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詩の手帳(採集用) 

こんにちは。
新学期になりました。

詩を書き留めるための、小さな手帳を買いました。

クリーム色の表紙。
紺色のゴムつきです。

さあ、これからいっぱい捕まえるぞー。

平凡な私の、平凡な毎日の中の、
たくさんの詩のかけらたち。

新しいノートの匂い。
新学期です。




[2019/04/11 11:30] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

とびばこよりも 

こんにちは。
短い春休みを過ごしています。

ところで、跳び箱はできますか?
何段飛べますか?
では、馬とびはいかがですか?

謝恩会では、学生さんにむけて、最後のお話をいたします。
はなむけにと、自分で拙い歌や句を作ってゆくこともあるのですが、
今年はできませんでしたので、気に入った詩を読むことにいたしました。

山本純子さんの作品「とびばこよりも」です。
学校が大好きな私が、一目で気に入った詩です。

これで学校を終える卒業生のみなさんのはなむけに、
心を込めて朗読しました。

卒業生の皆さん、
高い高い跳び箱を跳べるようになることよりも、
たくさんの人の背中を借りて、どうぞ、うんと遠くまで進んで行かれますように。


***********


とびばこよりも    山本純子


 とびばこ
 よりも
 馬とびがすき
 
 だれか
 馬とびしませんか

 さきに
 馬になってくれたら
 わたしが
 つぎに馬になります 

 じゃあ もうすこし
 ひくくなってね
 と いろんなひとに
 こえかけて

 とびつとばれつ
 とびつとばれつ
 とんでいったら
 もう
 そつぎょうのひに
 なりました

 がっこうじゅうを
 ひとあるき
 みんな 
 せなかをかしてくれて
 ありがとう
 と つぶやけば

 がっこうは
 いちめん
 あおくさのにおいに
 みちていて

 てのひらは
 せなかのきおくで
 いっぱいだ


 山本純子詩集『きつねうどんをたべるとき』(ふらんす堂 2018.10)





[2019/03/19 10:42] 教育 | トラックバック(-) | CM(2)

卒業論文集 あとがき 

こんにちは。
春の、落ち着かない天気が続いています。

先週の金曜日、大学の卒業式が行われました。
親しくしてきた学生さんたちが、皆さん、それは美しい袴姿で、卒業してゆかれました。

私は、少しも別れの実感が持てないまま、送り出しました。
元気で、ご自身の人生を頑張って生きていってほしいと、
切に願います。
皆さん、ありがとうございました。

今年も、卒業論文集を作りました。
皆さんとのいろいろなことを忘れませんように、
あとがきをここに。


***********

卒業論文、大変おつかれさまでした。
今年は、全員の論文が揃うのか、少々心配いたしました。
やっと安堵しています。

 卒業論文のテーマは、かなり個性的で愉快なものになりましたね。
どれも書き手の方のこれまでを深く反映しているのが特徴です。

Aさん、Iさん、Kさん、Nさん学生寮の仲間たちは、皆さん鷹揚として力もあり、とても個性的です。
本音でお付き合いのできる寮経験のたまものでしょうか。
それぞれにご自身のテーマを深めました。

TさんとKさんには、運動部で培われた強さや知恵を目の当たりにして、何度も感心させられました。
ゼミ一番の文学者はHさん。
Uさんの「資料検索BOOk」には、学科中が驚きました。
私も含め何かと頼りにしておりました。
ありがとうございました。

夏の合宿は、中津市からの合宿援助を頂いて、愉快な旅になりました。
(Kさんありがとうございました。)
宇佐神宮での一生懸命なお願いも、きっと御利益があったでしょう。

そういえば神様は、合宿に(集合写真にも)参加できなかったMkさんにもちゃんと味方してくださって、卒論のテーマと研究の神様が降って来たかのようでした。
Mdさんの最後の会のご参加でようやく勢揃い。みんなで大喜びでした。

今年のここゼミは、こうしてずっと語っていたいようなそんな温かいゼミでした。
いつも何だかよく笑う、そんな仲間たちでした。
よい時間を、本当にありがとうございました。

自分の目で見て、自分の足で歩もうとする人は、静かに光を発しています。
人と笑い合える柔らかさと温かさは、力なのだと思います。

私は、卒業論文のささやかな取り組みと、仲間たちとの時間が、きっと皆さんのこれからを照らし続けてくれると信じて、
こうしていつまでも大学の仕事をしています。
そして私は、今までのものが何も参考にならないような、大きく変化する社会に船出してゆく皆さんを、
後ろからいつまでも見送っています。

でも少しも心配していません。
皆さんがご自身の光の中にあるからです。

ご卒業 おめでとうございます。
心から、お祝いを申し上げます。

2019年3月15日   ここ



[2019/03/18 15:33] 教育 | トラックバック(-) | CM(0)

雛飾り 

こんにちは。
三月三日の今日は、雨になりました。

今年は、お雛さまを、リビング横の和室に飾りました。
娘が赤ちゃんの頃以来のことです。
お雛さまは、今も真新しいかのようです。

お雛さまの前に敷かれた小さいお布団に寝ている、赤ちゃんの娘が目に浮かびます。
20年以上前のこととは思えない、鮮明さで。

当時は想像もできなかった、50歳をとうに過ぎた私がここにいて、
そちらはぼんやりした映像のよう。

あの頃と同じ様に、紅梅や、山茱萸の花が、窓から見えています。



待ちながら過ぎてしまへり雛祭   ここ


[2019/03/03 11:54] 家族 | トラックバック(-) | CM(0)

莫祢氏(あくねし) 

こんばんは。
夜も更けて参りました。

今日はすっかり遅くなって、お食事に出かけました。
初めてのお店です。

カウンターに腰掛けました。
静かなだなあと思ったら、
そう、音楽がかかっていません。

かなりしばらくして、付き出し。
いいだこ。
どうやらいいところに来たみたい。

あじ刺し。
昼間引いたおみくじを出して読みます。
中吉。

焼きさわらとあおさ。
このたびは幣もとりあえず手向け山…
この歌、なんだか間が抜けた感じが。
運気ひと休みの感あり。

春菊の出汁びたし。
待人 来れども遅し。
病気 気長に療養すれば吉。


*本日、飛梅五分咲きでした。



[2019/01/30 23:48] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

母のイヤリング 

こんにちは。
母から、もう使わなくなったからと、イヤリングをたくさん譲り受けました。

早速つけてみましたら、私が急に大人っぽくなりました。

全部ホンモノだから

母が言ってたことを思い出します。

イヤリングは、どうしても落としてしまうので、
この頃つけているのは、全部私の手作りです。

手作りといっても、気に入った飾りやビーズを組み合わせて、貼ったり繋いだりするだけ。
簡単です。
何よりお値段がかかりません。

フランス製のちょっと無骨でシックな飾りや金具が好きです。
楽しくて、いくつもいくつも作って。
私の、おもちゃのような、楽しくてかわいい毎日を飾ってくれています。

今は、一週間のお仕事を終えて、広島に帰る新幹線の中です。
窓に、母のイヤリングをつけた私。
真面目にならないと乗り切れない毎日が映っていました。






[2019/01/25 18:12] 日記 | トラックバック(-) | CM(4)

現代詩手帖爆弾 

こんにちは。
夕方になって、急に冷えてきました。

この頃、詩のことが気になっています。

去年のことですが、詩集をいただきました。
詩集を、著者の詩人の方からいただくのは初めてでした。

井野口慧子さん『千の花びら』。
作品には、よく知った地名や、日常の出来事、時には広島弁も混じっていて、
それなのに、硬質で透明な全体。
なぜか伝わってくる言いようのない哀しみ。
胸がいっぱいになりました。

それで、少し前から、Facebookの、松下育男さんのページを見つけて読んでいます。

松下さんは、詩について、いろいろ話しておられます。
時々、お薦めの詩の本を教えて下さることもあります。

タイトルをメモします。
手に取ってみたいなあと思います。
でも、注文するということもなく、
そのまま時間がすぎてゆきます。

先日、福岡のジュンク堂書店に行った時、
現代詩の棚の前に立ちました。

小池昌代さんの『赤牛と質量』!
手に取って、ぱらぱらと開いてみました。

私はしばらくそこに居て、見慣れた他の棚に移りました。
山本純子さんの『きつねうどんをたべるとき』はありませんでした。

別の日、
広島の丸善に行きました。
私は福岡と広島を毎週行き来しながら暮らしています。
自分がどこにいるのか、わからなくなるような暮らしです。

「現代詩手帖 1月号」を買いました。
白っぽい表紙の厚い雑誌でした。
ちょっと檸檬爆弾のような。

[2019/01/24 18:23] 日記 | トラックバック(-) | CM(1)

宛て先のない手紙 

こんにちは。
お元気ですか。

ご無沙汰申し上げております。
私は元気にしております
ここに訪れてくださる方々のことを、とても慕わしく存じつつ、暮らしております。


手紙が書きたくなることがあります。
誰宛てということもなく。

午後、
ねこやなぎの絵はがきを買いました。
もうすぐ春ですね、と書いて送るところを想像いたしました。

どなた宛てか、まだ分かりません。



[2019/01/17 12:01] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

鳥渡る 

こんにちは。
良いお天気ですね。

ペンケースのお洗濯をしました。
きれいな青緑色の布製です。
アヒルさんが一列に並んで、まわりを一回りしています。

アヒルさんたちは、みんないつもまっすぐ前を向いて、
真面目そうでもあり、ちょっと笑っているようでもあります。

今日は、お日さまに向かって干しましたので、
もしかすると、飛ぼうかな、とか考えているかもしれません。




川多き阿波の国原鳥渡る

穴を掘るばかりの遊び小鳥来る   ここ




[2018/10/29 13:44] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

十三夜 

こんばんは。
今夜は十三夜です。

夫と二人、デッキに出ました。
高いところに、白くて、明るくて、静かな月。

これといって話すでもなく、
10分間くらい外にいたでしょうか。

どちらからともなく、静かに家に入りました。

よい月の晩です。




[2018/10/21 23:06] 家族 | トラックバック(-) | CM(2)

ティータイム 

こんにちは。
今週は、一人の週末です。
これといった予定もなく、のんびりしています。

久しぶりに小説読んでいたら、こんなシーンがあって、私もスコーンがいただきたくなりました。
となると、行動は素早いです。
早速作り始めました。

バターをサイコロに切って、
お粉はアーモンドプードル。
糖質制限で、小麦粉はもう使えないのです。
同量のプロテインを入れます。
プロテインを摂るのが課題ですので、この際です。
風味づけに、ココナツファインも少々。
分量はすべて大体です。

実験的に、ベーキングパウダーを入れた方と入れない方を作りました。
ボールの中でそのまま練って、ガラスコップで丸く型を抜いて、天板に並べます。
出来あがり。

天板の、右と左。
膨らみ方、おんなじ。
なあんだ。

いよいよティータイム。
紅茶に、すりおろしたショウガを入れて、今日はレモンも入れました。

クロテッドクリーム、
ああ、福岡のお部屋の冷蔵庫にはありますけれど、
こちらの冷蔵庫にはありません。
生クリームをたっぷりのせて、
いただきま~す。

あれ?
パサパサ。
粉っぽくて、あんまり美味しくありません。

まあまあ楽しい、一人のティータイムです。


「ぼくがくしゃみをして、鼻をかんでいると、桃さんが、あったかいおやつ食べる? ときいた。応えるよりさきに、たまにしかつくらないんだけどね、アオさんにスコーンでも焼きましょう。桃さんが熱いお茶を一気に飲み干して、台所にむかう。
 桃さんは骨張った手でスパチュラを持ち、粉をさくさく混ぜている。なにを配合しているのかわからない。練らないのが大事。そうなんですね。桃さんは、手際よく混ぜて、きじがまとまってきたら、シートの上に生地を置いて伸ばして、縫い糸で生地を適当に切って、オーブンにいれていた。
 焼けるまでにクロテッドクリームをつくろうか。スーパーの袋から、クロテッドクリームと生クリームとサワークリームを取り出す。市販されている日本のクロテッドクリームは乳発酵の香りがしないから、乳のにおいがするように、三つのクリームをスプーンですくって混ぜ始める。ガラスボウルにたっぷりのクロテッドクリームを盛った。ときどきむしょうに食べたくならない?そう言って、オーブンからとりだしたスコーンを桃さんが布でくるんで、食卓に運んだ。」 
( 朝吹真理子『TAIMELESS』 )


[2018/07/22 16:43] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

祈る:豪雨災害に寄せて 

こんにちは。
晴れて、とても暑い日になりました。
今日も、広島のテレビ画面には、外枠が設けられて、絶えず豪雨災害関連の情報が流れています。

そんな中、中道郁代さんのリサイタルに行きました。
災害に遭われた方々への、心からのいたわりの言葉が述べられ、演奏会は始まりました。

ショパンづくしのプログラムです。
演奏する前には、曲毎に、
その曲の書かれた時代と、その時のショパンについての説明がありました。

ショパンが生きていた頃には、ポーランドという国は無かったこと。
祖国のリズム、祖国の踊り、祖国の誇りを曲に書き込んでいること。
若くして国を出て以来、二度とその土を踏むことは無かったこと。

中道さんのお話も演奏も、人の哀しみへの深い共感に満ちていました。

圧巻の演奏会でした。
プログラムは全て終わり、アンコールになりました。

「この曲は、明るい調子の長調なのですが、なぜか哀しみに満ちた曲です。」

説明はたったそれだけ、
曲名も告げられないまま始まった曲は、
「別れの曲」でした。

それは不思議な感覚でした。
音楽が流れている演奏会の会場一面、たくさんの方の魂が、静かに、ここを分かれて、離れてゆくのです。
目には見えませんけれど、
たくさんの方々の、お別れの挨拶を感じたように思いました。

私は涙ぐんでいました。
被災もなく、家族も皆無事であった私。
何もできなくて、何もしないでいた私。
悲しむことさえできなかった私。
ああ、私は、こんなにも悲しんでいたのか。

会場を包み込む、優しく、少し明るいメロディー、
それはただ、「祈り」でした。

短い曲は、まもなく終わりました。

別れの余韻が、しばらく会場に漂っていました。

ただ「祈る」こと。

私には、こんな風にピアノを弾くことは、もちろんできませんけれど、
私の「祈り」を、ただ、祈りたいと思いました。

会場の国際会議場ホールを出ると、
午後の平和公園に、あの日の朝のような容赦のない、強い日差しが降り注いでいました。




[2018/07/17 12:59] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

今を活ける 

こんばんは。
夜になって、ようやく暑さが和らいできました。

豪雨災害から1週間が経ちました。
今も、安否確認の連絡が続いています。

両親の家に参りました。
おかげさまで、両親の家も無事でした。

玄関の床に、白い桔梗、秋海棠などが、竹籠に素敵に活けてあります。
きっとお庭に咲いた花です。

あれ?
これ、みんな秋のお花です。
母ったら、今は夏だから、夏の花を活けたほうがよいのではないかしらん。

いえいえ、
この花たちの季節は、今。

私の思う「夏」に、お花の方をあてはめなくたっていいのです。
秋のお花を活けたら、「秋」というわけでもでもありませんしね。

ただ今を活ける。
それで良いのだと、思い直したことでした。




[2018/07/14 21:31] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

梅雨晴れ間 

おはようございます。
実家からお仕事に向かう電車の中です。
梅雨晴れ間、空は真っ青、濃い青色です。

休耕田の向こうに、木槿の白い花が見えています。
すっかり傾いた農業小屋。
カンナの一群も見えます。

青田の中の小道に、ぽつんと小さな古い石の鳥居があります。
小さな鎮守の森と社。

遠くに海が見えてきました。

ここらは、6年生の時、遠出して冒険したあたり。
一面蓮畑だったところに大きな道が通り、広い青田だったところに家が建っても、すぐにそれと分かります。

見慣れた島影。
島の名前は「満珠」と「干珠」です。
とがった方が干珠です。

思い出の場所は、今の姿がどんなに変わっても、きっとここがその場所だと分かるのだと思います。

満ちる珠、干る珠のお話の頃の、
古い古い神話の時代の人が、今もしここに来たとしても、
ああ、ここは私のふるさとだと、きっと。



十四番山笠愛と勇気のアンパンマン     ここ





[2018/07/12 09:23] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

スコールの街角にて 

おはようございます。
福岡は昨夜からすごい雨です。
こんな日はお休みになると思って、グズグズしていましたけれど、
どうやら電車も動いているので、しかたなく家を出ました。

視界は雨で真っ白。
傘に当たる雨の音しか聞こえません。
どどどどど。

足元の、小石で舗装した街のおしゃれな歩道に、小川みたいに水が流れています。
ええ?、水を通す機能があったはずでは。

歩けるところがないから、車道との境の縁石の上を、平均台みたいに歩きます。
結構いけます。
そんなことしてるのは、私だけ。なぜ?
年齢十分な私ではございますが、おほほほほ。
おっとっと。

縁石が途切れて、
ああ、こりゃ水の歩道を行くしかありません。
水は透明できれいだし、
ええい、と歩道に降りました。

あらまあ、これは、小川の浅瀬を行く気分です。
夏川をこすうれしさよ手に草履(蕪村)
なんちゃって。

前を行くきれいな女性の足、サンダル履き。
こんな時はサンダルのものですねえ。
私の持ってたサンダル、じゃまな後ろの紐を、ハサミで切り落としちゃったから、今ではヘンなつっかけだしなあ。

地理の教科書に載ってたスコールの写真。
緑の中、みんな雨宿りしていた
インドネシアの人、いいなあ。
こんなすごい雨の中、仕事に出かけてる私たちって、どこかおかしいんじゃないかしらん。

紺の合皮の靴の中に、水がたまって、ぐじゅぐじゅ。
子どもの頃、こんなになることあったなあ。

雨全然やみません。



[2018/07/06 09:09] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

地震予知 

こんにちは。
福岡はまた激しい雨になりました。

福岡のお部屋に、オジギソウを買いました。
100円。

とても小さい苗なのに、名前のラベルがちゃんと差してあります。
裏に育て方。

「 オジギソウ

ブラジル原産の額完成多年草ですが、通常は一年草として栽培されます。
水はけのよい土壌で栽培し、1ヶ月に一度程度、緩効性肥料を与えます。
水遣りは表面の土壌が乾いたら与えてください。

開花は晩夏から、紫色の房状の花をつけます。
地震を予知する能力もあるようです。

なぜおじぎをするかを調べてみるのも面白いでしょう。  」


地震予知!!
きっと、とても小さなお知らせですね。


陶枕や博物館の長き昼     ここ




[2018/07/05 10:46] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

ピクニック 

おはようございます。
大雨で電車が遅れています。

電車は、信号待ちで停車中。
車内の人々は、みんな思い思い、
のんびり過ごしています。

こっそり、さくらんぼを一つ、いただきました。
お弁当のデザートの予定でしたけど。

あ、美味しい。

車内は冷房が効いて、少し風があって、いい気持ちです。
小さな水筒には、熱いお紅茶が入っています。

私はピクニックです。


大楠の夏木となれり地よ空よ   ここ





[2018/06/29 08:30] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

見て見て 

こんばんは。
ご無沙汰してしまいました。
お元気でいらっしゃいますか。
九州は早くも梅雨入りだそうです。

先日の木曜日、母が福岡に遊びに来てくれました。
たまたまお仕事が少ない日になったので、ぜひにとご招待したのです。

博多駅に迎えに行きました。
そしてそのまま、太宰府の九州国立博物館へ参りました。
黒田家の茶道具の展示、行きたいなあって話していましたから。

母と美術館に行くのが大好きです。
美術品を見る時の母は、いつもに増して感激屋さんで、その感動が伝わってくるからです。
私も嬉しくなります。

お茶道具のことなんかを、小声で話しながら見てゆきます。
とても楽しい。
特別展は、「ビュールレコレクション」という印象派の絵画の展示。
有名な絵がいくつもいくつも。
私たちは、疲れてしまうことを心配して、早足で回りましたが、それは素晴らしいものでした。

すっかり良い気分になってきた二人、
ミュージアムショップでお土産のお買いもの。
そして、博物館のカフェでお茶です。
私は紅茶、母は白桃のパフェ。

それから太宰府天満宮へ。
天満宮の菖蒲園はとても立派なのです。
満開まであと少しというところ。

母は、これにもまた感激です。
二人でたくさん写真を撮りました。
母は、紺色のニットがよく似合ってきれいでした。

本殿に参拝。
お賽銭、母はこの頃100円はやめて、50円にしたのだそうです。
5がつく方が良いんじゃないかしらんって。
それで私も50円にしました。

おみくじは「吉」。
母は、「吉」なのに今まででとてもいいって大喜び。
実際に、母が読み上げてくれたおみくじは、良いことばかり書かれていました。

市街地に移動して、ホテルのレストランで遅いお昼。
そしていよいよ私の部屋に。

一緒に、古いビルの階段を上がりました。
階段を上がりながら、私ったら、もう嬉しくなってきました。

今のお部屋、住み始めて半年にもなるのに、まだ引っ越しの雰囲気が残ってて、
それでも私は、今度のお部屋を、母にただ見てもらくて。
可笑しいですね。
見て見てっていう幼い時とおんなじ気持ちなんでしょう。

ね、ほら、パパの絵がかけてあるでしょ。
パパが守ってくれてるの。

ママが上げた掛け軸、ここにぴったりじゃないの。
パパの絵とママの軸で守ってるのねー。

見て見て、ここ温室みたいだから、観葉植物がどんどん大きくなってきた。

まあ、ベランダもちゃんとあって。
広いより、暮らしやすいのが一番よ。

何でも褒めてくれます。

ソファに並んで座ります。

朝からずっとパパの噂ばなしばかりしているのに、お電話忘れてたと言って電話をしました。
二人とも留守番の父と話しました。

娘が私のお誕生日にくれたメッセージカードを見せました。
濃いピンク色の大きな封筒入りです。
泣かせる文面に、大人になったねって。
あらら、二人で涙ぐんだり。

夕方が近づいて来ました。
そろそろ時間です。

少し早めにお部屋を出ました。

年をとると、何でも早めにしないとね。
あなたもそうしなさいね、もういいお年なんだから。

切符は買ってあるそうです。
自由席です。

こだまは指定先の方がずっと座席が良いから、
指定席に変更してきてあげる。

いい、いい。
近いから大丈夫。

いつもは私が列車の中にいて、見送ってくれる父と母がホームにいるのに、
今日は反対。

こだま号が、
開かない窓の向こうで手を振る母を乗せて、ホームを離れて行きました。


* * * * *
実はこの日、
愛用の腕時計を落としました。
多分、太宰府天満宮です。
あんまり幸せな一日をいただいたので、神さまに差し上げることになったのでしょう。
娘が生まれる前に、夫が買ってくれたペアの時計でした。
がっかり。
もしかして、お賽銭50円にしたから?


制服に胸あてのあり聖五月     ここ



[2018/06/03 22:47] 家族 | トラックバック(-) | CM(0)

贈りもの(大きくて静かな) 

おはようございます。
春のひんやりした朝です。

先日、高校の時のの同級生と、お食事をいたしました。
3年ぶりでしょうか。

ちょっとはいいところを見せたいなと思いながら、待ち合わせ場所に急ぎます。
向こうで、手を挙げてくれている姿を見つけました。
その瞬間、フラッシュバック。
3年前、10年前、20年前、高校生の時。
私ったら、全然変わっていません。

やっぱりかあ。

2月に、お父様が亡くなられたのだそう。
長男としての切ないお役目のいろいろ話を聞きました。

ああ私、あの時どうしてもっと、お父様がどんな方だったのかを聞かなかったのでしょう。
大変話にしていたけれど、話したかったのは、お父様のことだったに違いありません。
お孫さんとピースした写真を遺影にしたっていうお話の、その続き。
いっぱい聞いてあげればよかった。

私は本当に相変わらずです。

今回も、いろいろお話しました。

お互いの仕事のお話、
家族のお話、
同級生たちのうわさ話。
この先のこととかも。

ね、何か運動してる?

泳いでるよ。
ほら、泳ぐのまあ得意だから。

あれ、そうだったっけ?
と、心の中。
私も時々プールに行ってるよ。
今休憩中だけど。

高校の時の水泳の授業。
女子が1割くらいしかいなかったから、体育も男女一緒。
クロールと平泳ぎと背泳ぎ50メートルずつ連続で泳げなかったら、夏休み水泳の補修!

みんな結構必死でした。
あの年、結局誰が補修になったのかしらん。

あれから30年以上も経ったんだなあ。

平凡な高校生だった私たちの、
それなりの波乱万丈。
今では遠くに住んで、すっかり違う世界の住人になっています。

そんな私たちの今の暮らしの中に、
それぞれに一人のプールの時間があるのです。

それはきっと、あのプールの時間とつながっています。
それはきっと贈りものなのです。

あの頃の、ケンカしたりした体育の先生とか、
なかなか馴染めなかった学校とか、
クラブのみんなとか、
家族とか、
キラキラ光る水面とか、みんなの声とか、
からの。

先生、ありがとうございます。
おかげさまで、なんとか元気でやっています。




[2018/04/17 09:25] 教育 | トラックバック(-) | CM(0)

最後の授業 

家の前の大きな桜がちらほら咲き始めました。
また新しい年度が始まりますね。

夫が今年度で定年退職いたします。
今年は3年生の担任でしたから、月末の今日になっても、まだ生徒(もうご卒業の)たちに、連絡をしたりしています。

少し前、2月23日でした。
珍しく夫から日中に、携帯電話のメッセージが来ました。

「最後の授業が終わりました。
花束をもらいました。
無くなっていた手袋が、生徒指導室の忘れ物ケースの中から発見されました。」

え!
今日が最後だったの!
びっくりです。
いつもと全然変わらない様子で、普段着で出て行きましたから。

「最後だという意識が無かったので、普通にやりました。
ちなみに今日のテーマは‘絶望’でした。笑‼︎」

日頃から、先生方が授業を見に来られることが時々あったので、
今日は人が多いなあ、と思ったそうです。
夕方、花束を抱えて帰ってまいりました。

今、こうしてあの日のメッセージ読み直すと、
やっぱり、いつもより高揚した気持ちがあったのだなと思います。

私のお返事。

「お疲れさまでした。
パパの授業、見たかったです。」

また新しい春が来ました。






[2018/03/26 15:11] 家族 | トラックバック(-) | CM(2)

絵の橋 

こんにちは。
晴れていて、風花が舞っています。

お仕事のためのお部屋を引っ越しました。
今度は街の真ん中です。

通勤のための最寄り駅まで10分歩きます。
途中には、いろいろなお店。
おしゃれなカフェやら素敵な小料理屋やら。

毎日、歩きながら、
今度、行ってみましょ、って思います。

それにしても、
人って、こんなにも、食べることにエネルギーを注ぐ生き物なんですね。

街は楽しいです。

あら、雑誌などで見かける有名な雑貨屋さんがこんなところに。
キッチン、かわいくしようかしらん。
今度のお部屋、キッチン少しだけ広くなりましたし。

望みが何でも叶う、街の暮らし。
そして、自分では分かっていなかった「望み」が、どんどん現れます。

それから、どうしても叶わない臨みも一つ現れました。

大通り。
ここから向こうに渡れたら近いのになあって、毎日思いながら、渡れません。
横断歩道のあるところまで歩きます。
ははは。

大通りは川、
横断歩道はそこにかかる橋。

毎日、水のない川にかかる、絵の橋を渡っています。

都会生活の始まりです。


春隣自転車掛けのあるカフェに      ここ







[2018/02/03 14:59] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

雪の日には 

おはようございます!
寒い日が続いています。
いかがお過ごしでいらっしゃいますか。

テレビは、またまた雪のニュース。
雪の日には、遠くに離れてある、友人たちのことを、思います。
友人の生活の場面を思い浮かべます。

遠くの、それぞれの方々のお宅の、落ち着いた、明るい暮らし。
忙しさくても、どこか静かで、どこか確かで。
それに、時々は、面白いことなんかがあったりもしてるに違いありません。

もう何年も会ってない。
たった一度会ったことがあるだけ。
まだお目にかかったことがない。

それなのに、どんな暮らしをなさっているのか、私はなんとなく知っています。
それなのに、大事な大事な友人だと思っている。
そして、きっとあちらでも、私のことをそう思ってくださっていると、固く信じているのです。

私ときたら、ふふふですよね。

人って、本当に不思議ですよね。

雪の魔法かもしれません。

  


     雪       三好達治

太郎をねむらせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
二郎をねむらせ、二郎の屋根に雪ふりつむ。






[2018/02/02 08:19] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

数え年 

おはようございます。
暖かい雨の朝です。

新幹線で博多に向かっています。
昨夜は宇部の実家泊。
この度転居したばかりの、新しいお部屋に荷物を置いて、すぐに学校に参ります。

新居は街の真ん中、古~いビルの3階です。
エレベーターはありません。
階段は、昔の中学校の校舎を思い出す感じです。

年末、越してまもない日のことでした。
ゆっくり階段を上がる年配の方に追いつきました。
お買い物カートと交互に一段ずつ、上がっておられます。

カート、私が運びましょう。
何階ですか?
私、新しく越してきたんです。

まあ、ありがとう。
私ね、このお正月で94歳なんですよ。

ゆっくり階段を上がりながらお話いたします。

目がぱっちりとして、とてもおきれいな上品な方です。
カートには、お花も入って、お部屋に飾られるのでしょう。
パーマの髪も素敵です。
お嫁さんとこれからお食事にお出かけだそうです。

こんな古い建物に、あなたのようなお若くて綺麗な方が来てくださるなんて、嬉しい。
私、たいてい家にいますから、何かお手伝い出来ることがあったら仰ってね。

!!!
(こちらこそです。私がお手伝いいたします。)

でも来年にはもう居ないかもしれませんけどネ。
94ですから、ホホホ。

って、ちょっとお茶目な笑い方。
このビルに住むことが少し嬉しくなりました。

福岡。
こんな街の真ん中に、こうして人の住む場所が、しっとりと混じっています。
この街の面白いところだなあって思います。


[2018/01/17 08:11] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

いつもの週末 

こんにちは。
午後から晴れ、時々風花。
ちょっと変なお天気です。

あなたのいつもの週末は、どんなふうですか。
平日とは違うけれど、いつもの週末って、ありますよね。

私は、平日は福岡でお仕事をしています。
金曜日の夜、広島の自宅に帰ってまいります。
そんな私の、これといった用事がない、いつもの週末は、大抵こんな風です。

金曜日。
お夕食は広島でいただきます。
広島駅ビルの、優しいネパール人のカレー屋さんのお店でいただくか、
そうでなければ、家で夫が作ってくれます。

土曜日。
早起きの夫に合わせて、朝は早く起きます(割とよい妻)。
でも、体がだるくてあんまり動けません(さほど良いわけでもない)。

朝ごはんは、たいてい夫が作ってくれています。
お野菜とベーコンとかとたまごとパンです。
果物とヨーグルトもつきます。
私が起きた頃には、だいたいテーブルに並んでいます。

食後は、何もしないでだらだら過ごします。
疲れ果てて無口になっています。

午後もだらだらします。
少し元気が出て、文句言ったりもいたします。
そのうち何もしない土曜日が終わります。

日曜日、
午前中、それぞれでゆっくり家のことをいたします。
やっぱりだらだらしてる時もあります。

午後、街に行きます。
必要なお買い物のついでに、映画とかに行きます。
八丁座かサロンシネマです。

お茶をして、帰ってきます。
映画の感想を言うわけでもありません。
お夕食は、夫が、お鍋とか、手巻きとか、作ってくれます。
夫のおかいものは、食材がとても豪華です。

月曜日。
一人で家で過ごします。
お庭の草をとったり、郵便物片付けたり、拭き掃除をしたり、いたします。
クリーニング屋さんにお電話したり、資源ごみをまとめたり、いたします。

丁寧にお茶を入れていただきます。
今は、しょうが紅茶にしました。
小鳥の浮き彫りのある、白い陶器のカップです。

いいお天気の時は、お散歩に行きます。
ご近所の方とお話します。
今日はついでに、植木鉢に、お花の苗を植えました。

さっきからストーブで焼き芋をしています。
ご近所でいただいたお芋です。

ちょっと雑誌を見たりいたします。
またまたお茶と、今度はおみかんもいただきました。

夕方、駅まで歩いて夫を迎えに行きます。
キトリがいた頃の、夕方のお散歩がそのまま続いているのです。
たぶんですが、キトリも一緒に来ていると思います。

お夕食を作ります。
お魚とか、おつゆとかです。

夜は、BSジャパンのローカル線の旅を見ます。
それも最後まで見ないで、いつのまにか、それぞれの用事をしたりしています。

夫が先に休みます。
私は、家中のお花を活けかえます。
お花たちは、私が家にいない明日からしばらくの、我が家の‘賑やかし‘担当なのです。
(私がいる間は、私が担当ですから。)

火曜日。
月曜日と同じ朝が来ます。
朝ごはんはやっぱり夫が作ってくれています。
早い時間に出かける夫を送り出します。

それから、のんびり支度して、
出かけます。

なぜかいつもぎりぎりです。
走っていると、ご近所の方が、行ってらっしゃいって、声をかけてくださいます。
大抵、いいお天気です。

行ってきま〜す。



[2017/12/11 16:01] 日記 | トラックバック(-) | CM(2)

十二月 

こんばんは。
12月になりました。

復職して2ヶ月あまり。
お仕事生活も慣れて、ようやく何かを取り戻しつつあります。

思い立って、福岡の住まいを替わることにいたしました。
川辺の桜並木に面した今のお部屋、結構気に入っています。
それでも、なぜか家を移ろうと思ったのです。
不思議です。

先週の勤労感謝の日に、東京にまいりました。
お声を掛けていただいて、急なお出かけでした。
新しい方々と会い、思いがけない、楽しい時間になりました。

新しいお部屋は、すぐに見つかりました。
それほど急いで替わるつもりでもありませんでしたのに。

気持ちより先に、物事が進んでゆきます。
見えない流れの中にいるような感じがしています。

戸惑いながら、その流れに身を任せている私を、
もう一人の私が見ています。

夫が、窓を開けて、月を見ました。
満月に近い、明るい月です。


宇宙空間銃撃戦音シシオドシ   ここ



[2017/12/02 23:28] 日記 | トラックバック(-) | CM(0)

適量の生活 (備忘録:家事家計会発表原稿) 

こんにちは。
研究室の向かいの山の中腹に、目立つほど黄色い銀杏の大木が見えています。
風の音がしています。

先日、友の会の家事家計講習会で発表しました。
質素な生活と丁寧な家事を頑張る友の会のイベントです。

当日の発表者は4人。
働きながらの子育てや、家計のお話、素敵なお姑さんとの半生についてなど、
職業班の発表は毎年、友の会としては、はみ出した内容がいっぱい。
今年も素晴らしいお話に胸を打たれました。
この三人の方の発表を聞いていただきたいところですが、
また備忘録として、私の発表内容をここに記します。

ここに記録として残すのは、発表の後半部分だけです。
それでも長いので、ご興味がおありの場合のみ、お楽しみ下さいませ。
(前半は、以前この場に書いた糖質制限のお話をいたしました。
後半の途中にもその部分があります。あしからずです。
一度書いておくと、ひょんな時に役に立つものですね。)


**************

 「適量の生活 糖質制限から考える」(後半)

 表題にしております「適量の生活」について。
 私は、この言葉について、友の会の「豊かさ」についての考え方をわかりやすく示す良い言葉だなあと思っています。たくさんあること、高価なものを持つことを豊かであるとするするのでなく、ちょうどよい=適量の暮らしが出来ることを豊かさとするというのです。「豊かさ」についての考え方の転換がここにあります。
適量こそが、豊かさなのですね。

 では、自分の暮らしは、ちょうどよい暮らしかな、と考えると、どうしてもそうは思えません。 
 子どもに手がかからなくなった今は、子育てで空いたはずの時間に仕事が入って、ゆとりがないのは変わりません。私の暮らしは、ちょっと忙しすぎという点で、子育て中も今も、決してちょうどよい暮らしとは言えないものだと思います。
 そのせいか、私は体調を崩しました。私は、ちょうど去年の今頃から夏休みいっぱいまで、お仕事のお休みをいただきました。
病休中は、とても幸せなのんびり時間を過ごしました。
いわば人生の夏休みです。

 適量。
 それは、物だけでなく、時間や労働量、あそびなどの質的なものも含め、いろんな面でちょうどよい暮らしこそが豊かで幸せなのだと思います。
おかげさまですっかり元気になって、この9月から復職いたしました。
お仕事に戻りましたらまた元の木阿弥、バタバタと時間に追われ、へとへとになる生活が復活しています。
かといって今すぐ仕事を辞めたいとも思わなくて。
 ちょうどよい暮らしは、いつになったら出来るのでしょう。
 適量って、どのくらいなのでしょう。

 身体を持ち、一日24時間という時間を生きている私たちには、どうしても必要な物がいろいろあります。それらを漫然とでなく、客観的に、科学的に?確かめてゆくことはやはり必要な仕事で、友の会の活動の一つにも、その検証への取り組みがあります。
「適量とはどのくらいか?」という問いへの模索です。
 ただし、この問いに物量として何グラム、何センチ、という具合に真面目に答えようとすると、その困難にすぐに気がつきます。
 例えばあるものが私にとって必要かどうか考える時、私は、自分の乏しい知識や経験、習慣などなどに照らして考えるしかありません。ですから私たちにとっての適量は、それぞれの一人一人の歴史や環境によって作られたそれぞれの「背景」と深くつながっています。
 私たちが生活するのにちょうどよい量を、物量的に、また誰にでも適応するような汎用的なものとして決定することは、そもそも原理的な難しさをはらんだ取り組みだと言えます。友の会の仕事としてその検証にあたってこられた方々は、その都度その問いに直面してこられたのではないかと想像しています。
 団体としての友の会にも友の会固有の背景=文化がありますから、「適量」の問いは、友の会とは何かという問いなのだとも思います。

では、私にとっての「適量」はどのくらいなのでしょうか。
ちょうどよい暮らしはどんなくらしなのでしょう。
皆さんがイメージなさっている適量の生活はどんなのですか。
 がつがつと外で働いている私ですが、サザエさん一家のような質素でも豊かな暮らし。絵本の14ひきシリーズのように、みんなで力を合わせればといった家族のイメージとか、そんな風な自分の家庭を想像するとうっとりいたします。
病気になって休んでいる間は、ちょっとそんな生活でした。
でもそれはつかの間の夢でした。
私は、やっぱり仕事も続けたいですし、それでも、質素で豊かな整った暮らしをおくりたいと思う欲張り者です。
そんな、私がイメージする理想の生活は、ちょうど良い夢の暮らしというより、かなり過剰な厳しい暮らしだという気がいたします。

 あれ?これは、糖質制限前の私と似ています。
自分にちょうどよい幸せな暮らしをしたいと言いながら、自分では精いっぱい適量生活に向けて努力しているつもりで、やっぱりちょうどよくない苦しい毎日を送っていた私。 
 お野菜をたくさんとかのささやかな努力にちょっと満足しながら、全体には食べ過ぎで、甘いものもたくさんいただいて、休息も取らずに疲れていた私の姿と同じです。
必要に駆られて始めた糖質制限の食事、つまり私にとっての身体にいい食事は、今まで身体にいいと思って頑張ってきたものと、かなり違う姿をしていました。
今の私は、サプリメントやプロテインの力を借り、白いご飯は全くいただかないといった、言わば罰当たりな食事をしています。

 ある日、広島そごうの地下1階に立ち止まって、売り場をしみじみ見渡しました。
明るくて、楽しくて、いつもいい匂いがしています。
美味しいおやつで、全体が色とりどりです。
「ユーハイム」、「とらや」、「ちから」のおうどんとおはぎ、「御座候」の大判焼き、「ケーニヒスクローネ」。
そして突然気がつきました。
このフロア全部、私が食べられないものばっかり!

不思議なことですが、それが哀しくもなんともありませんでした。
ただ、その状況を目にしているという感じです。
地下一階全部、見えていて、その場に居るけれど、かかわることがない。
ちょっと言葉の通じない外国に居るような感じとでも申しましょうか。

私は糖質制限をきっかけに、これまで私がいた食文化の外へ出てしまったのだと思います。今は、子どものころからあたりまえだと思ってきたのとは違う、別の暮らしを生きている、そんな感じがしています。

 今でも、お茶碗に白いご飯がないなんて、これが食事だと納得できない気がいたします。
 もしかすると、私にとっての適量の生活、ちょうどよい暮らしも、私が想像もできないような生活の形をしているのかもしれません。

私の母の世代が作ってきた豊かなよき暮らしを、私の娘の世代が同じように追うことは、難しい世の中が来ています。
 近年、政治や社会の仕組みが制度疲労を起こして、いろいろなところに転換の兆しが見えています。家庭のあり方もまた、転換期を迎えているのかもしれません。
現在は、明治維新のような状況のさなかにあるのではないかというお話も聞きました。
明治維新の当時も、ある日急に明治がやってきて、生活ががらりと変わったわけではないと思います。きっと、今までどおりの江戸時代的なものを守って生き続けた多くの武士たちと、その同じ生活圏に、新しい明治の世を生きた人々が、同時に存在していたに違いありません。
私たちの適量の生活も、制度の転換のような形で、どこか外部から突然やってくるものではないでしょう。

今の私たちの暮らしには、厳しい労働環境、子育て後の長い時間、老いの現実など、愛する人と、その子どもたちとの愛の巣としての家庭、といった家族の概念には含まれない現実が押し寄せています。 
私たちは、今まで固く染みついたよき暮らしのイメージの外に出なければならない時がきているのではないかと感じます。
 思えば、羽仁もと子さんは、明治の女性として、直面する変化の中で、新しいよき暮らしのあり方考え方を、新しく創り出そうとなさっていました。

人としての本質的な願いから目を背けず、一方で直面する現実に目を向け、根底から考え直そうとすることによって、ようやく、新しい適量の生活がみえてくるのではないか。
暮らしの現実から考える場所としての友の会、徹底的にクールに、生活の物量を見直してきた広島友の会の取り組みが、これから力をもつことになるのではと考えているところです。
 
 糖質制限をきっかけに考えたことを、とりとめもなくお話することになりました。
これからも、ゆっくりですが、考えてゆきたいと思っております。
ありがとうございました。

                           2017/11/26  於 広島友の家




[2017/11/30 16:08] 家事 | トラックバック(-) | CM(0)

忘れもの 

おはようございます。
立冬を過ぎ、暦は冬になりました。
明るい冬の朝です。

昨日から、実家に参りました。
午後は、陽のあたる居間のおこたでおしゃべりして過ごします。

両親の話題は、たいてい、お夕食のお買いものの時のことです。
あちこちのお店について、買ったお品の品評、店員さんとの会話などなど。

二人は、新鮮なお魚、上等のお肉、いいお野菜や果物を探してお買いものをいたします。
私とのお夕食のための、心づくしのお買いものなのです。

冷蔵庫は、食べきれないほどの食材でいっぱいです。

手伝うね~。

不肖の娘の私、夕方になるとエプロンをしながらキッチンに入って行きます。
すでに母は八面六臂の活躍中で、それほどアテにもされていません。

私も、見つけたお材料を使って、私も一品作ります。
楽しい三人の夕食です。

子どもの時からのダイニングテーブル。
また一本、父が会社勤めの頃にいただいた高級ウイスキーをどこかから出してきて、
封を切ってくれました。

私が作ったのは、エビときのこのアヒージョ。
父も母も、美味しい美味しいって言いながら、たくさん食べてくれました。
嬉しいです。
私もちょっとは役に立ったでしょうか。

翌朝。
父に駅まで送ってもらいました。
この頃では、父の運転は、母のお買いものと、私の駅までくらいです。

余裕を持って出発。
ちょっと早めに駅に着きました。
父の金色の車を見送って、ゆっくり切符を買います。

あれえ?
ケイタイ忘れた!

大変!
タクシーに飛び乗り、
大急ぎ、今来た道を戻ります。

戻った父が車を車庫に入れているのが見えました。

携帯忘れたー

大声で叫びながら、玄関から居間までダッシュ。
またまた駅へ。

タクシーの中で振り返ると、父が立ってこちらを見ていました。

ああ、
初めに出かけた時の、いい感じの母とのご挨拶も、
父に駅まで送ってもらったことも、
全部ぶち壊しです。

残念。
またまた今日もヤレヤレな娘の私。

今頃二人、絶対私のこと話してるな。
いっつもがっかりさせちゃってごめんね。
ううう。

行ってきま~す。


[2017/11/15 09:01] 家族 | トラックバック(-) | CM(2)

リラの精 

こんにちは。
11月になりました。
ちょっと寒くなりました。
研究室で、足元ストーブにあたっています。
大きな窓からは、色づいた木々が、山や町の所どころに見えています。

大阪に行って参りました。
娘のバレエの発表会を見に出かけたのです。

小さなバレエ教室の、第2回目の発表会です。
今年できたばかりの素敵な会場の大ホールで、
2歳から大人の方々まで、楽しくて、そして真面目な発表会でした。

娘が進学して以来、大阪に行くのは、2回目です。
バレエの発表会の時だけ。
絶対観に来てねって、丁寧に手紙とチケットが送られてくるのです。

娘にとってバレエは、諦め切れない、何よりも大切なものです。
割り切って、小さい教室で運動程度に再開した趣味のバレエはずなのに、
教室があっという間に大きくなっての発表会。
去年から、アルバイトでアシスタントの先生もすることになって、何だかバタバタと大変そうでした。

娘はこのたび、「眠れる森の美女」の「リラの精」のバリエーションを踊ります。
リラの精の踊りは、難しくて、それなのに地味な踊りです。
初めこそ、憧れの踊りを踊れることになって喜んでおりましたが、
そのうち、自信をなくして、長い間悩んでいたのを知っていました。
その後どうなったでしょう。

さあ、
中・高生の妖精達のバリエーションに続いて、最後に娘が出て来ました。

ラベンダー色の衣装。
小柄なはずの娘の、渾身のリラの精。
それは、優雅で、自信に満ちた大人の妖精でした。
妖精の力と愛情が、ステージから会場へと溢れだしてゆきます。

カナリヤを踊ったのは、5年生のころだったかしらん。
キューピッドはいつだっかしらん。

こんな風に、妖精のまま大きくなって、
私から離れて、
もう遠くへ行ってしまったのかもしれないなあと思いました。

ぼんやりしていたのでしょうか。
リラの精は、華やかな余韻を残して、ステージの袖に消えました。

三幕まであった、楽しいステージが終わりました。
ロビーでは、出演者によるお見送りがあるそうです。

ゆっくり出てみると、
娘は、最後に踊ったコンテンポラリーダンスの、ちょっとウエディングドレスみたいな白い衣装のまま、
いただいたお花を腕いっぱいに抱えてお友達と話しておりました。

まもなく、小さくて可愛いバレリーナ達に囲まれて、順に写真を撮り始めました。
先生らしく、それぞれにポーズをつけてあげては、一緒に記念撮影です。

煌々と明るいロビーの、高揚したたくさんの人でごった返す中央あたりに、
私はしばらく立っておりました。

何となく、来年の発表会は、もしかしたらもう見に来ないかもしれないと思いました。
そして、それを少し寂しく思いました。
来年の、まだ分からないことなのに、可笑しい。

そういえば、
ラベンダー色の衣装の背中には、小さな羽がついておりました。



舞姫はリラの花より濃くにほふ    山口青邨



[2017/11/01 15:01] 家族 | トラックバック(-) | CM(2)

復職いたしました(ご報告と御礼) 

おはようございます。
この頃急に寒くなりましたね。
お風邪などお召しになってはいらっしゃいませんでしょうか。

今日は、この場をお借りして、皆さまにご報告と御礼を申し上げたく存じます。

おかげさまで、9月下旬より、本格的に職場に復帰いたしました。
すっかり遅くなりましたが、ご報告申し上げます。

約一年、お仕事のお休みをいただきました。
その間の、心のこもった励ましのお言葉、ご心配、そして有効な情報など、
本当にありがとうございました。
心から、感謝申し上げます。
ありがとうございました。

この長い病中は、私にとりましては、不思議な体験の時間でした。
その不思議とは、目には見えないものが、
まるで確かな物質めいて、しっかり存在しているのを実感するという体験です。

それは、例えば、人が人を思う気持ち、とか、
人と人の見えない繋がりとかいったものです。

こう申しますと、毎日どこかで耳にする気がする陳腐な言い回しで、ちょっとうんざりでしょうか。
以前の私なら、間違いなく聞き流しです。
でも、そんな私が否定できないほど、ちょっと驚く符合とか、偶然とは思えないつながりに、何度か遭遇したのです。
念のためことわっておきますと、私は、霊感などには全くご縁が無いタイプの人間でございます。

ああ、この世界は、なんて温かくて、不思議な愛に満ちているんでしょう。

お忙しい中をお届けくださったお気持ちの一つ一つ、不思議につながっているご縁。
そのオカルト的(すみません)ないろいろのおかげさまもあって、私は今、元気にしているのだと信じています。
心から感謝してやみません。

そういえば、 「 身に入む」は秋の季語ですね。
手元の季寄せの「身に入む」には、「染みるほど身に深く感じるの意」と説明があります。
どちらかと言えば秋の冷たさを伴う言葉ですけれど、
以来、私は温かくて安心な感じに包まれています。

とはいえ、職場に戻ってみると、やっぱりてんてこ舞い。
浦島太郎(花子?)的な感覚を楽しむ余裕もあんまりありません。
これからは、もうあんまり頑張らないでいいって、いろんな方に仰っていただきましたけど、
今までもあんまり頑張っていませんでしたから、まあ大体今まで通りです。
予想できたことばかりのはずなのに、準備不足も相変わらずでございます。

そうそう、久しぶりのせいか、授業は今ひとつ乗り切れず、
以前のように滑らかにはいっていません。

不思議体験のせいで、私、何かどこかが変わってしまったのかもしれません。
ははは。

お仕事以外のことにいろいろ気が散って仕方ありませんのも、相変わらず。
こんな具合の懲りない私ではございますが、
今後とも、どうぞどうぞよろしくお願い申し上げます。

皆さまとのご縁を、深く感じつつ。
感謝をこめて。

                    ここ



[2017/10/17 11:33] 日記 | トラックバック(-) | CM(6)

誠実であることの苛烈 三浦綾子『道ありき(青春編)』 

おはようございます。
昨夜は実家に一泊しました。

これから2限目の授業に行くところ。
朝の山陽本線です。
高校生たちが小声で楽しそうにおしゃべりしています。

友人のあやこ3さんから、ご本を頂戴いたしました。
三浦綾子『道ありき(青春篇)』 です。
一読、深く心打たれ、読後何週間も経ってなお、感動の中にあります。

知られた書ですので、お読みになった方も多いかと存じます。
内容は、筆者三浦綾子さんの二〜三十代の自伝です。

筆者は、この作中ほぼ全体を通じて結核闘病中でした。
厳しい現実、
その中で自身をクールに見つめること、
不実や不都合なことも隠さない虚飾のない記述。

作品には、筆者が、置かれた状況の中で、ただただ‘誠実’であろうとすることが描かれているように思いました。
その‘誠実’への意志の強さ、激しさに触れて、私はずっと感動したままでいるのです。

誠実であろうとすることが、三浦綾子さんの苛烈さを生んでいました。

ところで、少し前にお話申し上げました、湊晶子先生の読書会。
その読書会でご一緒した大学の先輩から、湊先生の自伝的著作『女性を生きる』をいただきました。
私はなぜかいろいろな方から本を頂戴しているみたいです。

その方は、私がただ後輩であるという理由で?、その御本をお送り下さったのでした。
子育て、学問、大学のお仕事、闘病。
いろいろな点が、私の境遇に重なり、感動を覚えながら読みました。
湊先生もまた、三浦綾子さんと同様の苛烈を生きておられる方だと思いました。

『道ありき(青春編)』を私にくださったあやこ3さんは、若き日の湊先生をご存じだそうです。
あやこ3さん、大学の先輩。
私の中で、この三人の方々が、緩やかにつながっていました。
とても朗らかなそのお二人にも、気がつけば、同様の、誠実であることの苛烈を思いました。

なぜか、いつのまにか、この苛烈を生きる女性達の列の最後尾につきたいと思い始めている私。
とても大変そうなのに。

車窓に、幼い日々を過ごした辺りの景色が見えています。






[2017/10/04 07:54] | トラックバック(-) | CM(0)