
美味しいです。

そんな中、小麦ふすまパンは、福音でした。
幸せの、富沢商店「小麦ふすまパンミックス」(1㎏\1360円)!

パン焼き器で焼きます。
時折、膨らまないことがあってがっかりですが、へっちゃらです。
お味はそれほどかわりません。
バターをたっぷりつけていただきます。
幸せです。
LBTサンドも美味しいです。

体質が変わったのでしょうか、この頃チーズを美味しく感じるように。
お供はもっぱら、アルプス株式会社のお安い赤ワインです。

そういえば、キリスト教のお話などで耳にする‛パンと葡萄酒’。
そのありがたさが、少しだけ分かってきたかも?

罰当たりな発言はこれくらいにして、メニューのお話に戻りますね。

もちろんですが、午前にも午後にも、おやつの時間がございます。
おやつこそ、楽しい毎日を支える重要なポイントです。

定番は、いちごです。
イチゴは果物の中でも糖質が低いのです。
ホイップした生クリームをのせていただきます。

コーヒーゼリーも定番です。
もちろん苺とクリームをのせます。

時折、プロテインクッキーを作ります。
ホイップクリームをつけて、スコーンみたいにいただきます。
作り方も、スコーンと同じ。
バターと一緒に手でこねます。

晴れた日は、小鳥の声が聞こえます。

ショウガ入り紅茶がこのごろのお気に入りです。







[2017/04/21 09:58] 健康 | トラックバック(-) | CM(0)

されど、糖質制限の日々(1) 

おはようございます。
数日前の豪雨で、寒さもの残る日々はすっかり洗われて、あたりは急に暮春の風情となりました。
今は八重桜が満開です。
お近くの春は、いかがでしょう。

糖質制限って、お聞きになったことおありでしょうか。
ダイエットのために、取り組んでおられる方も多いようです。
私は、病気の再発予防のため、糖質制限をすることになりました。

糖質制限って、どうすることかというと、
中心は、白いもの3つをいただかないことです。
白いもの3つは、白米、白砂糖、小麦粉です。
私が好きなものばっかりです。

だから私の食事には、主食がありません。
毎食おかずだけなのです。
お茶碗に白いご飯がないなんて。
これが食事だと納得できない気がします。
食事観のコペルニクス的転換です。
カルチャーショックです。

おいしいものが大好きです。
当然、お料理も大好きです。
健康に気を付けて、お野菜多めの、理想的な食生活をしてきたつもりでした。
それを変えなくてはいけないって…
何だか悔しいです。

それに加えて、糖質の総量規制をいたします。
私の場合は、一日40g以下を目指しています。

糖質は、いろんなものに含まれていますから要注意です。
お野菜にも含まれます。
お野菜をふんだんに使うのがいいと思ってきたのに、今は選びながら控えめに使います。
糖質は、みりんなどの調味料にも含まれています。
お砂糖やみりんを使わないだけでなく、はちみつも、甜菜糖も使いません。

こう申し上げますと、なんだか食べるものがないような気がしてきますでしょう。
そうでもありません。

お鍋も、焼き魚も、ステーキも、OKです。
チーズフォンデュも、アヒージョもOKです。

結局、糖質でなければよいのでございますから、実態は、豪華なお肉やお魚の饗宴の毎日。
ははは。
糖質制限は、贅沢食生活の免罪符になっているのでございます。
大好きなおいなりさんも、ケーキも、お饅頭もいただけませんけれど、大丈夫。
エンゲル係数うなぎ登りにございます。

糖質制限を始めて、4カ月。
捨てられずに持っていた、素敵lなフレアスカートが履けるようになりました。

何事も、まあまあです。



[2017/04/20 11:16] 健康 | トラックバック(-) | CM(2)

考える前に始まっている 

こんにちは。
桜が満開の日曜日です。
曇りですが、それがかえって、この時期らしい感じです。

とうとう4月が始まりましたね。
これから8月まで、長いお仕事のお休みをいただきました。
病気療養と言いながら、思った以上に元気です。
職場の皆さま、ありがとうございます。

これから二度とないかもしれない、貴重な長期休暇。
どうすごそうか、と考えてはドキドキしていましたが、あれあれ、もう始まってしまいました。
せっかくだからと手ぐすねする、欲深~い気持ちの私、
いろいろと考えすぎて、何にも始められずにいるのです。

そういえば、これといった決意もなく、新しく始めたことがあります。

<俳句>
昨日、久しぶりに俳句会にまいりました。
何をするか決まらないだらだらした日々の中、まあ、行ってみようかなという感じで何気なくでかけました。
本当に久しぶりでした。
突然ふらっとでかけましたのに、先月参加していたかのように自然に迎えていただいて、
皆さんの歓迎が静かに伝わってまいりました。
句会、とっても楽しいです。

<お茶>
句会で出会った方のところで、半年だけ、ちょっとお茶を習うことにいたしました。
以前電車の中で隣り合わせて、すっかり意気投合した女性が、偶然俳句会にいらしていたのです。
これは何かのご縁です。
こういう時は、流れに逆らってはいけません。
お宅も隣駅とお近く。
早速来週、お伺いすることにいたしました。
楽しみです。

<ワイン>
お彼岸に帰省した時に、姑母が買っておいてくれたワインが案外美味しくて、
どうやら少し体質が変わったらしいです。
日本酒が好きで、似合わぬ講釈をしたりしていた若い頃もありましたが、この頃は、美味しければ何でも良いという具合のお酒好きです。
でもワインは全く未知、無知の領域。
初めて聞いたメーカーでしたが、長野県のアルプス株式会社というところのそれを、ネットでまずは6本注文。
案外お安く買えるのですね。
もう届きましたよ(すでに酩酊)


せっかくの長期休暇。
もっと、何か一つのことに集中して取り組むのがよいと思いますが、
また私のあれこれやるくせが出たようです。



挨拶句      久しぶり句会に春の水持参  ここ




[2017/04/09 10:08] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

自分が誰であるかが分かるような  (子ども達に伝えたいこと) 

こんにちは。
新学期ですね。
何か新しいことをお始めでしょうか。


FaceBookでフォローしている雲井雅人さんというサキソホンの演奏家の方の記事に、こんな言葉を見つけました。

「一番大事なことは、音符をたくさん吹くとか指が速く動くとかそんなことではなく、自分が誰であるかが分かるような演奏をするということです。」(雲井雅人さんfb 師の言葉 より)

「自分が誰であるかが分かるような演奏」

私が、国語の先生として、子ども達に伝えたいこと、これです!
嬉しくて、手帳に書き留めました。

もちろん、音楽のお話ではありませんよ。
念のため音楽を、言葉に置き換えてみました。

「一番大事なことは、難しい言葉が分かるとか、知識があるとかそんなことでなく、自分が誰であるかが分かるような言葉を使うということ。」

言葉を通して、自分が誰であるかを、知ることも、伝えることも、大きな喜びです。
(これは音楽の喜びもきっと同じですね。)

この喜びを子ども達に伝えられたら・・・
教師としての本望です。
そして、その第一の方法は、もちろん、
教師自身の、その喜びを見せてゆくことですよね。

となると、
まずは、先生の私が、子どもたちから見ても、喜んだり悩んだりする生身の人間でなくては。
おほほ、お恥ずかしい。
先生だって、大事な家族がいますし、楽しいこといっぱいしたいし、もう大人ですけど、みんなとおんなじように勉強して成長したいのです。

それでね、この物語の中でね、先生の好きなところ言うとね、
ねえ、聞いて聞いて。

う~ん。先生としては、少々頼りないかも。

一人の人である私の言葉を、子ども達に届けたい。
一人の人として、子ども達の言葉を聴きたい。

どうやら、私が頑張ってきたと胸を張って言えるのは、ただこのことだけのようです。
それなのに、自分では、結構頑張ってきたような気がしています。
それはきっと、私は、にわか知識をかっこよく披露してケムに巻いたり、
格好いい先生の自分が嬉しくなってしまったり、というところがあるからです。
でもそうすると、とたんに、私たちの間には、言葉の行き来がなくなってしまうのです。

子どもたちは、思った以上にいろんなことを感じ、いつも理解しようとしています。

私自身の言葉の喜びを見せてゆくこと。

まあ、今までも、これからも、国語の先生として私が頑張りますと自信持って言えるとしたら、このくらいかなと思います。

「言葉を通して、自分が誰であるかを分かることや、それを伝えることの喜びを子どもたちに。」

国語の先生になるための勉強をしている学生さん達に、
私が目指してきたのは、ただこんな風なことなのだと、
これだけでも結構精いっぱいだったのだと。
私が話して差し上げられることと言えば、そのくらいだなあと思います。



[2017/04/04 23:24] 教育 | トラックバック(-) | CM(0)

去年と同じ桜 

こんにちは。
リビングの前の桜が咲きました。
七分咲きです。

朝から、草刈り機の音があちらこちらでしています。
お昼前には、ご近所の方が数人で、桜の下でお茶会。
みなさん、外に出たくなっているんですね。

桜が咲いたら写真送ってねって娘に言われていたので、窓に立って写真を撮りました。
去年と変わらない写真です。

娘に送るついでに、仕事中の夫にも写真を送りました。
夫は、今年度いっぱいで定年です。
最後の担任の新学期。
忙しくしていると思います。

お散歩で、つくし野原を通り過ぎようとしたら、
何だかキトリにこっちこっちって言われているような気がして、
やっぱり、ちょっとだけつくし摘み。
ちょっとですから、明日のお味噌汁に入れることにいたしましょう。

キトリがいなくなって、初めての桜。
私も、ウッドデッキに出て、一人お花見お茶会です。

桜の花が咲く間、
何となく、家族がここに戻ってきているなと思います。



万愚節テレビ体操伸び縮み   ここ





[2017/04/03 15:20] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

毎日のお食事、どうしていらっしゃいますか? 

こんにちは。
4月になりましたね。

話題の本を読みましたので、ご紹介です。

土井善晴『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社 2016.10)

筆者は、和食の第一人者です。
そんな方に、料理は「一汁一菜でよい」なんて言われると、何だか私の毎日の料理の、申し上げにくいあれやらこれやらの免罪符をいただいたような気がして、それだけで少しホッといたします。

しかし、その上「おいしくなくてよい」とまでおっしゃっていると聞きますと、
我が家の料理責任者としては、
ホントにそんなのでいいんでしょうか、
とお訊ねしたくなります。

そうではないのです。
この本の「一汁一菜」は、お料理を、モノ=できあがった作品としてでなく、作り手、食べ手、状況などをひっくるめて捉える、家庭料理のあり方全体のこと。

この本の問いは、「家庭料理はどうあるべきか」につきます。
そしてその答えとしての。「一汁一菜」なのです。


「 どうも脳というのは、身体と反対の方向を向いていることがあるように思います。この頃は、「脳に騙されるな」、あまり脳を信じてはいけないと思っています。

・・・若い人が、「普通においしい」という言葉使いをするのを聞いたことがありますが、それは正しいと思います。普通のおいしさとは暮らしの安心につながる静かな味です。

・・・人間の「食べる」は、表層的なおいしさだけを求めているのではない。無意識の身体はそれをすでに知っており、穏やかな心地よさとしてゆっくりと脳へメッセージを伝えています。

・・・おいしい・おいしくないも、そのとき次第でよいのです。

・・・その変化を自分で感じていればよいのです。」

(p.18「自分の身体を信じる」より)



筆者の奥様は、仕事でできた料理を、帰宅した子どものために取り置いて、食べさせることを一切なさらなかった
のだそうです。そんな奥様への感謝とともに。

「仕事でできたご馳走と妻がその場で作ったお料理は、食べ物として同じでしょうか。

・・・それがご馳走であるとか簡単なものであるとか、味つけなんてことも問題ではありません。妻がその場で娘のために作る料理の音を、娘は制服を着替えるあいだに聞いたでしょう。匂いを嗅いだでしょう。母親が台所で料理をする気配を感じているのです。」

(p.40「台所が作る安心」より)


 この本は、母親が家庭で手作りの料理を食べさせるべきだとか、身体に良い自然素材をとか、そういった教条的なことを仰っておられるのでしたらうんざりですが、そうではありません。
よくある、そんなに頑張らなくて良い、というたぐいのものでもありません。

人が料理をし、それを食するという、日常として繰り返されること。
そこに深く目を凝らし、そこで人の中に何が起きているのかに思いをいたし、何が大切で、何がそうでないのかを考えようとした本だと思います。


「二〇一三年十二月、和食(日本人の伝統的な食文化)がユネスコの世界無形文化遺産に登録されました。その理由には、日本の豊かな自然を背景として、

一、素材の持ち味を尊重する(旬を楽しむ)

一、栄養バランスに優れた健康的な食生活(動物性油脂をあまり使わない)

一、暮らしの行事とともにある(節句のちらし寿司やおせち料理)

一、自然の移ろいを表現する(美しいプレゼンテーション)

があります。これはまさに、日本の国民の健康とくらしの情緒に関わる家庭料理のことだとわかります。にも関わらず、メディアは、名のある和食の料理人ばかりに、マイクを向けるのはなぜでしょう。どうして、日本の家庭料理を担ってきたおばあちゃんや母親のもとに、行かないのでしょうか。」

(p.104 「和食の感性 考えるよりも、感じること」より)



 もちろんですが、本書は随所に、具体的なお料理の提案や写真がちりばめられています。
後半は、日本の食の歴史や文化について、現在の食の変化、食の周辺、食の楽しみなどについて、いずれも身近な親しみやすいことを例に取り上げながらのお話。
そこにも写真が多数添えられています。
そして、その控えめな写真の中にあるのは、私たちの美しい日常なのでした。

JR九州 特急かもめ 車内にて
JR九州 特急かもめ 車内にて


[2017/04/02 15:50] 家事 | トラックバック(-) | CM(0)

美しく歩くコツ 

こんばんは。
大阪に戻る娘を、夫と一緒に広島駅まで送ってきました。
帰りの車のラジオで、広島市の桜の開花宣言のニュースが流れておりました。

ひと月くらい前でしたか、
「あさイチ」にバレリーナの吉田都さんが出ておられて、おもわず目を止めました。

いろいろお話の後、有働さんが、
’きれいに歩くコツ’をご質問。
あらまあ、世界のプリマに、そんなことを。

吉田さんは、いたって真面目そうにお答え。
「背中に押されるように」歩くといいですよ、
ということでした。

「背中に押されるように」
ちょっとやってみたら、なるほど、すすすっと前に進む感じがいたします。
どうぞお試しくださいませ。

「自分の背中に押されるように」って、面白いですね。

自分の意志で歩いているのに、押されているって受け身でもあって。
ちょっと流れに身体を任せる感じ。
案外、安定感があります。
ふむふむ、
頭でっかちですと、前のめりな歩き方になってしまうのです。

自分の背中に押される感じで歩く。
自分の意志で、自分の力で、でも何か大きな流れを背中に受け止めつつ。
これからは、そんな風に歩いてゆきたいなと思いました。

いくらでも歩けそうな気がして、いい気分です。


下宿に着いた娘からのありがとうメッセージ。
「桜咲いたら写真送ってね」。
家の前の大きなソメイヨシノ、もう少しで開花です。




[2017/03/27 10:54] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

「私を変えた一冊」ありますか? ( 読書会 いたします ) 

こんにちは。
2,3日前、お散歩経路に、剪定後の桃の枝がうち捨ててあるのを見つけました。
つぼみがたくさんついているのに。どうして今?
あと一息できれいな花を咲かせられるところを。
心が痛みました。

で、昨日お散歩途中に、いただいてきちゃいました。
桃のお節句は、旧暦ならちょうどこの頃ですね。
今、家中が、桃の枝でいっぱいです。


先々週のことでしたか、
俳句仲間の先輩とお電話でお話していたときに、
ふと「読書会やりたいなあ」って言ったら、
「やりたい、やりたい」って、
何と行動がお早い!
すぐに6人集めてくださいました。

よく存じ上げている俳句のお仲間です。
私、俳句の方はサボってばかりですので、嬉しいやら恥ずかしいやらでございます。

というわけで、早くも来月、読書会をすることになりました。
イメージは、大学の授業でやっているような読書会です。
単位も、学位も差し上げられませんけれど。
よろしければ、どうぞご参加下さい。

というわけで、早速、ご案内文。

全4回の第1回目は、自己紹介を兼ねたブックトークです。
テーマは、定番の「私を変えた一冊」にいたしました。

「私を変えた一冊」 ありますか?





読書会 へようこそ

2017/03/12

こんにちは。
俳句をサボってばかりのここです。ご無沙汰申し上げております。
読書会にご参加下さるとのこと、ありがとうございます。とても嬉しく存じます。

毎月1回、全4回の予定です。ご一緒に楽しいひとときが持てればと存じます。
どうぞよろしくお願いいたします。

日程や場所など、決まりましたら、改めて詳細をお知らせ申し上げます。


      <全4回 概要>

  第1回 ブックトーク「私を変えた一冊」
  第2回 課題図書(1) 自由ディスカッション
  第3回 課題図書(2) 自由ディスカッション
  第4回 まとめ ブックレット作成


    <第1回 ご準備いただきたいこと>
  第1回は「私を変えた一冊」という共通テーマでブックトークを行います。
(テーマの「変えた」は、大げさなものばかりでなく、ささやかな変化で結構です。)
以下のものをご準備ください。

  ①テーマに沿った内容の本を1冊決めて、ご持参下さい。
  ②テーマに沿ったトーク(5分程度)を以下の内容でご準備下さい。
    (1)本の題、著者、出版社、出版年
    (2)本の概要(あらすじなど内容の紹介 )
    (3)特に紹介したい部分の抜き出し(1~3行程度)
    (4)テーマに関わること(この本が私をどう変えたのか)
  ③トークの内容を簡単に記したレジュメ
    ・A4用紙1枚に(横書き または横置き縦書き)。
    ・上の(1)~(4)の順に。冒頭にお名前をお忘れなく。
    ・字数、行数などは自由です。ワープロでも手書きでもかまいません。
    ・人数分コピー(ご自分用を入れて7枚)

お気軽に楽しめる範囲でご準備下さい。
みなさまとのひとときをとても楽しみにしています。



[2017/03/23 11:17] 風の中の教室 | トラックバック(-) | CM(2)

街道を行く (やまなみサイクリングロード)  

こんばんは。
夜になって、雨が降り始めました。
この雨で、花のつぼみがまた膨らみそうです。

お彼岸で、夫の里にお墓参りに行ってまいりました。
のんびりできて、何よりの休日になりました。

昔の街道の面影も残る街並み。
遠く高いところに雪をいただく峰々。

山里の昼は、全体が春の陽に包まれて明るくて、しいんとして静かで。
雪の多いところで、中庭にはまだ雪がたくさん残っておりました。

それにしても、行き交う車の少ないこと。
車で往復したのですが、前後に車の姿はなく、すれ違う車も、時々という感じ。

島根県の雲南と呼ばれる地域です。
理由は分かっています。
高速道路、尾道松江線 の開通以来、広島と松江の通り道ではなくなり、すっかり車通りが絶えてしまったのです。
ドライブしながら、とても寂しい気がいたしました。

ところが、道の駅(布野)で一息入れた時、
ライダー達や、かっこいい自転車のサイクリストが、ちらほら。

あ、そうか。
どうやらこの道は、自転車に乗るには、もってこいの道になったのです。
車が少なくて、道は整備されていて、眺めも上々なんですもの。

坂道はいたってなだらか。
広々とした田畑に、島根県特有の赤瓦の家が点在しているのが遠くまで見えています。
時々、大きな川のそばを行ったり、山の間を行くこともご愛敬でしょう。
疲れれば温泉も所々に。

車がいなくなって、取り残されたように思えた道は、
昔のように、身の丈の速度で人が通う道に、再び戻っただけなのです。

国道54号線は、広島と宍道を結ぶ古い街道です。
昔の人たちも、この道を歩くのは、案外楽しかったのではないかしらん。

興味が湧いてきて、いろいろ調べてみますと・・・。

三次駅 ― 夫の里(頓原) 42㎞ 
夫の里 ― 宍道駅 これも調べるとちょうど50㎞。
40㎞は、昔で言えばちょうど10里。
江戸時代の人は、ゆっくり歩いて一日6里、急いで12、3里だったそうですから、
三次を出れば、雲南のあたりで一泊というところでしょうか。

では、自転車ですと、どのくらいかかるのでしょう。
根性が今ひとつでな私でも大丈夫でしょうか。

そうそう、赤来道の駅には、とってもおしゃれなレストラン・カフェがあります。
そもそも食べものがおいしいこの地域、他にも、ジビエのレストランや、薬膳レストランなどなど、
この頃は、こうした山間地域に、どこかで修行してこられた立派なシェフが開かれる、とてもよいお店があるのです。
食いしん坊の私が頑張れそうなご褒美です。

温泉も所々にいろいろです。
ラムネ温泉とか、平家の隠し湯とか。
それに、滝とか、キャンプ場とか、スキー場とか。
寄り道しながらのんびり行くのもいいですよね。

広島から来れば、到着は宍道湖。
宍道湖の夕陽の美しさはとても有名ですから、夕方着なら一層ドラマチックかも知れません。

自転車も、てくてく歩きも、とても楽しそうです。
これは大発見かも!

もうすぐ、藤の花、そして、合歓の花の季節がやってきます。



*今度、サイクリングに挑戦して見ようかな、と思って、ネットを見ると、
「やまなみサイクリングロード」とありました。
すでに知られているようです。さすがですね。

国道54号線、三次から宍道間が、特にお勧めです。
どうぞいらしてみて下さいね♪

☆やまなみサイクリングロード (島根県エリア)
http://www.pref.shimane.lg.jp/infra/road/joho/d_katuyo/kasseika/index.data/yamanamimap1.pdf
http://www.pref.shimane.lg.jp/infra/road/joho/d_katuyo/kasseika/index.data/yamanamimap2.pdf



[2017/03/21 23:17] 旅日記 | トラックバック(-) | CM(0)

草を摘む 

おはようございます。
昨日ミモザのリースを作って、入り口のドアに掛けました。
やりたいなと思ったことを、思ったとおりに出来るなんて、
幸せ度一番です。

先日、実家に帰ったとき、両親の日課のお散歩のお供をしました。
よく晴れて、温かい午後。

3人一列になって、警報器のない小さな踏切を渡って、あぜ道小道をゆきますと、
足下には、いぬふぐりの花がちらほら。

いぬふぐり、咲いてるね。

ほんと!昨日は咲いてなかったのに。

母が大げさに驚いてくれました。

この辺に、毎年ニラが出るのに、今年は出ないの、どうしてかと思って。

などと母。
私がお散歩の時につい、食べられる草や木の実を探しながら歩くのは、母譲りのお楽しみです。

ところで、先週、見つけた本。

平谷けいこ『四季の摘み菜12ヶ月 健康野草の楽しみ方と料理法』https://honto.jp/netstore/pd-book_27801020.html
帯には、「摘んだ草がたちまちごちそうになる。身近な72種を紹介」とあります。

植物一つ一つに、短いエッセイとレシピが書かれています。
たとえば「タンポポ」について。
見出しには、
「いつでも元気な西洋種が増え、四季を問わず採取可能に」とあります。

「最近の新興住宅地で、西洋タンポポそっくりの花をみつけました。さっそくサラダにしようと葉を摘もうとして、ブタのような毛が両面に生えているのにびっくりしました。「これはサラダにはちょっとおいしくなさそう」と独り言。新顔だったので、家に帰って帰化植物図鑑で調べてみましたら、ありました。ありました。ブタナ、西洋では「ブタのサラダ菜」と呼ぶそうです。」

といった風に、エッセイの中で、間違えそうな種類について、ちょっと楽しく触れられていました。
最後のレシピは「タンポポサラダ」。

「①西洋タンポポの葉や茎は一口大にちぎり、水をはったボウルの中のザルに入れ、水を替えながら1時間アクを抜く。苦みの成分が胃薬になるそうなので、水にさらすだけで大丈夫。
②マグロの油漬け缶詰とピーナッツかクルミを粗く刻んだものを①と合わせる。
③花びらがあれば少し飾りに散らす。
④好みのドレッシングを添える。
*イカとリンゴや柿、ラズベリー、レーズンなどの果物と合わせ、ヨーグルトマヨネーズを添えてもおいしい。」

花びらを「少し飾りに散らす」なんて、う~ん、絶対やってみたい。

そういえば、本屋さんの本棚巡りも、食べられる草や木の実を探しながらのお散歩に似ているなあって思います。





[2017/03/17 09:06] | トラックバック(-) | CM(3)

世界の中心で本を読む 

こんにちは。
いかがおすごしでいらっしゃいますか。

ところで、突然お訊ねいたしますが、
このごろ、何か文学作品、お読みになられましたでしょうか。
どんな作品がお好みでしょう。
面白いものがありましたら、どうぞご紹介下さいませ。

生きるため(^^)、自分の好きなこと探しをしています。
今日は、大学でのお仕事について、自分はどう考えているのか、考えてみました。

私は、大学では、近現代文学と、教育に関わる授業をしています。

その中で、やっていて楽しいのは、
「卒業論文のゼミ」
「近・現代文学演習」
演習の中で時々やる「読書会」
「女性と文学(講義形式)」
です。

何が楽しいって、人によって、気になるところや読み方がこんなにも違う!っていうこと。
学校で読むことの醍醐味ですよね。

いわゆる文学の授業のイメージって、作品を対象化して客観的に分析したり批評したりすること(ウンチク語り?)ではありませんか?
私の授業の風景は全然違っています。

何より ‘自分にとって’ が一番大切。
だって、正しい読みなんてもともとありませんし。
読む楽しみも読む意味もそこからですから。
(もちろんですが、文学研究者にとっての作品やその研究も、必ず自分自身にとっての問題とつながっています。)

当然授業は、参加メンバーによっていろいろに展開。
予測不能、奇想天外。
想定外の展開を、私を含め、参加者みんなで受け止めながら、ドキドキの読む教室ができてゆく…。

ね、楽しそうでしょう?

私は、大学では、近現代文学の分野に関わらせていただいていますが、
残念ながら、夏目漱石、といったような意味での専門はありません。
「人が、作品をその人として読むこと」に、とても興味があるのです。

というわけで、私の授業は、いわゆる文学研究的アプローチの前の、「自分で読む」ことのお手伝いです。

「自分で読む」ことって、意外に難しいのではないかなと思うのです。



ボールペンのぞくポケット涅槃西       ここ




[2017/03/16 09:12] 風の中の教室 | トラックバック(-) | CM(0)

課題:好きなことだけして暮らす 

おはようございます。
やっぱり、昨日、ミモザの枝を買ってきました。
無人市ですから、100円。
今日はそれで、リースを作りたいと思います。

先日の卒業式の日は、学科の先生方との会食に始まり、嬉しいばかりの一日でした。
麗しい袴姿のゼミの学生さんたち、
私へのこまやかな心遣いが、今さらのように伝わってきて、本当に素晴らしい若者たちです。
謝恩会を途中退席した私を、最後まで見送ってくれて、本当に感激でした。

久しぶりにお目にかかった学科の先生方は、インフルエンザやら、風邪の高熱やら、ぎっくり腰など、卒業式がやっとという状況の方が数人。
文字通りの満身創痍です。お忙しいのでしょう。
どう見ても一番元気なのは私なのでした。

そんな中、ゆっくり好きなことだけして過ごしてねと、言って下さる学科の先生方。
希有なことと、しみじみありがたく存じました。

というわけで、私の目下の課題は、ゆっくり好きなことをして暮らすことです。

ん?私の好きなこと・・・。

あなたの好きなことって何ですか。
時間がたくさん出来たらなさりたいことは何ですか。

私は、先日から、結構真面目に考えているのですが、まだみつかっていません。
何だかそれも情けない。
そうこうするうちに、おやすみが終わってしまいそう。

或る方から、お金をいただかなくてもできること、を考えればいいと教えていただきました。
家事。
実は私は家事が好きです。
食いしん坊ですから、糖質制限中のお料理も、返って工夫が新鮮で楽しんでいます。
ちょっとイヤになった時は、夫が代わってくれます。
お仕事。
学生さんといると嬉しくなって、テンションが上がってしまうのが問題なくらい。
面倒なこともありますが、あれこれと助けられて、何とかなっています。
研究。
あんまり好きではないけれど、時々すごくやりたくなります。
それに、研究はもともと、直接お金にはなっていません。

結局、どれもお金がいただけなくても、関係ないような気がします。

そうです。
私はもともと、好きじゃないことは、ひとつもやっていなかったのです。

困りました。
好きなことだけやって過ごすというのは、大事な中心的治療行為です。
それが、今までと変わらない生活だとしたら、
大変!再発必至です。
私はどうしても、私が好きなことを探さなければなりません。

そうだ、反対に、好きでないことを止めればいいのです。
私があまり好きでないこと・・・。

髪洗い。
待ち合わせに時間どおりに行くこと。
メールのお返事。

生活に支障が出そうですが、命には代えられません。



[2017/03/15 10:15] 健康 | トラックバック(-) | CM(2)

直感に従う(4) 

おはようございます。
もの干し場の前のサンシュユの木が、黄色いつぼみをつけています。
この花は、私にとって、大事な春の合図の一つです。

明るい春が来ました。

病気治療に関わる不思議なお話の続きです。
これでおしまいになると思います。

*************

1月6日の面談の時、私は主治医の先生に、抗がん剤治療をもうしばらく待って下さるように伝えました。
その時先生は、抗がん剤治療をしなくても、その後の経過観察の定期検査はしてくださるとおっしゃってくださいました。

これはとてもとてもありがたいお話でした。
ビタミン・ケトン療法をして下さる心療内科の先生は、「自分はガンの専門では無いから、検査結果を診る力量は無い」と正直におっしゃって下さっていましたから。
多くの大病院では、治療方針に従わない患者には、それ以後関わらないとするところが多いと聞いています。
放り出された患者は、その後、いわゆる医師に見放されたガン難民になります。
たとえ民間施設で検査は出来ても、その検査結果を診る見識が無ければ、どうしようもないのです。
たくさんのがん患者を診てこられた先生に、経過観察をしていただくことは、何にも代えがたい安心です。
私は心の底からホッといたしました。
今も、先生に感謝の気持ちでいっぱいです。

1月13日、鳥取のお医者さまの待合室で目にして、購入した本。
『がんに負けないこころとからだのつくりかた』(浜口玲央 長谷川充子 和田洋巳)
この本は、イラストつきで、がんのしくみの説明がわかりやすく、かつ学術的でした。
がん三大療法を先頭に立って勧めてこられたがん治療の権威であった和田先生が、大学病院をご退官後、新たに治療を試みられている、その内容が、食事内容を含めて具体的に示されています。
その本は、ビタミンケトン療法とは異なる治療でしたが、やはり、がん治療を、今の医療の外から考えることの大きな可能性を伝えていました。

16日(月)に心療内科に行きました。
気持ちは、鳥取の先生の説明を受けて、ガイドラインどおりの抗がん剤治療を受けることに傾きつつありました。
迷っていると伝えました。
手術をしていただいた病院で、経過観察をしていただけることを伝えました。

先生は、もう一度、必要ないと思うよ。とおっしゃいました。
抗がん剤で治るわけではないからねえ。

先生とは、いつも短い面談です。
先生には、一般に想像する名医の重厚さといったイメージがあまりなくて、そんな重要なご意見でも、どこかさらっとした印象があります。
初めはそれが少し心配でした。

でも、何度か通ううち、そのお人柄やお力が伝わってきていました。
先生は、ただ、今までの医療の考え方の外、全く別のところにおられるのでした。
私は、治療について考える中で、エビデンスと言う言葉をたくさん聞きました。
くだんのガイドラインは、その立場の中でのエビデンスの集積です。
しかし、何が何ののエビデンスかということを考え始めると、全体は揺らぎます。

先生は、お薬の適用などに、とても慎重です。安全の保証の無い高価なお薬は出されません。
それから、一般に、自由診療の費用はとても高額ですが、
先生のところでの、混合ビタミンの点滴は、私のような者にも十分継続的に受診できるありがたい価格でしていただいています。
たくさんの論文もお書きになって居られ、心ある医療者の方々のグループが、果敢に新しい治療を試みられている、その中心に居られる様でした。
私たちが人とその仕事を見る上で、その人が何を大切だと考えているかは、重要な手がかりだと思います。

その帰り道、やっぱり抗がん剤は止めようと思いました。

1月19日、面談の前日。
私は、やっぱり迷っていました。
結局、その日にも、鳥取でのプロテオという検査結果の連絡はありませんでした。
私は、病状をはっきり受け止めるために、結果を待っていました。
手術後まもない私の場合は、C(血中にガンがある)という結果が殆ど自明のことなのでした。

明日の治療方針についての決断について、ずっと迷っていた私に、
夫が、「出来ることは全部やってくれ」と申しました。
私もそのとおりだと思いました。
抗がん剤治療もして、ビタミンケトン療法もする、ということです。
私たちは、結局、そうすることに決めました。

1月20日、面談の日の朝。
もう一度、抗がん剤治療を受けることを確認して、夫を仕事に送り出しました。
午後の面談には、一緒に来てくれることになっていましたから、
私は夫に、また病院でね、と言いました。

その後まもなく、朝の8時過ぎに電話がありました。
鳥取の病院からでした。
プロテオの検査結果についてでした。
診察開始の時間前にお電話を下さったのだと思います。
結果は、A(微量のガンもみつからない)というものでした。
先生にとっても、意外な結果でした。
間違いがあってはいけないので、確認していたため、知らせが遅くなったと言われました。

ただ、呆然といたしました。
どうやら、私の中で、がんは消えているようでした。

夫に急いでメールしました。
実家の両親に電話しました。
娘にも電話しました。
ずっと心配してくれていた友人にメールしました。

午後の面談で、検査のことを伝え、翌週もう一度面談することになりました。
検査は新しいもので、その信憑性についてが問題の様でしたが、私たちは全く分かりませんでした。
検査結果の連絡は、ぎりぎり間に合ったのだと思いました。
抗がん剤は、一旦始めることになると、なかなか止められないと聞いていましたから。

結局、抗がん剤治療をしないことに決めて、今に至ります。

あれから一ヶ月以上たちました。
気が抜けたようになったまま、あっという間に時間が過ぎました。
治ったという実感はあまりなく、再発の不安は今も残っています。

私は今も40グラム/日を目安にした糖質制限の毎日を送っています。
治療効果の目安になるケトン値は、400~900の間を行き来しています。

先生からは、
もう治ってると思うよ。今後は、不安の解消が目標だね。
と言っていただいています。
たぶん、治ったのだと思います。

ところで、初めに、悪いガンだと分かって、とてもうろたえていた時のことです。
私は、すでに学会発表を申し込んでいましたが、とても発表どころではない精神状態でしたので、発表を辞退することにしました。
しかし、ふと、病気のことばかり考えていても仕方がないと思い直し、頑張って学会発表に望むことにしました。
会場には、大学院の時の恩師が、わざわざ聴きに来て下さっていました。
久しぶりにお目にかかる先生のお姿でした。
私はまずい発表の言い訳のように、がんがみつかったことをお話ししました。
その時、先生は他の発表をふいにして、耳を傾けて下さり、私はとても慰められました。
その先生が、また偶然暮れにご連絡を下さいました。
先生はまたお電話口で熱心に励まして下さいました。
私は今、先生の励ましで、今の心療内科の先生に連絡を取る勇気が出たことを思い出しています。
めったにお目にかからない先生が、私を救う神さまのお使いになって、繰り返し現れて下さったのだと思われてなりません。

他にも、娘がもらってきてくれた大阪の神農さん(少彦名神社)のお守りを、一度落として失くしたのに、なぜか夫が拾ってくれていた事件。

まだまだここには書ききれない、たくさんの小さな偶然と、いろいろな方のお気持ちがありました。
そんなこんなが重なって、今の私の状況があります。

今、自分では、すっかり元気になっていると思っています。
相変わらず、これでよかったのか、この先どうなっていくのか、結局は全然わからないまま。
知識も何も無い素人のままで、根拠は自分の直感だけ。

こわいなあ。
でも、それしかないし。
まあ、大体人生ってそんなものかも。

私はこんな調子で、今日の晴れた日曜日を迎えています。

今までにご心配をお寄せ下さった皆さまに、本当に本当に感謝しています。
このたびの病気にかかわるいろいろは、そんなささやかなご縁が重なって今があるということが、身に染みて分かる体験でした。

ありがとうございました。
今後ともどうぞどうぞよろしくお願いいたします。


*************

長いこと、おつきあい下さって、ありがとうございました。
せっかくですので、ご参考までに、初めに挙げました
ケリー・ターナー『がんが自然に治る生き方』に記された、
「余命宣告から「劇的な寛解」に至った人たちが実践している9つのこと」
をここに記しておきますね。
先ほどご紹介した本の和田先生を初め、この本の研究に触発された医療者の方々も少なくないそうです。

1.抜本的に食事を変える
2.治療法は自分で決める
3.直感に従う
4.ハーブとサプリメントの力を借りる
5.抑圧された感情を解き放つ
6.より前向きに生きる
7.周囲の人の支えを受け入れる
8.自分の魂と深く繋がる
9.「どうしても生きたい理由」を持つ

では。
皆さまのご健康とご活躍をお祈り申し上げつつ。




[2017/03/12 11:54] 健康 | トラックバック(-) | CM(4)

卒業論文集 あとがき 

こんばんは。
昨日、今日と、よく晴れて、春らしい温かい日になりました。

昨日は、勤務校の卒業式でした。
久しぶりに大学に参りました。

卒業の日に、それぞれに卒業証書をお渡しするのは、ゼミの担当教員の仕事です。
なにより大切で、嬉しい仕事です。
しばらくお仕事をお休みしておりましたが、この日だぜひ出勤して、この佳きお仕事をしたいと願っておりました。

久しぶりにゼミ生の皆さんに会いました。
病休中、ずっと応援して下さった8人の学生さんたちが、今日は華やかな袴姿です。

毎年のことですが、今年も卒業論文集のあとがきをここに残します。
でも、今年はまだ文集ができあがっておりません。
文集係の方が奮闘してくださって、また印刷屋さんにも幾重にもありがたいお力添えをいただいて、なんとか3月中にはできあがりそうです。

卒業の日を記念して、今日、そのあとがきをここに。
心を込めて。


****************


あとがき

卒業論文、大変お疲れさまでした。
11月からの私の不在の中、それぞれ本当によく頑張られたと思います。
皆さん揃ってご提出の知らせに、ほっと深く安堵したのが、ずっと昔のことのように思われます。

大学の教員として、最も大切でやりがいのある仕事である、卒業論文のゼミ。
追い込み時期の不在については、今も本当に申し訳なく、残念に思っております。
病床から、卒業論文の本当の醍醐味を、味合わせて差し上げることが出来ないままになってしまったと思い、しみじみ、繰り返し、悔しく残念に思っておりました。

今年度のゼミ生は、揃って卒論への意欲が高いのが特徴でした。
しかしなかなか課題が決定しませんでした。
決定しても、研究が全く進まない場合もありました。
研究の舟になかなか乗り込めないのです。
(それについては、指導者としての私の今後の課題であると思っています。)

研究の舟は、いつだって頼りない笹舟のような小舟です。
それでも、そんな小舟に一人乗り込み、漕ぎ出して行くこと。
ただ一心に漕ぐ中で、到着点は不思議と見つかるものだということ。
そんな小さな航海の体感こそが、卒論研究の醍醐味の中心であると考えてきました。

だから私の仕事は、まず舟に乗せ、波間に押し出すことなのに。
今年はとうとう・・・。

その時に耳にしたのが、自主ゼミのことです。
「研究室で、いつも賑やかな声がしていますよ。」
そんなお声を耳にして、私はとたんに嬉しくなりました。

私の心配は何のその、皆さんは一緒に大きな船をこしらえ、漕ぎ出して行かれていたのですね。
おしゃべりや、お茶やお菓子、窓からの景色。
学生同士で行った自主ゼミの光景は、きっといつまでも残るこころの風景となるでしょう。
軽やかに、明るく、優しい風に吹かれての航海。
皆で見つけられた、卒業論文の別の醍醐味ですね。

それはきっと、なにより、これからのための佳き体験となってゆくと思います。
このたびの皆さんの姿に、何より私自身か深く学ばされました。

入院には、みなさんからの応援の色紙やプレゼントを持って行きました。
枕元の皆さんの温かい言葉が、本当に本当に心の支えでした。
今はただ感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございます。

皆さん、どうぞこれからも、勇気を持って、明るく楽しく前に進んでいらしてください。
これから進まれる道が、佳きものであることを、心から信じています。

ご卒業おめでとうございます。
心から、お祝い申し上げます。

     2017年3月10日        ここ





[2017/03/11 22:35] 教育 | トラックバック(-) | CM(0)

直感に従う(3) 

こんばんは。
この頃はいかがお過ごしでいらっしゃいますか。

今日は、お野菜市場にミモザが出ていました。
あの黄色!
花の色に吸い寄せられる虫たちの気持ちが分かるような気がいたします。

私の治療の備忘録について、もっと具体的に書いておいたら、どなたかの参考にもなるよというご意見をいただきました。
なるほどそうかもしれません。
私も 他の方の体験談にずいぶん励まされましたから。

それで、もう少し具体的に書くことにいたしました。
よろしければ、おつきあい下さいませ。

************

暮れに、お電話して、診ていただいたのは、心療内科の先生でした。
先生は私に、「抗がん剤をしないほうがいい」とおっしゃって下さったのでした。

糖質制限と混合ビタミン点滴が、先生の治療方針でした。
鬱病や統合失調症が栄養で治ることのご経験から、がんなどの病気も栄養治療で治ることを発見されたばかりなのだそうでした。
私も糖質制限をすることになりました。
本を読んで下さいと言われました。
以下は勧められた4冊の本です。
 古川健司『ケトン食ががんを消す』(光文社新書)
 荒木裕『ガンを自宅の食事で治す法』(三笠書房)
 小林びんせい『がんになったら何を食べたらいいの?』
 野中秀訓『がんになって、止めたこと、やったこと』

あっというまに4冊読み終えました。
まずは古川先生の本で、ノートを取りながら勉強しました。
並行して、自分が食べているものを記録し、日々どのくらい糖質を取っているのか、確かめることにとりくみしました。
私が目指す日に40グラムの糖質摂取に抑えるには、野菜の糖質さえ計算しながら食事を取らなければなりません。
それでも、明らかながん治療のためのスーパー糖質制限 20g/日 よりはずいぶん楽です。
私の場合は、手術直後の見えないがんとの戦いでした。
私白いご飯が大好きですが、すっぱり諦めました。

1月4日。
宮島での皆さんの励ましのおかげで、すっかり元気になった私は、
その勢いで、本で読んだ小林びんせい先生の連絡先(東京)にお電話しました。
ご著書から、とても信頼できる気がしていたからです。
またまた今までの私にはないびっくり行動力です。

ご指示通りに、相談書を送ると、直ぐにお返事が来ました。
・抗がん剤治療を待って下さるように、主治医の先生に言うこと、
・広島から比較的近くて行きやすい病院を2軒紹介しますから、電話してみるように。

どちらの病院にするかは、電話の対応が自分に合うかどうかで決めるといいですよ。

それは、ちょっと聞くといいかげんなようで、実はとてもよいアドバイスでした。
大事なことを決める時って、そういう風な、自分の‘感じ’って、とても大切なのだと思います。

延期していただいた主治医の先生との次の面談日は20日でした。
どうしてもそれまでに、自分で納得できる治療方針を決めなければなりません。
結局、自分で決めなければならないのです。
私は早速お電話をし、13日に鳥取の病院を訪ねることになりました。

13日はよいお天気で、した。
新幹線で赤穂へ、そして智頭線に乗って、鳥取に向かいました。
大旅行です。
県境あたりから、突然、雪景色になりました。

予定を空けて診て下さることになった鳥取の病院の先生は、お若い先生でした。
先生はこれまでのことをいろいろ尋ねてくださいました。
私は主治医の先生や看護婦さんに言われたことなどいろいろお話しました。

執刀主治医の先生は、穏やかで明るい素敵な女性の先生。
手術後に、先生から言われた治療方針は、抗がん剤6クール。
その治療方針は、先生が広げて見せて下さった、Yes・Noでたどってすすんでいく占いのようなもので、たどりついたところに書かれいました。
先生のおっしゃるガイドラインです。
私の仕事や生活、家族のことなど、主治医の先生とはまだ何もお話していません。
今ここにいる私も、次に来るだれかも、このYes/No占いの少ないパターンによって分けられる、占い結果で治療が決まるのでしょうか。
私には、この占いが私にもあてはまるとおっしゃる理由がよくわかりませんでした。
ガイドラインは市販されているから購入してよく読んで下さいと言われ、帰りに紀伊國屋で購入しました。
結局、いまだに一度も開いていません。

鳥取のお若い先生は、いろいろと丁寧に説明して下さいました。
私はやはり抗がん剤治療を受けた方がいい状況であるということでした。
手術後にも、ガンは、血流やリンパに乗って体内を回っているとのこと。
それをたたくには、保険のきく範囲では、抗がん剤が効果的lだと言われました。

やっぱり結論は抗がん剤なのでした。
でもまあ、おかげでようやく納得することが出来ました。
よしとしようと思いました。
何だかやるせない気分でした。

せっかくここまで来ましたから、お土産がわりに、プロテオという新しい検査をしてみることにしました。
それは、ごく微量のガンも見つけ出す検査で、最近出来たばかりだということでした。
16日(月)に結果を知らせて下さるとのことでした。

それにしても、我ながら感心いたします。
よくもまあ、ある意味東京より遠い鳥取まで、それも雪の中をついて。

帰りは松江まわりで広島に戻ることにしていました。
雪の中を走る山陰本線。
車窓からずっと海岸線が見えていて、よい旅行だったと思いました。


20日の面談まで、あと1週間。

***********

長い間おつきあい下さったのに、やっぱりそれほど具体的になりませんでした。
やれやれです。
申し訳ありません。



入院の時に作った歌二首

繭玉のごと一人ずつカーテンの薄桃色に抱かれて眠る
自然治癒の書に9つの物語魔法と謎と9人の勝者         ここ




[2017/03/08 23:12] 健康 | トラックバック(-) | CM(0)